丸井が走り去ったあと、何故か真顔の芥川君が追いかけないの?とさも当たり前のように言ったので、私はわけが分からぬまま丸井を追うハメになった。まったく、芥川君は丸井の事になると色々とめんどくさいからいただけない。
ただのマネージャーが王者立海の足の速さに追いつけるわけがないのに。早速丸井を見失った私はなお、のろのろと足を動かして彼を探す。こちら側は皆の部屋が並ぶだけなので、逃げる場所などないはず。そう考えると丸井は、この先のベランダからポーチに出た可能性が高いだろう。簡単に思考を巡らせてから私はそちらへと足を進める事にした。そして案の定、夜の下に赤い髪の馬鹿は立っていた。


「来んなよ」


足音に気づいたのか、私に背を向けたまま、彼は静かに言った。来たくて来たのでは無いのだけれど、丸井を追いかける際に千石君に「言われて追いかけたとは言わない方が良いよ」などと念を押されたのでなんと言おうか私はうむむと唸る。っていうか、何私が気を使っているのだろう。元々は私がキレてたのに。


「おかしいじゃん」
「…はあ?何が」
「私が怒ってたのに」
「ああ、何で怒ってんのかわかんなかったけどな」
「私だって何で丸井が怒ってんのか分からなかった。さっきまで」
「…」
「…なんか、お互い要らぬ心配をしていたみたいだな」


齋藤コーチの言っていた意味が何と無く理解できた気がする。彼が変えたがっていたものが、見えた気がする。なんだか気が抜けて、ふっと口元を緩めると、ようやく丸井がこちらに振り返った。私の表情が腑に落ちないようで、「なんだよ」と眉間にシワを寄せる。


「笑うな」
「いやいや笑ってない」
「笑ってんだよ。普段滅多にそんな顔して笑わねえくせに、こういう時だけそんな顔すんな」
「だから、笑ってないよ」


きっと彼からしたら説得力がないのだろうけど、私は幼稚に振る舞う彼を別に馬鹿にしているわけではないのだ。ただ、嬉しいだけなのである。


「お前、そうやって勝手に大人ぶってさ」
「違うよ」
「俺だけガキみたいじゃねえか」
「…うん。丸井はガキだ」
「っ、テメ…!」
「でも私もガキだ」


私の言葉にすぐさま肩を怒らせた彼は、続く思わぬ台詞に拍子抜けしたらしい。へ?なんてぽかんと口を開いている。


「私の帰る場所にはいつも君達がいるからね」
「…え」
「もしも君達が合宿をやめると言うなら私も一緒に帰るよ。ここにいるのは君達がいるからで、他の人をお世話するためじゃないし」
「…つまり?」
「立海が一番好きだから心配すんなよと、そういう」
「…
「なんじゃい」
「…よく聞こえなかった。もっかいゆって」
「はああ!?」


恥ずかしくてつい丸井に背を向けながらも素直に言葉を紡いでいたと言うのになんだそれは。全てをぶち壊しにかかった丸井に腹が立って、私はぎろりと振り返れば、そこには顔を腕で隠した丸井が立っていた。その状況がよく掴めず、怪訝に思いながら首を傾げると、丸井の耳が真っ赤な事に気づいて、その意味を察した。そして私もつられた。


「に、二度はなあ、言わないぞ!」
「……けち」
「耳が赤いの隠してから言えバカヤローっ」
「赤くねえやい」
「いや赤いよ」
「赤くねえってば!」
「…」
「…」
「いやあ、何度見返してもやっぱり赤いよ」
「黙れ」
「ふべっ」


照れ隠しなのか丸井は素早く足払いを繰り出す。しかしながらこんな私がそれをかわしきれる訳がなく、情けなくもどてーんと背中からその場に倒れこんだ。いってえええテメエ何しやがる!私がなあ、ボケポジで殴られ慣れてるからといってなあ、足払いして平気とは限らんのだよちくしょー!うねうねと体をくねらせながら背中の痛みに悶える。オイ聞いてんのか!そう叫んではみたものの、そんな私には目もくれず、彼は不意に室内の方へと目を向けるなり短く声を発した。つまり彼は聞いていなかった。仕方なく私もそちらへ目を向ける。


「…あ、皆…」


心配したのかなんなのか、いや、
幸村に至っては心配なんぞしていないだろうが、どう決着がついたのかとここぞとばかりに野次馬精神を働かせて私達の様子を伺いに来たらしい幸村、柳生、赤也の三人がポーチの入り口に立っていた。彼らは状況をあらかた理解したようで、やれやれとばかりに私を見つめている。


「良い加減風引くよ二人とも」
さん、そんな所に寝転がるなんて汚いですよ」
「いやいやいや不可抗力なんだけど」
「何でも良いから、先輩、ほら」


相変わらず仰向けの私に、赤也が手を差し出した。それに遠慮がちに掴まって体を起こす。幸村は私が起き上がったのを確認するなり戻るよと室内へ足を入れたのだが、なんだか妙に物悲しい気持ちになって、小さく息を吐いた。「先輩?」赤也が不安気に顔を覗き込む。


「足りないね」
「え、」
「…あと四人」
「…」


ふとした時にいつもの仲間が揃っていないことに気づく。その瞬間、言いようのない悲しさがこみ上げてくるのだ。おそらく真田達はここから近い別の所で練習している事は分かっている。しかし心の中にまるでぽっかりと穴が空いたようだった。私だけが、彼らがまだいるその事実を知っていても仕方がないのである。彼らの相棒であるコイツらが知っていなければ、きっと私の中のこの悲しみも埋まらない。


「行くよ」


今はただ、私達は幸村の声に背中を押されるだけである。



欠けてばかりいる
(けど寂しいなんて言わない)(私より、皆の方が、)

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( マネジも明スクも一発書き / 130615 )