リョーマ達を崖の上へ送り出してから私はU17の施設に戻り、早速練習を始めていた中学生のサポートに入っていた。遅く戻ってきた事を咎められるかと思いきや、齋藤コーチがそばに居たため、いなかった理由を察してもらえたらしい。黒部コーチから何も言われる事はなかった。 それにしても、U17の練習は今までに見た事がないほど過酷らしい。立海の練習よりキツイ練習が存在したのかと思うような練習メニューである。これは設備が揃っているからこそできるメニューなのであろう。練習後にはヘトヘトを通り越した勢いの彼らに、私は少々同情をしながら与えられた自室で記録のまとめを行っていた。 「あああめんどくさっ帰りてえわ」 「おい聞こえてんぞ」 「ひっ」 いたんですか、にへらと取り繕う笑みを貼り付けて振り返ったそこにいたのは私のルームメイトと言える、U17唯一の女性トレーニングマネージャーだった。年は知らない。聞いたら殴られたからもう聞くつもりはないが、いいとこギリ20代ってとこだ。ちなみに彼女の本名は覚えられなかったので、誤魔化すために番長というあだ名をつけている。番長の番長たる所以は彼女の喋り方から行動まで、まるで番長のように男らしいからだ。言い換えればガサツともいう。 彼女は私の世話係も任されていて、実は誰も知らないが、私は部屋ではこの人に監視されているというかなり哀れな状況に身をおいていた。 「ところで、アンタさ、バスタオルのカートがそこに置きっ放しだったけど、風呂場に補充しにいったんじゃないんか」 「……え、あ、すっかり忘れてた」 「仕事もまともにこなせねえと怒られんぞ、特にアタシに」 「ルームメイトのよしみで許してあげて下さいよ」 「やーよ」 「可愛くないですよ」 「殺すぞ」 「ごめごめごめ、ごめんなすってっっ!」 ガタガタと慌てて土下座をすると、彼女は頭をかいてから、「何でもいいから早く補充行ってこい」と私を部屋から追い出す。チッ余計な仕事増やしやがって。いや、元々は私の仕事だがよ。…さて、男子達が風呂に入る前に大浴場にタオルを補充せねば。そうして何時から入浴時間だったかをスケジュール表で確認した私は、即座にカートから手を離して自室に戻ろうとした。 「いやいやいやちょっと待てコラ」 「何ですか。いきなり襟掴まれたら私びっくり」 「そんなにアッサリ仕事放棄するアンタに私びっくり。何してやがる。早く行けよ」 「いや、行きたいのは山々なんですけど、もう入浴時間始まってるみたいなんですよね。行けねえわ」 「いや行けよ」 「貴方には恥じらいが無いのですかっ!よっ破廉恥!」 「殴るぞ」 拳を構えられたら黙るしか無い。その場に正座してくどくどと怒り始める番長の顔を見上げていた。なんだ、結局怒られてしまったではないか。 「聞け、。このままお前がタオルを持っていかなかったら、男子共が風呂上りに濡れたままその場に立ち尽くしてどうしようとあたふたする。その間に風邪をひいて練習できなくなって、はい、誰の責任だ」 「番長」 「テメエだテメエ!」 「いや、私の責任者は貴方なので、番長のせいにしておきましょうよ」 「それでアタシに納得してもらえると思ってんのか」 「あ、じゃあアレだ。堀尾君達に任せよう。代わりに私は彼らの仕事はしないけど」 「しないんかい」 番長にアンタ本当にマネージャーだったのかと言われて、私は一応そうだと答える。ていうか、番長、こんな事してる場合じゃないですよ。貴方が無駄口を叩いているせいで彼らが風邪を引くタイムリミットは迫っています。ほら番長。 「何アタシが悪いみたいになってんだ」 「なんでもいいよ。とりあえず堀尾君は?」 「馬鹿野郎、あいつらも風呂に決まってんだろ」 「なんて使えない雑用だ。肝心な時に動かんとはそれでも雑用か!」 