監獄?
第一印象はそんな感じだった。私の零した台詞に幸村が笑う。「確かに一度入ったら二度と出られなさそうだよね」怖い事を言わないで欲しい。それなら私は今すぐ帰りたい。
彼の発言に思わず身震いして私はどれくらいの敷地があるのか計り知れないくらいどでかい施設、ーーU17合宿所とやらを見上げた。


「ところで、ずっと気になってたんだけどさ、何ではそんなカッコしてんだ?」
「あ、いや、変装」
「はあ?変装?」


ジャッカルが首を傾げた。私は普段はまったくかぶらない帽子をリョーマ気取りに深々と被り、ツバを掴んで顔を隠す。そう、私の今の格好は男子さながらだった。流石に立海レギュラージャージを着る事はできないので、何と無くそれっぽいものを着ている。だからはたから見れば、立海の選手には見えなくても、恐らく何処かからお呼ばれした子なんだろうなーくらいには見える、はず。髪が短くて良かった。後ろで小さく束ねれば、…うん、こういう男子いるいる。


「何で変装なんてしてんだよ」
「参加校調べたらなんか知り合いがたくさんいたからだよ。だいたいこんな男子ウジャウジャの中に女子がいたら目立つでしょ」


私目立つの嫌いなんで。再びツバを下にぐいっと下げると、幸村が「お前はそんな事しても言動がかなり目立つから無駄だと思うよ」なんて笑った。今日は静かにしてます。うまく行けば誰にもバレずに今日中に合宿所からおさらばできるかもしれないんだから。


「というわけで、今から私は、あ、違う、『俺』は男なんで、そこんとこシクヨロいでっ」
「ふざけんな」
「決め台詞の一つや二つで器の小さい奴だな」
「ああん?」
「おい、二人とも。いつまでも喋ってないで、そろそろ行くよ」
「あ、うん」
「…おー」


そういうわけで私達はついに猛獣の折りの中へまんまと足を踏み入れてしまったわけだ。

なんだかその時高校生に絡まれている青学も見えた気がしたのだが、まあ、あんまり仲良くないし放っておこう。


さて、中はとにかく広かった。何面もコートが並び、高校生達がその中で激しく打ち合いをしている。うわ、すご。あんぐりと口を開けている私の後ろのほうで、重々しい扉がガシャンと閉まる音が聞こえた。…私、今日この合宿所から出られるのだろうか。


「至る所に観察員とカメラが設置されている。相当人員を割いているな」
「居心地悪い」
「まあそういうな
「それにしても、ホント最新式ばっかじゃん」


騒ぐ丸井の横で肩をすくませて近くのカメラにべ、と舌を出してみた。馬鹿らしい、やめよう。知り合いもかなり見えるし。私は頭を下げて皆から一歩離れる。「おい、あまり皆から離れなさんな」そんな私を仁王が制したが、ここにいたらうっかり練習に巻き込まれそうで怖いから私は人の群れから離れたかった。だから向こうにいる、とコートのかなり端に移動する。
…あれ?ここにポツンと一人いるとか、何かある意味目立ってないか。幸村の言ってた言動がかなり目立つから無駄だと思うよって、…いやいやいや。大丈夫だ。私は風、私は風。無になれ
そうして空気になろう大作戦を実行している時だった。不意に本部棟らしき建物の上から誰かが姿を表した。コーチか何かだろうか。ここからだと小さすぎてよく分からない。
彼は今回の合宿の旨を喋っている。私にはまあ関係のない事だ。そう私は空をぼんやりと見上げた。…ヘリの音が聞こえる。そう思った時だった。…んあ?


「…テニスボール、が、落ちて来てないか?」


まるで計算されたかのようだった。顔に当たると守ろうとした手に、それはすっぽりおさまったのである。ヘリからボールが落とされたように見えたが。


「これは、一体、」
『…ただし、監督から伝言があります。300名は少々多すぎるようですよ』


前に出ていたコーチらしき人物の話はまったく聞いていなかったが、付け加えられたその言葉はしっかりと耳に入った。『ボールを250個落とす。取れなかった46名は速やかに帰れ』状況を把握するにはそれで十分だった。その瞬間にヘリから大量のボールが落とされる。たまたま私の手に落ちて来たのはヘリからのこぼれ球という事で良いのだろうか。ボールを落とすのに狙われたのは本部棟の近く、つまり皆が集まっている場所だ。私のいる場所からはかなり離れているが…。まあ深く考えても仕方が無い。
物凄い勢いでボールの取り合いを繰り広げている皆を、私は自分のボールと交互に見比べていた。…あの中にいなかったのはある意味正解なのかもしれない。
そうこうしているうちに、殆どのボールは中学生が手にしていた。


「跡部や真田はラケットに持ちすぎだ。ありゃ高校生も怒るわな」


一触即発と言えば良いのだろうか。早速喧嘩を始める高校生と中学生達にはため息がこぼれる。まあ取り敢えず立海の皆は取れてるみたいだから安心した。


「…つうか、」


皆は気づいていないみたいだが、ここまで転がってきているボールが一つ、私の足元にありますけど。教えた方が良いのだろうか。ううむと腕を組んでいると、青学の眼鏡をかけた誰かが、(名前は忘れた確か柳と知り合いの…)高校生の肩をたたき、ここにある忘れ去られたテニスボールの存在を伝えた。その瞬間だった。


