秋の記録:18



「はあ?ブン太と喧嘩した?」


幸村の呆れた声に、私は小さく頷いた。「ああ、そういえばそんな噂流れてきたかも」噂になっていたらしかった。

私達は屋上庭園にいた。彼はいつものように花壇をいじっていて、私の突然の訪問にも何も言わなかった。邪魔をしても申し訳ないし、最初は沈んだ気持ちが治るまで幸村といるだけのつもりだった。しかし、楽しそうに花に語りかける彼を見ていたら、急に愚痴をこぼしてやりたくなったのだ。それで冒頭のそれに至る。


「何お前誰かと喧嘩しないと生きていけないわけ?波瀾万丈な人生だね。何でも良いけど俺を巻き込まないでくれる?」
「ひっっっど」


幸村は冷たかった。もう呆れを通り越してうざったいとさえ思っているのだろう。だってと仲直りしてから2週間も経ってない。私だってどうしてこうも上手くいかないのだろうと不思議で仕方ないのだ。
彼はようやく花壇をいじる手を止めて、私に向き直った。近くに置いてあるタオルを差し出すと、彼はそれで適当に手を拭く。


「それで、何でまた喧嘩したの」
「聞いてくれるのかい」
「そのために来たんだろ」
「うんまあ、そうかな」


私はしゃがんだまま、幸村から目を逸らした。あーとかうーとか意味のない言葉を発する。なんて言えば良いんだろうか。
彼は私を急かす事もせず、黙って私を見つめていた。実はそれが余計、言い辛さを増長させていた。


「話すと長いんだけど良い?」
「いや短めでお願いするよ」
「いやそうもいかない」
「俺忙しいんだけど」


私は気にせず話し出した。話が始まってしまうと幸村は観念したように口を閉ざす。だから私は喧嘩に至るまでの様々なきっかけ――つまり、ソノちゃんのクッキーの話や紙袋を渡されていた話、さらには文化祭の時まで話を溯り、丸井に対するもやもや話を幸村にぶつけた。


のブン太に対する腹立たしさは良く分かった。それで、肝心な部分は?いつどうやって喧嘩したの」


早くしてくれと言わんばかりに幸村は息を吐いて、持っていたタオルをぷらぷらと弄んだ。既に飽きている事がありありと分かる。
私はおずおずと幸村の方へ視線をやり一言。「やっぱり話が長くなるんだけど」


「いやだから短めで」
「いやそうもいかない」
「ていうかどんだけ引っ張るんだよ。俺忙しいって言ったよね」
「それでは回想VTR、どうぞ」
「聞いてる?」


聞いてない。





事の始まりは「その場」に丸井が現れたせいなのだが、取り敢えずもう少し前からお話すると、私と、そしてソノちゃんはその日、和気あいあいと我がA組で昼食を取っていた。


「るんるんるん、とっても美味しい、やきそーばぱあん」
「何その歌」
「ドラえも、…焼きそばパンの歌」
「なるほどね」


私は購買で買い占めた焼きそばパン10個を自分の机の上に広げて、にそう答えた。口ではなるほどと言っていたが、彼女はちっとも納得していそうな顔ではなかった。
まあ取り敢えず席に着くと、ソノちゃんが、ていうか買い過ぎじゃねと口を挟む。


「文化祭の時からお汁粉でなく当初の設定である焼きそばパン好きに軌道修正を計っているのですが、いかがでしょう」
「いや知らねえよ」
「ていうか無理でしょ今更。物語の後半きてるんですけど」
もソノちゃんも世界観崩れるような事言わないでくれる?


に頭をはたかれて私は押し黙った。しかしその時不意に周りが、というか主に女子がきゃいきゃい騒ぎ出したから、私達は何事かとそちらへ視線を寄越した。大体想像はついていた。


「めっずらしー丸井君と仁王君が二人でA組来るなんて」
「丸井は普段来ないしね」


仁王は柳生に用が結構あるから。ていうか丸井ってよくC組にいるよね。私はもそもそと焼きそばパンを頬張りながら遠目に彼らを伺っていると、ソノちゃんが、違うっつの、と箸で私をびしりと指した。


がC組によくいるからこっち来るんでしょ」
「いやそれはない」


前はそうだったのかもしれないけども、丸井は最近、ソノちゃんに真っ先に声かけるし。口には出さずに心の中で弱々しく反論すると、なんだか妙に腹立たしく思えて、自分の机を割と強めにひと蹴りした。がギョッとしたが知らん顔を決め込んだ。


「あ、丸井がこっち来る」
「は?」


不意に上がったソノちゃんの声に私は焼きそばパンを食べる手を止めた。廊下ではまだ仁王は柳生と何かを話していて、何故かそこに真田も混ざっている。そして丸井はそんな彼らには加わらずに私達の輪の中に入ってきた。「何何なんの話ー」「お呼びじゃないよ」私が口を尖らせると、堅いこと言うなよと、ソノちゃんの頭をバシバシ叩いていた。ソノちゃんはうざったそうに眉をしかめた。