「お前だけには言われたくないと思うぞ」 そんなわけで、脱衣所には私が行くしかなくなってしまった。交渉して番長も来てくれるというからいざとなれば番長を盾にして逃げ「オイ」というのは冗談である。引きずられるようにして大浴場の前にやって来ると、番長は躊躇いもせず中へずかずかと足を踏み入れた。 「え、ちょ!番長!」 「まだ皆入ったばっかで出てきてねえよ。早くしろ」 番長にカートのカゴを引かれて、それを掴んでいた私は自動的に引きずられて中に入る羽目になった。ひいいい誰も出てきませんように。そうして棚の中にマッハでタオルをぶち込んでいく私。番長は中学生の裸なんて、と、意味不明な事を言いながらゆったりしたペースでタオルを補充していた。もうホント、自分の分が終わったらあの人は置いて行こうと思う。 「ほお、アンタ、グダグダ下らねえ事を言う割に手際が良いな」 「おだてても何も出ません。はい、私は終わりましたからね!帰りますからっ、どわっ!」 未だちんたら作業をしている番長に、後ろ歩きで早口にそう告げながら、その場を退散しようとした私は何かにつまずいてその場に盛大に倒れた。どうやら扇風機のコードに足を引っ掛けたらしい。脱衣所に扇風機を置く文化はなんとかした方が良さそうだ。私と一緒に扇風機まで倒れて、かなり派手な音が鳴った。 『ん?何の音ッスかね』 『何かが倒れた音みたいだな』 『俺、何か見てこようか?』 『ああ、千石さん頼みます』 今の音で風呂場の連中が何事かと不思議に思ったらしい。どうやら千石君が出てくるみたいですよふうううじゃなくて! …マジかああああ! どうしよう、ねえ番長どうしよう、っていねええええ!カートも無いんですけどどうなってんだあああ! 情けない事に私は腰が抜けて、ここから5メートル先の出口まで駆け抜ける事は困難だ。こうなったらもうあがくしかない。近場のタオルを掴んで頭からかぶる。ガラリと扉が開く音に私はその場でしゃがみ込んで膝に顔を埋めた。私は何も見ない何も見ない。知らない知らない何にも知らない! 「あれれ、もしかして、…、さん?」 「ち、チガウヨーワタシチガウヨー」 「…何してるの、かな?さん」 「……。巻いてる?ちゃんとタオル巻いてる?」 「大丈夫だよ」 彼の言葉にひとまずはホッとして、そのままワケを話そうと私は口を開いた。彼ならば話せば分かってくれそうである。そう思ったのもつかの間、「千石ーなんだったー?」なんて菊丸君の声がして、それからバタバタと幾つかの足音。 「あああ、皆ストップ!ちょっと今来られるとまずいかも」 「はあ?何言って、って!?」 「もうやだ帰りたい帰りたい帰りたいお家帰りたい、番長番長番長!」 半泣きでそんなような事を呟いていると、けらけらと番長みたいな笑声が聞こえて、かと思えば次の瞬間体が宙に浮いた。どああああ何事!?おそらく番長が助けに来てくれたのであろう。薄目を開けて確認する限りでは私は彼女に俵担ぎされていた。ちなみにやはり堂々としている番長の姿に千石君を除く男子は「ぎゃー変態が入ってきたあああ!」なんてバカみたいに騒いでいる。何人かはタオルを巻いていなかったに違いない。 「中学生相手にムラムラなんてしねえから安心しな」 「ぎゃああああ」 「…これでちったあ大人しくアタシの言う事聞く気になっただろ」 「ワザと私をおいてったのか…!?」 「まあな」 「もうお嫁にいけない」 「いや意味分からんって、!?」 今回の事件は今までの非日常の中でも群を抜いて衝撃的なものであったため、私はお嫁にいけない発言を最後に意識を手放した。 それはお汁粉事件に続く生まれて二回目の気絶というやつだった。 全班に告ぐ、「撤退せよ」 (もうやだ、死にたい) ←まえ もくじ つぎ→ ( ラジオの編集と同時進行で更新。きつい / 130609 ) |