「あ、や」


リョーマ探しに出てもう20分くらいは経つが彼の姿は見当たらない。そろそろ本格的に時間が危うくなってきて焦りが出始めた時、そんな金ちゃんの声が聞こえた。一体どこからだと周りを見渡せば、階段下にあるコートに金ちゃんとリョーマが倒れているではないか。金ちゃんは私を見上げてどないしたんとにかりと笑う。そういや金ちゃんがいないと言う話も聞いていたが二人が一緒にいたなんて。


「…何やってんの、こんな所で」
「…ちょっと高校生と試合してた」
「あんな、鬼のおっちゃんごっつ強くて」
「皆が二人の事必死で探してるの知ってますか」


私らしくない。必死にリョーマを探す青学の人達の顔が脳裏にちらついて、すましている彼に無性に腹立たしさを覚えた。私はただ連れ帰れば良いだけなのに、他人にどうして干渉しようとしているのだろう。


「良い加減にしなよ。勝手にも程がある。こんな事してちゃ駄目だって君たちは分かってやってるんだよね」
「…お、怒ってるん…?、」
「勝手だなんだなんて、散々めちゃくちゃやってきたアンタに言われたくないんだけど」
「私も今のあんたには言われたくない。あと私は先輩なの。敬語を使いなさい」
「……すんません」


体を起こしたリョーマは、ぎゅっと帽子で前を隠す。そんな様子を見てか、金ちゃんもごめんなさいと俯いた。もう良いから、早く戻るよ。二人を立ち上がらせてメインコートに促そうとした時だった。「戻っても無駄ですよ」不意に背後から聞きたくない声がぶつけられた。


「どういう事ですか、…齋藤コーチ」


振り返った先には齋藤コーチがニコリと胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。彼はデスマッチは終了したのだと告げる。…間に合わなかったということか。何も言えずにぐっと唇を噛んでいると、では行きますかと彼は白衣を翻した。行くってどこに。リョーマが口を挟む。


「強くなりたいんでしょう?」
「え…」
「強くなりたいなら、ついてきて下さい」


一体どういうことだ。脱落したならば帰るしか選択肢は残されていないはず。何か救済措置があるのだろうか。そう言えば、ボールを取れなくて帰った高校生達も、家に帰してもらえる雰囲気ではなかった。そうでなければ、私は合宿に残らず彼らと帰れたはず。
「強くなるんやて!」私の思考を遮るように、金ちゃんは弾んだ声を出し、頷いたリョーマと共に齋藤コーチに続く。彼らを掴もうとした手が空を切った。


「は、え、ちょ…っ」
さん、貴方にも来ていただきたい」


齋藤コーチはまたあの笑みを浮かべて、私の出方を伺った。ついて行けば何があるか分かるだろう。正直ついて行きたくないが、彼に抵抗できる程力があるわけでもないので仕方が無い。私は渋々リョーマ達の横に並んで、森の中へと歩みを進めて行った。


「なーなー


しばらく私とリョーマは無言で歩き続け、金ちゃんだけが騒がしく何かを言っていた。そんな中、ふいに彼は私へとピンポイントに言葉を投げかけた。なに、と短く答えて金ちゃんを見やる。


、立海と喧嘩しとったやろ。何でや?」


何の前置きもなく唐突にされた質問に、少なからず私はたじろいだ。しばらく黙り込んだあと、私は小さな声で言った。「分からない」と。リョーマがちらりとこちらを一瞥する。


「気づいたらいつもこうだ。あいつらにはどうしても伝えたい事がうまく言葉にできない」
「ふーん」
「何、リョーマ」
「いや、さんも案外普通の人なんだなーと」
「それ、どういう、」
「みなさん着きましたよ」


