ついでにリョーマを探してあげようと青学に宣言した後、私はコートの周りを歩いていた。早い所リョーマを探さないといけない、…いけなかったのだが、私の足を引き留めたのは赤也と柳の試合だった。喧嘩をしていても、チームメイトの試合は気になるというものである。
これはきっと私でなくても、だいたいの人が勝つのは柳であると確信している試合であろう。事実、追い詰めているのは柳だった。


「貴方が先輩デスカー?」
「うええ!?…と、あ、君は確か」


突然肩を叩かれたため、私は情けない声を上げる。相手も少しびっくりしていた。いや、君のせいだぞ。
声をかけてきた人物は流石の私でもきちんと覚えている人物だった。全国大会でぶつかった名古屋聖徳のリリアデントクラウザーである。彼は赤也の方を見て、外国人がやりそうな、オーバーに肩をすくめるようなポーズをしてからこう言った。「貴方、切原クン嫌いデスカ?」


「…何で?」
「彼が呼んでも貴方無視シマシタ。彼、ずっと貴方見て、悲しそうデシター」
「…ううんと、嫌いなんじゃなくて、喧嘩中と言いますか、ね」
「Oh,喧嘩良くないデース。彼に声かけてあげて下サーイ」


赤也に一度負けてライバル意識をしていたからということもあるだろうが、赤也は相当しょんぼりしていたらしく、見ていられなかったんだとか。彼がいかにどんよりしていたか、クラウザー君はカタコトの日本語で私に語って聞かせた。そうこうしているうちに、悪魔化した赤也を、柳は赤子の手をひねる様に抑え込んでしまっていた。おいコラお前のせいで試合見逃したじゃんか。とは外国人が怖いので言えなかったけども。
それからあと1ポイントで勝つという所まできた時である。柳は静かに手を挙げた。


「審判…この柳蓮二、棄権する」


ざわめく辺りに、こんな事を黙っていられる訳がない赤也。彼はラケットを叩きつけて自分はまだこれからだと訴える。「そうだ。お前はまだこれからだ」その言葉を聞いて、柳の想いを私は悟った。
合宿には赤也が残れと、もっと強くなれと、彼はそれだけを言い残して、コートから立ち去ってしまった。


「ちくしょっ…」


コートの真ん中でぎりぎりと唇を噛みしめる赤也も、きっと全て理解しているはずだ。ただ、それが受け止められないだけだ。
その後、ふらふらと赤也はこちらに戻ってきたので、タオルを頭にかけて、わしゃわしゃとそれで頭を撫で回してやる。それに驚いたのか、赤也はハッとして、それから掠れた声で私を呼んだ。


「お疲れ」
「…話しかけんなって、言ってませんでした?」
「うっさいよ、馬鹿。私からはいーの」


つかもう行くし、私はそう続けて、赤也の頭を軽く叩いた。ちなみに隣にいたクラウザー君は私達に気を遣ったのか、少し離れた場所でなんとなくこちらの様子を伺っていた。確かあの子、一年生じゃなかっただろうか。見た目もだが、大人びた子である。それから私は相変わらず俯いたままで顔が見えない赤也にふっと笑みをこぼして、こういう時は一人にしてもらいたいだろうと、背を向けて歩き出そうとした。


先輩、」


とん、と後ろから私の肩に赤也の頭が預けられる。やれやれと息をついて、そのままの体勢で、なーに?と訪ね返した。「悔しい」くぐもった言葉が私の耳に届く。ただ、それは私に返されたものなのか、呟きなのかは分からなかった。


「…悔しいんス。自分の居場所くらい、自分で、勝ち取りたかった」
「そうだね。でも、もう終わったんだから、いつまでもうじうじしてんのはやめなさい」
「うじうじなんて、っ、俺は!」


ねえ赤也、私がそう言って赤也を制した。彼はゆっくり顔を上げる。柳の去って行った方向へ視線をやって、ゆっくり目を閉じる。


「厳しい事いうとさ、自分の居場所を他人に譲った柳も、悔しかったんじゃないかな」
「…っ」
「でもね、それ以上に赤也の成長が、楽しみなんだよ」
「…」
「『更なる高みへ昇って来い』ってよ」