「叩くな」
「おーそりゃ悪かった。よーしよし」
「あああ撫でるな!」


いら。
思わず手の中の焼きそばパンを握りつぶした。信じらんないですよね。何ですかこれ。丸井はソノちゃんの反応にケラケラ笑って、は「仲良いねえ」とお茶をすすった。彼女は私の不穏な空気に気付いているだろうか。


「あ、そうだ。この間ジャッカルがお前に、」
「な、ちょ、馬鹿黙れ!」
「もがっ!」


何か聞かれたくない事でもあるのか、ソノちゃんは妙に慌てて喋りかけた丸井の口をふさいだ。「誰にも言うなって言ったでしょ!」なんだそれ。
彼女は私との様子をぎこちなく伺った。そんなに聞かれたくないのか。私はしらーっとした視線を送った。
それから彼女は似合わない愛想笑いを顔に貼り付けてその場を取り繕った。誰にも言うな、だってさ。チクリと胸が痛んで、もう焼きそばパンを食べる気にもならない。まだ9個もあるのに。食べ掛けを手放すと丸井が「食べないのか」と、開いていないひとつに手を伸ばした。よく分からないけど、それが引き金になったらしい。気付けば丸井の手を弾いていた。


「触らないでくれる」


零れた声は想像以上に怒りが含まれていて自分でも驚いた。もちろんその場にいたやソノちゃん、丸井も。「え、ごめん?」訳も分からないと言ったように丸井は謝った。謝る理由も分かんないのにあやまんな。


「大体さあ、私はもっと落ち着いてご飯食べたいわけよ。仲良く二人で騒ぎたいなら出てって」
「…。ちょっと
「あーもー面倒くさ。いちいち顔見るなり近付いて来てさ」


!とに制されたが私は止まらない。今更止められない。
ソノちゃんは怒るかと思いきや何故か疲れたような顔をして、はいはいと聞いている。丸井は酷く傷ついた顔をしていた。そんな表情を見てられなくて私は教室を飛び出す。すぐに丸井が追いかけてきたけど、彼が私の腕を掴む寸前に、馬鹿丸井!と罵声を浴びせた。


「な…お前何怒ってんだよ」
「うるさいうるさい!意味分かんないんですけど。嫌いなくせに今更仲良くなるとか、…スーパーボールとか赤渡すし、クッキー食べるし、頭…撫でるし、」
「…はいいい?」
「お前なんか…絶交じゃあああ!」


ぱちーん。
流石にひっぱたく事はなかったと後で思ったが気持ちが高ぶってたからしかたがない。丸井は叩かれた頬を抑えて、初めは「え?」みたいな顔をしていたけど、すぐに眉をしかめた。ギン、と睨みを利かせて私を見る。


「あーそうかい!じゃあもう絶交だ!」
「顔も見たくない!」
「声も聞きたくねえ!」
「あっちいけ!しっし!」
「親友なんてやめてやらあ!」


お互い馬鹿みたいに罵りまくって(今考えると小学生さながらだった。周りの皆も笑っていた)私達は背を向けた。


それから丸井の足音が聞こえたなくなって、私は足を止めた。ちらりと振り返るとやっぱり丸井はいなかった。


「…いないし。追いかけて来ないし」


当たり前だ。何を、私は…――


―親友なんてやめてやらあ!―


自分から絶交したのに泣きたくなった。というか泣いた。周りの皆がフラれたのかとかあらぬ事を騒ぎ始めたので、慌てて保健室に駆け込んで、マリコに飛び付いた。と思ったらマリコと話をしていたやかん先生に飛び付いてしまって、特有のオヤジ臭さに嘔吐しそうになった。今日は厄日である。


「おーどうした。失恋か」
「先生の頭が淋しくて代わりに泣いてるのです」
「ようし、通知表楽しみにしてろよー!」


職権乱用。「全部禿げろ」と保健室を出ていくやかんの背中に悪態ついたらマリコに慌てて口を塞がれた。それから奴が見えなくなってからようやくその手を放した。


「…どうしたのアンタ」
「マリコこそどうした。あんなオヤジにセクハラでも?」
「やかんのクラスの生徒がさっき早退したから話をしに来たのよ」


ふうん。ていうか「やかん」て同僚にも呼ばれてるのか、救い様のないヤツめ。適当にイスに腰掛けると、マリコはティッシュ箱を寄越した。気を遣ったのだろう。


「誰かと喧嘩?」
「そんなところである」
「あいにく私忙しいのよね。幸村君にでも相談したら」
「そうする」


ていうかそれでもアンタ教師か。マリコは聞いてくれないのかよ、と言ったら締め出されたので聞いてくれないのだなと私は納得してまあ取り敢えず教室に戻ることにした。幸村には、まあ後で。



そういうわけで翌日朝一で幸村の元へ行ったというわけだ。




心がね、さびしいんです
(想像以上に下らなかった)(そんな、幸村さん)

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あんなシリアスの後なので軽く読めるくらいにしてみた。小学生な喧嘩を繰り広げるくらいの普通の喧嘩なのでご安心を。
っていうか明日神の子の誕生日?
130304>>KAHO.A