私の言葉は齋藤コーチによって遮られ、前に向き直るとそこに丁度一台のバスがやって来た。それは私たちの目の前で停車する。中から誰が出てくるのかと思えば、開いた扉からはなんとデスマッチで敗者になったメンバーだった。「さあ、ここからが僕の本当の仕事ですよ」齋藤コーチは静かに息を吐いた。彼らは口々に何で私やリョーマ達がここにいるのか、自分達は脱落したのではないかとコーチを問いただす。


「そうです。脱落です。…ですが。勝ち残った方と差を広げられたくないと思った方のみ、この崖を登ってみてはいかがでしょうか」


後ろを振り返った私は、その崖のあまりの高さにうげ、と声を漏らす。もちろん、目の前の彼らも上に何があるのかがわからない以上、素直に登る気にはなれないようで、文句を言いあっていた。そんな中、一人崖へと向かって行ったのはリョーマである。


「お、おい越前…」
「強くなれるなら、登るしかないじゃん」
「待ってやコシマエー!ワイもいくでー!」
「……あー、くそ、登れば良いんだろ…」


バラバラと崖へ手をかけ始める皆を見て、私はコーチを見上げた。まさか、私にまで登れなんて言いませんよね。言われたなら私はここで帰ります。口にこそ出さなかったが、目で威圧すると、コーチは笑って首を振った。


「貴方は勝ち組の方のみのお世話をして頂ければ結構です。負け組の方の相手までは不要ですよ」


まるで負け組の中学生を挑発するかのようだった。ああ、読めたぞ。私をここに連れて来た理由が。とりあえずは、どんな形であれ崖を登らせるやる気を出させるのが狙いか。コーチの言葉に負けるかよ、と宍戸君の声が聞こえた。そうしてコーチの狙いどうり、彼らはどんどんと上へ登って行く。


「…Good luck」


その言葉を最後に、私達も施設へと彼らに背を向けて歩き出したのだった。







がリョーマ達を見つける少し前の話。


デスマッチの全ての組の試合が終わったらしく、俺達は本部棟の前に招集された。負けたものは帰りのバスが用意されているからそれで帰れと、コーチが向こうに止まっているバスを指し示した。柳先輩を一瞥した俺は、罪悪感に駆られて顔を俯かせる。そんな中、青学のメンバーが急に騒ぎ出したのだ。どうやら越前リョーマが行方不明とかでまだ試合をしていないのだとか。


「越前は戻って来るから!あと少しだけ待ってよ!」
「やめろ、菊丸。脱落するのはここにいない越前の責任だ」
「越前、遠山の両名は脱落とみなす」


ぐっと菊丸さんは黙り込んだ。四天宝寺は騒いではいなかったが、どうやら遠山もいなくなっているらしい。小さく、「金ちゃんのアホ」と呟く白石さんの声を聞いた。今回の試合は不本意な事が多く起こったようだ。「ああ、それから」ぼんやりと青学の様子を伺っていると、コーチが付け加えるように口を開いた。


の行方を知っているものはいるか。知っている者がいたら申し出るように。以上、一旦解散だ」
「…あいつもいないのかよ」


皆がばらけた後、丸井先輩は頭を抑えてため息をついていた。あの人もトラブルを起こす天才だからな。まあ、すぐに出て来ますよ、と丸井先輩に声をかけると、素早く顔を上げた先輩は、ギッとした目で俺を捉えた。びくりとして一歩下がろうとしたが、その時には遅かった。


「そういやお前、試合の後にとなんか話してたよな」
「…は?…ああ、まあ、ちょっと」
「何がちょっとだよ」
「い、いたたたた丸井先輩痛いッスよ!」


肩をぎりぎりと掴まれて俺は幸村部長に助けを求める。丸井先輩が言いたい事はなんとなくわかった。俺が先輩の肩を借りていたり頭を撫でられていたのが気に食わないに違いない。俺達と先輩は喧嘩をしていて本当なら会話す事も許されないのだから。


