秋の記録:20



「お前のせいだからな」
「はあ?」


と喧嘩して、絶交して、それから3日くらい過ぎたが、俺の腹立たしさが治まることはなかった。何故ならあんな事を言われた理由がイマイチ分からないからだ。俺がもしかしたら何かしてしまったのかもしれないが、俺からすると一方的にキレられて、挙げ句絶交された。そんな感じだ。しかも理由をきちんと聞くわけでもなく俺も絶交を言い渡してしまったから何かもうすっごい自己嫌悪。朝練だって邪魔とか言っちゃったし。どうしよ、嫌われたら。いや嫌われてるからこうなったのか。


「あーもーお前のせいだ」
「やめてくれない?」


呆れたように俺を見た原西だったが、開口一番から今までひたすらそれしか言わない俺をもはやスルーして歩き始めた。
畜生人事だと思って。つうかお前だってにキレられた対象なんだからな。


「何言ってんの。私からしたら完全に人事だわ。大体私は多分、怒りの対象じゃないと思うし」
「…どうしてだよ」
「だって『丸井』じゃないから」
「…は?」


彼女はその上、それに私に分からない事はありませんから、なんてどっかの銀髪も言いそうな台詞を付け足して笑った。意味が分からなかった。
てか、原西が嫌われてるとかその前に、どうであれ俺が嫌われた原因は間違なくコイツにある。そもそも俺がコイツに絡むようになったわけというのも、原西がジャッカルと仲良くなったからで。それでジャッカルと仲が良い俺が二人の仲介役に入ったりなんだりしていた。に「仲良く二人で騒ぎたいなら出てって」なぞと不名誉な事を言われたが、別に俺は原西と話したいとか仲良く騒ぎたいとかそんな事は微塵も思ってない。ただ単に、ジャッカルの話を聞こうとしていただけなのだ。アイツは自分からそういう話は絶対に口を割らないから。


「何一人でぶつくさ言ってんの」
「いや別に、」


そこまで言いかけて俺は口をつぐんた。真田の怒鳴り声と共に廊下を走る音が聞こえたからだ。また赤也だろうか。半ば呆れて後ろを顧みれば、予想外の人物が、それも俺の真後ろまで近付いていて、その『彼女』は俺の腕を掴むと勢い良く走り出した。
なんと絶交中のさんでした。


「ふははは丸井を返して欲しくば私に追いついてみなさいなソノちゃん!」
「あーはいはいもう勝手にどーぞー」


なかなか会話が残念である。原西は俺達を最後まで見届ける事さえせず、やる気ない顔そのままC組に消えていった。まあそんな事はもはやどうでも良い。今は俺の手を掴んで俺の前を走っているコイツである。
彼女はかなり必死に走っていた。多分真田から逃げているんだろうけど、とっくに彼を撒けている事を教えてあげた方が良いだろうか。


「あの…?」
「は、な、んですかっ…今、喋るよゆう、ないっす!」
「もう真田いないぜ」
「うっそ、本当!?」
「日本語おかしいぞ」


足を止めて振り返った彼女は、追ってが消えた事に安堵の息を漏らした。それより相当走ってきたものだ。昇降口まで出て来てしまった。もう休み時間終わるのに。
そんな思考を巡らせている俺を余所に、彼女は呼吸を整えてこちらを見た。


「あの、」
「あのさ


かぶった。
お先どうぞとがぎこちなく笑う。え、良いの?


ってかなり足遅いな」
お前みたいなのをきっとKYと呼ぶのだね


彼女は、一応私は女子の平均なんですけど、と俺を睨んだ。そうなんだ。知らなかった。新たな発見だ。ああ、そんな事より、お前は何なの?と、が言いかけていた事を促してやる。すると途端に彼女は口ごもり始めた。なんだか気まずい雰囲気が俺達の隙間を埋める。そこで俺は思い出した。
俺達「絶賛絶交中!」。何これ、俺どうすればいいの。怒ればいいの?