拳を上に上げると、ハッと顔を上げた赤也はそれに自分の拳をぶつけてようやく、いつものあの生意気な笑みを浮かべた。


「…行ってやらぁ!」







それからリョーマの捜索を開始ししようとしたわけなのだが、なかなかそういうものははかどらないものである。まず赤也と別れようとしたとき、彼が私の腕を掴んで離さなかった。「ここに居てくんないと嫌ッスよ」可愛いことしてくれんじゃねえかと危うく心臓を持っていかれかけたが、一応喧嘩中なわけで。赤也の言い分曰く、今までシカトされてムカついたからその分を埋めろと。いや、だからまだ喧嘩中。埋めるにしてももう少し先である。
そんなこんなで、赤也から逃げ切るのに手間取り、やっと解放されたと思えば、今度は見慣れた三人組、(というより、約一名がとてつもなく知り合い)をフェンスの向こうに見つけた。目も合ってしまったので、スルーもできなくなったというわけである。


「…何してんのアンタ達」
「わああああ貴方は立海の…っ!」
「会いたかったでヤンスー!」
「ダダダダーン!貴方が噂の先輩ですね!」


フェンスの向こうには青学のトリオの一人と、山吹の元マネージャー、そしてうちの浦山しい汰がいたのである。私は三人がここにいた訳をある程度聞き出し、帰れと言おうとした時、私の背後に誰かが立つのが分かった。影が私の足元に落ちる。


「亜久津先輩!」
「どあああ!」
「何だ、うるせえ女だな」


背後に立っていたのは山吹の亜久津君で、いつも遠くからしか見てなかったからなかなかの迫力である。つい叫び声を上げた私に、彼はしかめっ面をよこす。そんな私を他所に、壇君は「お守りを持ってきましたです!」なんてフェンスにお守りを通そうとしている。いやいや無理です。


「そこの女、どきな」
「は?」


突然亜久津君に押しのけられたと思えば、彼が何をしたと思う。ぐわしゃ、とフェンスを破壊しなさったのだ。えええええ!「ほらよ」「流石亜久津先輩!すごいです!」とかやってるけどそういう問題じゃねえええ!


「ああ貴方何していらっしゃる!」
「ああん?うるせえぞ。俺に指図すんじゃねえ」
「指図じゃねえわ。注意だわ!信じらんね、いやその怪力もアンビリーバボーですがっ、施設の物壊しますか、普通。ていうかこういうものの片付け誰がやると?そうだよ私だよ!そう考えたらやらねえだろああん?」
「テメエ…」
「だから、…っどああああ!でしゃばりました、つい、です。頭がカッとなりましてすんませんすんませんすんません亜久津先輩まじすんません」
「…変な女だな」
「ほんとごめんなさい。何回謝ったら許してくれる?」
「いや、…もういい」
「あ、そう」


良かったー。ホッとして、へらりと笑う私に、亜久津君はすごく微妙な顔をしていたのだけれど、その理由はいまいち分からなかった。そうしているうちに、彼に何かを言わなくちゃいけない様な気がして、私は彼の顔を見上げた。会ったら言おうと思ってた事があった様な。「…何だ」「いや、何かを思い出しそうで」それに続けて、私はもう少しお顔を拝見しても良いですかと彼に問うた。しかし彼は何も答えなかった。


「…ああ!」
「今度は何だ」
「9月あたりに、うちの赤也が不良に絡まれている所を助けてくださったようで、すんません。ありがとう」
「…あ、ああ、あれか」
「それは僕も覚えてるです!亜久津先輩、カッコ良かったです」
「見た目は怖いけど、いい人なんすね」
「…フン」


照れてしまったのかなんなのか、彼は鼻を鳴らして去って行ってしまわれた。残された私達は互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
…ていうかこのフェンスの穴どうしようかな。今更亜久津君を連れ戻すのも怖いし。


「あのさ、君達」
「はい?」
「とりあえず、中にお入りよ」



どうにもなりそうにないので、私は雑用仲間を増やす事にした。




だって不公平じゃないか
(私だけ修理なんて)

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( つうか二日連続で更新とか久々!皆頑張った私を褒めてくれ。新テニOVAで、堀尾達がちゃっかり雑用係になっていたのが驚きで、ここで使いました / 130526 )