「もらったああああ!」
「ぎゃあああこっち来たああああ!」


そうだ。すぐにこの場を離れるべきだった。こちらへ走り出す高校生のあまりの迫力にその場から動けない私。ひいいい。巻き添えを食らう!下手したら衝突する可能性を考えて顔を引きつらせている私の後ろから、ぬっとラケットが伸びた。そのラケットは素早く落ちているボールを捕らえて空へ高くあげる。そしてそれを受け止めたのは、


「ちぃーす」


良いとこ取りの、
越前リョーマだった。


「うっそ、君なんでそこから登場するの」
「…アンタもしかして、先輩?」
「はっ…いや、俺は、…えーと…。うん、って誰の事かな」
「何でそんなカッコしてるんすか」
「……。頼むからスルーして」
「ま、良いけど」
「おチビー!!」


私達の会話に割り込むようにして走り込んで来たのは、えーと、取り敢えず青学の人達。桃城は認識できた。海原祭にも来ていたし。
私は青学の波から離れるようにコッソリと幸村達のところへ戻ると、丸井に大丈夫だったかと心配された。お、おう、なんとか。


「あ、つうか先輩ボールゲットしてんじゃん。さっすがー」
「あ、いや、これは……あー、うん、いいや」


決して説明するのが面倒になったわけではないんだからな。







それからリョーマとマグナムさん対決を皮切りに、中学生対高校生のボール取り合戦なるものが始まった。私はテニスラケットを持っていないし、そもそもテニスができないので、幸村を盾に己のボールを死守する。本当は初め、一度誰かにあげに行こうと近場の高校生に声をかけようとしたのだが、幸村が私の腕を折りにかかったのだ。だからやめた。ホントは帰りたいのに。
そうして立海の皆が高校生をいたぶるの楽しんでいる姿を見ているうちに、なんだか強そうなオーラを醸す三人が現れて彼らの喧嘩の仲裁に入っていくのが見えた。


「勝手な試合は厳禁なんだよ」


知的眼鏡さん曰く、こうである。


まあここで喧嘩が終息したのは良かった。


良かったのだが、私の悪夢はここからだった。


その後放送で、中学生は施設の案内をするから前に集合するように声がかかった。


「私もついて行けば良いの、かね?」
「いんや…ちゅうか、もしかしたら来た時に受付けかなんかに声かけた方が良かったんじゃないか」
「…そんなこと言ったって受付ってどこだよって話なんですけど」
「知らん」
「えええ…ちょ、丸井」


まったく仁王は冷たい奴である。丸井の腕を掴んで同じことを相談すれば、皆合宿にただ胸を踊らせてるんだなって事はよーく分かった。「いや、俺わかんねえし。とりあえず、探してくれば?」なんてアッサリした答えが返ってきたのだ。


「探してくればって、」
「そうだな。、聞いてみると良い」
「…柳まで、…あああそうかい。せっっかくついて来てやったのにさ!」
「お、おい、?」


顔を覗き込んで来た丸井の腹にグーパンチを食らわして、私は皆とは真逆に進み始めた。それはもちろん帰る方向である。


「私、っじゃなくて俺はな、好きでこんなトコに来たわけじゃないんですよ。あくまで付き添いだしっ、…なのになんだそりゃ。お前ら俺がいて当たり前だと思うなよ!帰るからな!」


受付探せばって、ここにいるためにわざわざなんで私がそんな面倒な事しなくちゃいけないんだ。そこまでして残りたくないし。つうかホント私必要ないじゃん。いる意味わかんないじゃん。はいはい皆は最新設備にお世話されてろ。気分悪いわ。
周りの皆は何だなんだとこちらへ注目し始める。…ああ、またしても。いや、まあ、いい。帰ってやる。そうして鼻息荒く歩いていると、再び上から声が降って来た。


『おやおや、さん、そこにいましたか』


いらっしゃらないかと思いました。
何と無くわざとらしさを感じる声色である。私がいた事を知ってたんじゃないのか?こんなにカメラがついてるんだから。…今となってはそんな事どうでも良いか。ここで足を止めたら私がであることを認めることになる。帰るなら今しかないだろう。無視して突っ切れば、


『帰るなら私は構いませんよ。ーー帰れるならの話ですが』


その言葉に顔を上げて堅く閉ざされた門を見つめた。あんな門出れるわけねえだろ。舌打ちをして振り返った。最悪、ボールを拾えなかった高校生達と外へ出てやろうとしたが、この口ぶりからしてそれは無理そうである。ぐしゃりと帽子を掴んだ私はそれを脱いで上にいる人物を見上げた。


「なんや!ホンマにやんけ!」
さんも来とったんやな」


騒ぐ外野はもうどうでもいい。一体何のために私をここに呼んだのか、知りたくなった。つうか、さっさと理由を聞いて、そんでさっさと帰ってやる。
そんな私の態度に合宿に残るのだと上にいる人物は判断したらしい。彼は再び口を開いたのだった。


『ーーはい、では、中学生諸君はこのまま進みなさい。さんはこちらに』



そうして『私達』のU17合宿は幕を開けた。



ええ、なんなら引きずり込もうかと
(仕組まれた251個目のテニスボール)

←まえ もくじ つぎ→

( ヒロインを優遇しすぎたきがする。あとで修正しようか・・・ / 130502 )