「…丸井」
「え、あ、はい」
「…あのね、」
「うん」
「えっとね、」
「うん」
「そのね、」
「…」
「…」


えええそこ黙っちゃううう!?
すっげ困る何これどうすればいいの俺!俯いた表情が伺えない。泣いてる?もしかして泣いてる?どうしよう。困った。どうしよう。


「…なんか俺泣きそう」
「えええ」
「あ、泣いてないじゃんお前」


顔を上げてにほっとした。涙が引っ込んだ。しかし、は「泣くな、男の子でしょ!」と仕切りに俺を励ましに回る。いや、もう大丈夫なんだが。俺は彼女を止めようとしたが、よしよし、と俺の頭を撫でていたのでそのままにしておく事にした。コイツに撫でられるのはきっと初である。


「あ、それで、何?」


しばらくして、俺は不意に口を開いた。は一瞬たじろいだが、意を決したように俺を見据える。


「ごめんね」
「うん、…え?」
「二度は言わない」
「ごめんね?」
「うん。ごめんね」


二回言ったじゃん。とは敢えて突っ込まなかった。きっとまたKYだの何だのと言われてしまうから。
取り敢えず俺も軽く詫びをいれてみる。自分の何がいけなかったのかまったく分からないんだけども。


「…あー…それでさ、はなにゆえあんなに、」
「私は丸井の一番だと自惚れてたんですね」
「は?」


いやいや一番ですけど。何それどういう事。どんなすれ違いがあったわけ。情けなくも目の前でへらりと笑うは、小さく息を吸うと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「簡単な話、ソノちゃんと丸井が仲良いから、その…嫉妬?」
「えええ」


仲良いかよあれ。俺はとの方が仲良いつもりなんだけど。
それにしてもこれで分かった。「急に仲良くなるし、頭撫でるし」とかなんとか言ってたのはそういう事だったのか。スーパーボールとかの話はちょっと意味わかんねえけどまあ似たような理由があるに違いない。コノヤロー可愛い事考えやがって。


「何ニヤけてるの丸井」
「いやちょっと嬉しくて」
「は?」


それから彼女は、クッキーの話やこの間の紙袋の話をし始めて、そこで俺達の間に誤解が生じている事に気付いた。あのクッキーはが作ったものである。そしてあの袋の中は原西がジャッカルに、っていうお礼のお菓子なのだ。決して俺宛のものではない。


「つか、俺よりジャッカルと原西のが仲良いぜ」
「え」
「アイツらよくコーヒーとかの話題で盛り上がっててさあ、この間ジャッカルが原西に美味いコーヒーの店かなんかを教えてやったみたいで、それであの袋はその御礼なんだと。ちなみにお前と喧嘩した日、あれはジャッカルからの伝言を原西に…あ、やべこれ言わない約束だった」


咄嗟に口を押さえたが今更遅い。まあはベラベラ人に話すような奴じゃないし平気だろう。
自己完結する俺と、一方では話を聞くなり、ほっと胸をなで下ろした。「なあんだ、勘違いか」と。


「…なんかごめんね」
「はい三回目ー。もう良いって」
「ははは」


作り笑いじゃなくて、彼女は自然に笑った。そして俺の両手を取り、ギュッと掴む。照れた。いや、俺がね。心拍数が上昇していく。


「私ね、丸井に甘えてたんだ」
「…?」
「丸井なら全部受け止めてくれるんじゃないかって。もちろん実際そうなんだけど、…私のわがままもね、全部聞いてくれるし、ていうか丸井が私を甘やかすから、親友って都合の良いものだと思ってた」
「…」
「だから今回思い通りに行かなくて、怒ってあんな事言ったけど、それでもやっぱり私には丸井が必要みたい。大好きな親友だもんね」
「…」
「あれ、丸井?」


顔を覗きこまれそうになったから俺は慌てて彼女の手をほどいて背中を向けた。あーあー顔が熱いー。
きっと今俺の顔は真っ赤だろう。しかしそんな事はつゆ知らず、はしきりに俺の様子を伺おうとするもんだから俺はもう彼女の目を手で覆い隠した。


「えー何これー」
「…うっせ、黙ってろい」
「…丸井君あのー手熱いんだけども」
「…」
「…もしかして、照れてますか」


は俺の手をそっと外し、再び俺を見た。俺は彼女と目を合わせないように視線をずらしていたけれど、視界の隅で彼女が笑ったのが分かった。


「…超照れてますけど何か」
「なはは可愛い奴め」



…お前に言われたくねえっつうの。




しあわせと隣り合わせだ
(しかし同時に、それは1gの悲しみや切なさと隣り合わせである事を、俺は知っている)

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次話で立海マネジ、なんと100話。長っ。皆様、今までこんなに長ったらしい話に付き合ってくださってありがとうございます。でも残念ながらまだ終わりません。もう少し続きます。お付き合いください。
130306>>KAHO.A