秋の記録:19





初めて幸村が使えない奴だと思ったかもしれない。
私は昨日幸村に丸井の事を相談して、何か有効な解決法を提示してもらおうと考えていたが、その期待は見事に打ち砕かれたのだ。
「明日話しかけてみなよ。意外と普通に戻ってたりするかもしれないよ」
幸村の投げやり感が伺える解答である。
大体、次の日にケロッと直る程簡単な話じゃない。幸村は分かっていないのだ。私と丸井の「絶交」がどれ程重たいのか。それに丸井や私の根本的な考えを変えなければまたきっと私は喧嘩を吹っ掛けてしまう。
憂鬱な思いをため息と共に吐き出し、部室のノブに手を掛けた。朝練のせいで早速丸井に会わなくてはいけないとは。


「ちょっりす」
先輩おはよーございまっす!」


赤也の返事が飛んで来た。彼にしては早いじゃないか、とも思ったが、私の来た時間が相当ぎりぎりだったので、赤也が先にいる事に合点がいった。ぐるりと部室内を見回す。すると丸井とばっちり目が合って、私が固まっていると先に逸らされた。…怒ってる。


「ブン太、一二年にランニングの指示出しておいて」
「んー」


一番初めに着替え終えたらしい丸井は気怠げに頷いて一足先に外に出ようとする。しかし私がドアの前でしょぼんとしていたため、丸井と向かい合うようになった。私を見て丸井はガムを膨らます。


「あのさあ」
「…なんじゃい」
「邪魔」


どん、と押されて私はドアの前から退けられた。そうして外へ出て行く丸井の背中を思わず睨み付ける。なんじゃいアイツ。そのまま私はぎりぎりと食いしばっていると、赤也にやれやれと肩を叩かれた。「懲りないッスねえ」


「まぁだ仲直りしてないんスか」
「何『まだ』って、ていうかなんで知ってんの」
「風の噂ってヤツですね。部員皆知ってますよ」
「誰だそんな風吹いたやつ」


幸村を咄嗟に睨めば「は、俺じゃないよ」と返される。それならお前か仁王!どうせ丸井から聞き出したかなんかしたんだろ!


「いや俺でもないぜよ」
「じゃあ誰が、」
「ごめん、本当はやっぱり俺と仁王」
「お前らああああ」


なんでそういう嘘吐くかなあああ。したーん、と鞄を床に叩き付けると幸村は、だってジャッカルがブン太を不安そうに見てたから、なんてチラリとジャッカルを見やる。すまねえとジャッカルが頭を下げた。…いや良いよもう。


「そんで?どーすんスか」
「どーもしませんが」
「いやでも明らかに先輩が悪いですよねコレ」
「うるっせえええ!」


分かってるさ、んなの分かってる。怒るにしても、もっとちゃんと丸井の意見も聞いて、私も分かりやすく説明すれば良かった。馬鹿みたいに感情論ぶつけて、挙げ句絶交って。幼い私は、どこかで丸井が謝ってくると自惚れてたんだ。例え私が悪くても、丸井だけは私を甘やかしてくれると自惚れていた。
ぶつぶつと後悔している事を吐きだしながら私はロッカーに頭を預けた。


「喧嘩などそんなものだろう」
「…真田」


ふと顔を上げて彼を省みた。すると真田は「悩め」と腕を組ながら言った。悩め?


「今は悩め。どうすれば仲を戻せるか」
「そうだね。は今まで誰かに『面倒』みてもらってばかりだったからいい機会なのかもね」


幸村までもがそう言って笑った。もう悩んでるさ。これ以上ないってくらい。授業中も、夕飯食べてる時も、お風呂入ってる時も、寝る前だって。どうすれば仲直りできるんだろうって、ごめんねって言えるだろうって。


「良い傾向じゃないか。なあ柳」
「そうだな。今までのお前なら真っ先にブン太を切り捨てていた」


確かに、前までなら悩む事なんてしなかったし、傷つくと思ったら動く事も、謝りもしなかっただろう。私は、変れているのか。
「まあ頑張るんだな」柳はそう言って薄っぺらい本を私の頭にぽんと乗せた。受け取るとそれは『ごめんなさいの本』と書かれている。


「ちょいと柳くん、これめっさ小学生が読む系のあれですよね」
「お前にはこういう方が入りやすいだろう」


ヒラヒラ手を振って柳は部室を出て行った。ていうか、よくこんな本持ってたなと関心してしまう。流石柳、食えない男である。
そんな柳を見送っていると、他の皆もゾロゾロと部室を出始めた。


「んじゃまあ取り敢えずブン太をからかいに行くかのう」
「はいはーい俺も行きまーす」


相変わらず丸井は哀れだった。



部活が終わるなり、私はに連行された。テニス部は誰一人助けてくれずに笑って私を見送った。ちなみに何故かといえば、恐らく私がを避けていたからだろう。彼女は私にお説教を垂れる気でいるのだ。「あんな事丸井君に言って!」とかそんなとこ。


「いたた、さん痛い放して」
「放したら逃げるでしょ」
「大丈夫さ、逃げない方にマイナス100円賭られるよ」
それってつまり逃げるんじゃねえか


そこに座りなさいと言われてグラウンドのど真ん中で正座させられた。私も相変わらず可哀相な役回りである。足に砂が食い込んで痛いのだけれども。おずおずと訴えたものの、それは彼女に軽やかに流されて、代りに「あのさ、」との声が降ってきた。


「丸井君が、好き?…友達とかじゃなくて、」
「丸井にそんな意味不明な感情は抱いてない」
「そうだよね。そうだと思った」


は苦笑して私に目線を合わすべく、しゃがんだ。それから私の抱えていた絵本を指差す。それ実は私が柳君に渡したんだよね、と。
どうやら、このまま私を捕まえられないかもしれないから柳から私に渡して欲しいと頼んだのだとか。


「せめてもっと年長向けが良かったな」
「それの15ページだよ」
「え?」
「がんばー」


は砂を払って、私をその場に置いて去って行った。つまり、15ページを見ろと言う事だろう。しかし先程この本を開いたらあまりに下らない内容だったのだが。
例えば『【お母さんに内緒で夕飯をつまんでしまった君へ】まっすぐお母さんの目を見て謝ろう。きっと怖くないよ。ごめーんなさーい』馬鹿か。
もしも15ページもこんな内容だったら捨てようと思う。そう頷いて、私は本をぱらりとめくった。

【友達と喧嘩をしてしまった君へ】
きっと相手も悲しい思いをしてるに違いない。だって貴方が今そうだから。じゃないと貴方はこの本を開いてないでしょう。
ほら、胸に手を当てて考えてみて。貴方はその子が大切なんだよね。大好きな友達なんだよね。
本当は何を伝えたかったの?貴方の本当の気持ちを伝えればきっと大丈夫。相手も分かってくれるはず。相手の目を見てきちんと謝ればもう大丈夫。きっと素直に伝えたい気持ちがちゃんと言葉になって、相手に届くよ。
ま…
まともだった。
割とまともな事が書いてあった。
取り敢えず試しに私は胸に手を当ててみる。
本当に下らない嫉妬だったんだ。丸井と一番仲が良いのは私だと思いたかった。でもそれを言うのは気恥ずかしくて、何も言わなくても伝わると都合の良い事を思って、動けなかっただけなんだ。

ああ、なんて馬鹿な私。




振り返る、そうしてまた歩き出す
(ごめんね、丸井)

←まえ もくじ つぎ→

----------
幸村おめでとう。
130305>>KAHO.A