「そういうわけで、U17マネージャー研修生兼、雑用係になりました。です。…以後よろしく」 「何でもいいけど、アンタその嫌そうな顔やめろよ」 合宿で一晩過ごした私達は、翌朝食堂にて改めて自己紹介を行なった。まあ殆どの人が大会でぶつかっていたり、試合を見たりで顔見知りばかりであり、恐らくあまり知られていないのは私だけなのではないだろうか。やはり不動峰の、確か神尾という人が食ってかかってきたので、私はつい口をムッと尖らせた。つうかお前学年下だろうが。そこにまあまあと白石君が仲裁に入る。彼ときちんと接触するのは久々だった。相変わらず左手の毒手は健在のようである。 「さんて、人見知りするんや。仲良うなれば普通にええ子やから」 「私は白石君と仲良くなった覚えはないがな」 「とかなんとか言われてますけど白石さん」 「照れ隠しや」 照れ隠しじゃないですけど。ただの事実ですけど。いつもの様に言葉を口にすると、白石君は少しだけ寂しそうな顔をして後ろに下がった。金ちゃんが何やら白石君に声をかけているのが見えた。言いすぎたかもしれないので後で謝ろう。神尾も橘君に諭され、これ以上何か言って来る様子はなかったので、私は自分の仕事を思い出し、改めて口を開いた。 「ああ、それで、早速皆さんに連絡があるんですけど。…シャッフルマッチが発表されたんで、掲示板に行ってください」 「へえ、シャッフルマッチか。君はもう誰が対戦するか見たの?」 「…」 「あ、俺千石だよ。よろしく」 彼の名前は知っていた。昨日の夜に黒部コーチに覚える様にと渡された彼らのデータは仕方なく頭に叩き込んだのだから。 でれっとした笑顔で千石君は私に手を差し出した。その手を見つめながら、「私はマネージャーですから一応」とだけ答える。一向に引っ込められそうにないこれをどうしよう。渋々手を出そうとすると、千石君の手を弾く様に、丸井が私達の間に入り込んだ。 「が困ってるだろい」 「あらら?ごめんねーさん」 ナンパな男だという認識はあったが、引き際をきちんとわきまえているらしい。こういう挨拶は彼の癖というだけで、千石君は悪い人ではなさそうだ。ああ、それよりも今は割り込んできた丸井だ。昨日の事、まだ怒っているんだからな。無理矢理ここに連れてきて、挙句に私がいなくても大丈夫、勝手にやってくれなんていう雰囲気出しやがって。 丸井に張り合うつもりじゃないけど、彼を押しのけて、私は千石君の手を掴んだ。「迷惑じゃないっすよ。よろしく」きっといつもの私からしたらあり得ない対応だろう。事実、丸井を始めとする私を知っている奴らは目を丸くしていた。 「、おま…」 「私に話しかけるなって言ったでしょ丸井」 「な、何で怒ってるんだよ!」 「何で?自分の言った事思い出せドアホ」 「『な、何で怒ってるんだよ』?」 「誰がそんな直前の事思い出せって言ったよ。あーわかった、お前馬鹿なんだろ?」 ってこんなコントしたいんじゃねえええ!手にしていたノートをぺしーんとテーブルに叩きつけて、その場を立ち去ろうとした。周りの皆は何だか賑やかでいいな、楽しそうになりそうだぜなんて呑気な事を言い合っている。お前ら良いからさっさと掲示板行けよ。 「あああの、先輩…っ」 そうして一人で先に食堂を出ようとした私を赤也が引き止めた。さっきからこいつらは何なんだ。 しかし私はそれを完全に無視して扉を開けた。後ろで何度か私を呼ぶ声を聞いたが、それでも私は振り返らなかった。 「随分、酷な事をしますね」 「君は…コロネ」 「コロネじゃありません。木手栄四郎です。人の名前はきちんと覚えておくべきですよ、君」 「はいはい」 「はいは一回!」 「めんどくせえなアンタ。つうかお母さんかよ」 つうかいつの間にか隣に来たし。まあ彼の事だ、きっと例の素早い動きて音も無く私の横に来たに違いない。聞こえない様に小さくため息をつくと、木手君はところで、と口を開いた。 「貴方達は何故喧嘩をしているんですか」 「どうでもいいでしょう」 「正直貴方は目障りなんですよ。女子が混ざるというだけで気の緩みが生じる輩がいるというのに、加えて言い合いなどで騒がれては敵いませんからね」 「…わかってる」 そんな事は、わかってるさ。私は皆とは違う。だから皆と切磋琢磨して何かを得る、なんて事はもちろん共有できないし、こういう場では、一人でも気が緩んでいる人間がいると全体の士気に関わるということも、これまでの経験で理解しているのだ。だから私はきっといるべきではない。しかしそれができないのは、喧嘩していてもあいつらから離れたくないという思いがあるからだ。 「そこで貴方は落ち込んで、仕方がないと諦めるんですか」 「え…」 「おやおや、王者立海のマネージャーというのは名前だけで、随分と骨がありませんねえ」 「木手君、」 「自分だけは違うと、ここに残る価値があると、そうは思わないのですか。貴方と俺達は同じだ。ここにいる人間は、いる価値がなければここを去るしかない。しかし、俺達は例えそうだとしても、それを受け入れるような潔い奴は一人としていない。貴方は違うのですか?それならば、それこそ本当にここにいる価値などない」 彼の言葉は私には厳しいものだったけれど、それでもどこか、優しさを孕む諭し方だった。顔を上げて、彼を見ると、彼はふっと笑うだけだった。 「木手君て、もしかして、すごく良い人?」 「さて、何の事やら」 「私、正直君の事大嫌いだった」 「…随分はっきり言いますね」 「でも、この合宿で君の事好きになれそうだ。これもきっと私の成長の一つだと思って、良いんだよね。私がこの合宿にいる意味の一つなんだよね」 「それを決めるのは俺じゃない。君、貴方だ」 彼の台詞に私は小さく頷いてから、ジャージのポケットにいれていた缶をむりやり木手君の手に掴ませた。励ましてくれたお礼である。一体何ですかと驚く彼は気にせずに、私は走り出した。さて、いっちょマネージャー仕事、頑張りますか。 「木手君、それあげますからあー」 「…何でまた急に。お汁粉なんていりませんよ」 そんな言葉が呟かれた事は走り去った私が知る由も無く。 「まったく、また変なのに好かれてしまいましたね」 ありがとうって言いたかったんですが (生憎照れ屋なので)(お汁粉で勘弁してください) ←まえ もくじ つぎ→ ( 木手と仲良くさせたかった / 130512 ) |