本部棟の中へ入るように促された私は、皆の間をすり抜けて前へ進み出た。周りが余計にざわつく。騒がしい大阪弁が私を呼んでいたが振り返るのが面倒だったので、そのまま歩き続けた。しかし、それを阻止したのは不動峰のジャージを着た男子だった。 「どうしてここに女子がいるんだ。お前何者なんだよ」 私を知らない人達の声を代弁するかのようだった。皆の視線が集まる。人が多いのは苦手だからさっさと逃げ出したいのだが。もしかしたら私もこれからこいつらと合宿をするかもしれないと思ったら途端に頭が痛くなってきた。 「おい、答えろよ」 「立海大附属中三年、テニス部マネージャーのです。まあ、以後よろしくする事はない、というかなるべく知り合い以外とは関わりたくないので、覚えなくても結構」 「なっ…」 帽子を深く被り直して、再び歩き出した。後ろで、相変わらずの人見知りやな、と苦笑する白石君の声が聞こえる。仕方が無い。他人と関わるのが苦手なのだから。かれこれこんなことを五、六年続けてきたから、こういう対応をする癖ができてしまったのだ。完璧なコミュ障というやつである。 「、先輩?」 「話しかけないで。あんた達なんて知らない」 それからぎこちない笑顔を浮かべてそう私に声をかけた赤也をバッサリ切り捨てた。自分も下らない事で怒ってるなあとは思っているが、仕方が無い。私がこんな風になるのは、きっとこいつらだけなのだ。 「呆れたもんだぜ。お前ら、合宿の度に喧嘩してんのか」 「ほっとけ」 跡部にも呆れられてしまった。 皆から離脱した後、私はとにかく廊下をまっすぐに進んでいた。場所を教えてもらわなかったが、まあそれは向こうが悪い。しばらくそんな調子で歩いていると、テーブルが幾つも並ぶ、広間のような場所に出た。そこに本部棟の上からあれこれ指示を出していた人物と白衣姿の背の高い男性を見つけた。白衣の男性な私を見るなり、こちらですよと手を振る。 「よく来てくださいましたね」 「好きで来たんじゃありません」 「でも君はここに来た」 「不可抗力です」 白衣の男性は表情が優しげではあるが、腹の中では何を考えているか分からなかった。なんとなく恐怖心を抱きながら私は睨み返す勢いで話していると、彼は笑って自己紹介を始めた。彼が齋藤コーチで、もう片方が黒部コーチ。どうやら私を呼んだのは斎藤コーチらしい。 「どうして私を呼んだんですか」 「どうして君はここに来たのかな」 「…全員が合宿に参加する場合、私の参加を求められたからです」 「では、もう一つ聞きましょう。君はどうしてボール放棄しなかったのですか」 ボールを放棄していないという事は、この合宿に残る意思があると考えて良いんですね。彼はどうやら全てを見透かしているようだ。上手をいかれて、私はつい言葉に詰まってしまった。しかし私だって黙っているわけにはいかない。この互いを探り合うような不快な空間から抜け出すためにはさっさと決着をつけねば。そっちがその気なら私だって考えがあるのだ。 「その件ですが、どうして『私にボールを落とした』んですか」 「…」 「あっははは。気づきましたか。ね?黒ベエこの子、面白いでしょう」 黒部コーチは齋藤コーチの言葉に、私を観察するようにじっと見ていた。しかし彼は質問に答えない。それどころか何を思ったのか、後は任せましたとだけ言葉を残し、踵を返して何処かへ行ってしまったのである。結局これもはぐらかされたままかよ!まあ今の反応、あながち間違いではないみたいだ。 どうにも自分の思い通りに事が運ばないので苛立ちを隠せないでいると、齋藤コーチは、今更ながら黒部コーチの座っていた椅子を私に勧めた。 「さて、お互いに探り合いをしていても疲れますから、本題に入りましょう」 「…本題?」 「そうです。ざっくり言えば君を呼んだ理由ですね。……さて、僕が君を見つけたのは、実は関東大会の君たち立海と青学の試合ででした」 「…はあ」 齋藤コーチ曰く、中学生選抜の話はその頃から出ており、中学生の偵察に関東大会に顔を出していたらしい。そして、そこで私達を見かけ、立海のそのテニスの強さや結束力に学問的な興味を抱いた。それから個人的に調べて行くうちに、その一因になんと私が関わっているという事に気づいたという。そして、ついにこの合宿に立海を招待することになったから、それならば私も、そんな流れだったそうだ。 「そんだけですか」 「立海の皆さんの成長の為には貴方が必要です。しかし貴方は彼らの成長の妨げにもなる存在」 「…意味がよく、」 「貴方は彼らに依存しているのは自覚しているでしょう」 「!」 「しかし彼らもまた、貴方に依存している」 「何が言いたいんですか」 「この事を貴方は気づいています。互いに依存しあっている、ある意味いい関係なのかもしれません。彼らの帰る場所は常に貴方です。時には必要な場所でしょう。しかしいつまでもそれではお互いが成長できないという事です」 何も言葉が出なかった。すべて分かられている。なんだか体裁が悪かった。彼はそれを改善しようとしているけれど、余計な手を出して欲しくなかった。この関係が、私には居心地が良いのである。 「貴方が自分の殻から出て来れない大きな要因はコレですよ。居心地が良くて出られないんでしょう」 「…」 「それは貴方がここにきた理由にも関係があります」 彼はボールは確かに仕組んだ事を認めた。どうやら私がどういう行動を取るか見たかった様だ。そして私はまんまとこの合宿所に残った。 それは紛れもなく私の意思。嫌なら押し切る事もできたはず。いくら彼らでも私が本気で嫌がれば無理強いはしないだろう。しかし私はそれをしなかった。皆と残りたいからだ。 「…」 「まあ、今ここで全てを話してしまうのもつまらないので、この話はおいおいする事にして、」 「他にもまだ何か」 「僕は君の洞察力にも目をつけています」 先ほどのボールの件然りです。彼は笑った。 分析には常に柳がいたし、幸村や真田だって頭がキレるから私が特に何かを観察したりと言った事は今まであまりしてこなかったように思う。それなのに、洞察力が優れているなんてイマイチピンとこない。 「君は気づいていないようですが、貴方の洞察力はなかなかのものです。仲間以外を全て敵とみなすその性格の賜物でしょうね」 「それは褒められてるんですか」 「はい。先ほどからも会話の意図を探ろうとする姿勢が伺えていますしね」 「過大評価です。言いたい事はそれだけですか」 「僕は君のマネージメント能力を成長させる気でいますよ」 立ち去ろうとした私を、その言葉が引き止めた。どうしますか。そう問われたのだと思う。ここで帰ることを選択する事は可能なはずだ。でも、 「…残りますよ」 「…」 「ボールを手放さなかったのは私の意思なんでしょう」 ならその意思の通りに動くまでです。 齋藤コーチは私の返答に満足したらしい。横の扉を指し示した。皆はあちらにいますよと。私は迷わずにその扉を開けた。 「やり抜いてやりますよ」 私を誰だと思ってらっしゃる。 仕組まれた運命なんだ (王者立海のマネージャーですよ) ←まえ もくじ つぎ→ ( 色々手を出しすぎて怒られそう / 130504 ) |