「なーんでお前ばっかいつも優遇されんだよ!」
「は、いや、それはないッスよ」
「なくねえよ馬鹿!」
「嫉妬は良くないよブン太」
「誰が!?あのちゃらんぽらんのためになんか嫉妬なんざするかよ!」
「丸井先輩落ち着いて」
「うっせ馬鹿、ばーか!つうかあの馬鹿どこいったんだよ!」
「…俺に言われても」


めんどくせええええ。何この人、超めんどくせえ。もう何でも良いから先輩戻ってきてよ。幸村部長もやれやれなんて俺達のやり取りを眺めるだけで最早仲裁にはいる気はないらしい。あーもーどうすっかなー。丸井先輩にばれないように小さく俺はため息をつく。その時、ふいに「あの、」と声がかけられた。そこにいたのは大石さんと手塚さんだった。


さんの事だけど、多分俺達がいけないんだ」
「どういう事かな」
「越前が行方不明になって、その時越前についていちゃもんをつけて来た高校生からさんが俺達を庇ってくれてね。その上自分も探すのを手伝うと言ってくれたんだ」
「ああ、俺達もついそれに甘えてしまった。俺達の問題だったのに」
「それ本当に?」
「え?」


丸井先輩のツッコミに、わけがわからないと言った風に声をあげたのは大石さんだった。丸井先輩の気持ちは分かる。幸村部長も驚いて目を丸くしていた。青学が嫌いな先輩がどうしてそんな事を。俺達が負けた相手だからかもしれないし、もっと違う理由があるのかもしれないが、今までずっと青学は怖いやら苦手やら散々言っていた先輩が青学に協力的だっただと?


「確かにさんだった、けど?」
「ああ、どういう意味だ、丸井」
「…いや?別に」


俺の肩を相変わらず掴んでいた丸井先輩は急に大人しくなって、そこから手を離した。部長はそんな先輩の様子に眉尻を下げる。


「ふうん、が越前を探しに行ったんだ」
「…」
「いつの間に仲良くなったんだかねえ」


俺達の中で一番嫉妬深いのはもしかしたら丸井先輩なのかもしれない。俺も負けてはいないと思うが、先輩と丸井先輩はお互いに親友だと言えてしまうぐらいの固い絆みたいなのがあるらしいから、丸井先輩からしたら、こういう事も許せないのだろう。しっかし、あの先輩が先輩に対して以外に親友だなんだと言える人がいるなんて、知った時は驚きだった。
丸井先輩はむっとしたまま、それだけ言って踵を返してどこかへ行ってしまった。


「えーと、丸井の気に障るような事、言っちゃったかな」
「いや、気にしなくて良い。ただの嫉妬だよ」
「…ああ、やっぱり君達は本当にお互いが大切なんだね」
「…お互い?」


確かに先輩は俺達の事は嫌いじゃないだろうが、はたから見たらそれは分かりにくい。ずっと一緒にいないと分からないような、先輩の表現というものがある。幸村部長の問いに、大石さんは何かを思い出すように笑って、ああ、と頷いた。


「今、君達は喧嘩中みたいだけど、さんは君達の事、『馬鹿でうるさくてたまにうざったいけど、それでもやっぱり王者で、無敵で優しくて、最高な奴ら』だって言ってたよ」
先輩が?まっさかー」
「本当だよ」


確かに大石さんや手塚さんが嘘をつくとは思えないが。大石さんが言った言葉を頭の中で繰り返しながらにやける口をおさえていると、幸村部長がフッと小さく笑っているのが見えた。


「それ本当に?」


それを言った幸村部長はどこか上機嫌そうだった。ああ、丸井先輩にも聞かせてやれば良かった。



ひどく難しく、とても簡単だってね
(人の心ってさ)

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( 前半の負け組の下りが想像以上に長くて、入れたい話が全然入らず。でもここで切りたくないと思って無理やり勝ち組まで持っていったら無駄に長くてまとまりなのい話になった。次回千石さん出ます、多分。 / 130607 )