「ほ、本当なんですってば!本当に見たんスよ!」


どうやら昨晩、赤也がラウンジの近くで幽霊を目撃したらしい。サンタを信じる純粋な子だとは思っていたが、こうも騒ぎ立てられるとこちらもたまったものではない。昨日の深夜三時過ぎに幽霊に完全にビビった赤也に叩き起こされ、ラウンジまで連れて行かれた事を思い出し、私はうっすらとできていたクマを指でなぞる。


「ハイハイ昨日聞いたよ」


あくび混じりの私の粗雑な対応に赤也は何か言いたげに口を尖らせた。しかし朝から、もっと言えば、昨日の晩からこんなやり取りを続けているのだから、返事も雑にもなる。「ホントなのに…」ついにはいじけ始める始末だ。いや、幽霊を信じているいないの問題ではなく、極端に言えば、興味があるかないのかの話なのだ。


「信じてくださいよ先輩いいい!」
「あああ分かったってば!うるさいっ」


なんでも良いから静かにしたまえ!と私は赤也を黙らせるべく彼の鼻をむぎゅっとつまむ。私達の隣で白石君と橘君のシャッフルマッチを観戦していた跡部がこちらを一瞥してから、小さく息を吐いたのを私は見逃さなかった。世間ではあれをため息と言う。まあ今回のは不本意な事態ではあるが、もはや彼に呆れられるのは日常茶飯事なので、特に気にせずに目の前の試合に集中する。取ったデータに点数がつけられるのだ。あまり適当にはできない。カリカリとペンを走らせていると、さっきまでふてくされていた赤也が急に静かになったのに気づき私はふと顔を上げた。彼の視線は私のノートに注がれていた。


「何だい」
「…いや、先輩っていつの間にそんなにデータ取れるようになったんスか。それマジであってんの?」
お前ってホンット失礼な奴だな
「だって、」
「まあ実際のところ合ってるかは保証しないけどな」
「しないのかよ」


それでも、既に何度か出したデータは、悪い点数ではなかったので、多分大外れなものを書き込んでいるわけではなさそうだ。あまり見るなと、それを彼から遠ざける。しかしその瞬間、私の手の中からそれが消えた。


「なるほどね、よく書けてるじゃないか」
「ぬあっ幸村…!」


幸村は私から攫ったノートをパラパラと眺めて、何か含みのある笑みを浮かべる。赤也ならまだしも、幸村になんて中身を見られたらコレが違うだのアレが違うだのボロを探し出されそうで恐ろしい。慌てて取り返しに飛びかかろうとすると、彼はノートで私の頭を軽く叩いて、思いの外それをすぐに手放した。「相変わらずの観察力だよ」幸村が肩を竦めて笑った。


「やっぱ、先輩て凄いんすか」
「凄いかどうかは置いておくとして、は今まで柳の存在に埋れていただけで、観察力はずば抜けてたからね」
「へえええ」
「…何だよ赤也、その目は」
「嘘っぽいなあと」
「オイコラ赤也、私の仏スマイルもあと一回だぞ」


仏の顔も三度までという言葉を赤也が知っているかは知らないが彼はその言葉にワザとらしく茶目っ気たっぷりに舌を出した。コイツ。そんなやり取りをしばらくしているうちに、白石君達がシャッフルマッチを終えてベンチへ戻ってきた。二人ともどうやら勝ったらしい。お疲れ様と声をかけて、ボトルを手渡すと、白石君がなんの話してたん?と首をかしげた。どうやらこのやり取りが聞こえる程余裕があったらしい。私は大した事ではないと話を流そうとしたのだが、その前に幸村が私達の間に割り込んだ。


「白石、もしかして左手首怪我してる?」
「え?」


突然のその言葉に、白石君は首を傾げ、私はぎょっと幸村の方へ向く。赤也も怪訝そうな色を浮かべていた。いきなり何を言い出すのだ。白石君は「昨日ちょっと捻ってしもたんやけど」と言った。どうして知っているのかと彼は不思議そうである。幸村は再び私のノートを取り上げてここに書いてあったんだと見せびからすようにそれをぶらぶらと振る。


さんのノート?」
「ああ、が今の試合で白石のフォームがおかしかったから、怪我してるんじゃないかってここに書いて、」
あーあーあー!やめて幸村
「良いじゃないか」
「良くない」
「照れてるね」
「照れてない!」


合ってたから良かったものの、まさかノートに取った事を本人に言うなんて何を考えているのだろう。中身は企業秘密なのである。柳がチームメイトにさえそれをあまり見せたがらないのと同じように。


先輩ってマジですごかったんスね」
「もう良いよそれ。別にすごく無いから」


赤也が失礼な奴だと言う事は、もう理解している。仕返しに、もう一度彼の鼻に手を伸ばしたが、二度目は通用しないらしい。それはアッサリかわされてしまった。あとで覚えてるがいい。
取りあえず私は幸村からノートを取り返すと、それを脇に抱えた。その横で白石君も流石さんやなあなんて、何が流石なのか分からないけれど、そう褒めて来るからどうして良いか分からなくなってしまう。怒られ慣れていても、褒められ慣れてはいないのである。というかどうして幸村は突然こんな事を言い出したんだ。その意味も込めて、次の行動を決めかねていた私は彼を睨みつけた。


「うちの子自慢がしたくなったんだよ。が褒められる事ってあんまりないだろ?」
「そういうのって人に言われると普通に傷つくよね」
にも凄いところが沢山あるのにね」
「どうした幸村、今日は様感謝祭ですか」
「そうだね、それも良いかもね」
「全力で遠慮します」


私は首も全力で横に降って、全力で後退した。白石君は仲良えなあなんて言っているが、彼は何か勘違いをしている。これのどこに仲良し要素が含まれていると言うのだろう。何だか昨日から赤也に振り回されて良く寝れていない事もあるのか、体が重かったため、きちんと取り合う事も面倒に思えて私は「冗談はよしこちゃああん」と白石君の首にかかっていたタオルを掴んで振りかぶって放り投げて、逃げた。ちょっとした嫌がらせのつもりである。
ムカついたからしばらく幸村だけめっちゃ味の濃いドリンクを作ってやろうと思う。






誉めてます1ミリの蔑みもなく
(あんまりからかうと嫌われてまうで)(フフ、事実を言っただけなのに)

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( マネジの着地点がぶれ始めた。どうしよう / 130622 )