秋の記録:17




ほんと駄目。最近駄目だわこれ。

なん、悩みか。俺が聞いちゃるよ。

うるっさい黙って。

ひどー。


丸井とソノちゃんの会話を盗み聞きした数日後の昼下がり。冒頭のゆるゆるとしたやり取りを繰り広げているのは説明するまでもなく私と仁王だ。
あの日以来、私と丸井はなんだか気まずい雰囲気になって、――などというような少女漫画な展開は微塵もないわけだが、(だって私が一方的に盗み聞いただけ)私の中だけで、すっきりしない思いを抱えたままこうして数日を過ごしていた。


「お前最近元気ねえよな。ていうかいつもかー。の日々が充実してた事なんてないもんな」
「黙れ丸井とカンバセーション(会話)する気はねえんだよコノヤローバカヤロー」
「彼女、精神的にキてるらしいですね仁王君」
「そのようですね丸井君」


あああ失敗。B組に来たのマジ失敗。だけど幸村のいるC組はソノちゃんがいるし、赤也のとこに行く訳にもいかんし、真田や柳生はなんか融通きかんし、ジャッカルはジャッカルだし、柳は図書室だし。ま、取り敢えず仁王に絡みにいこうかなとか思ったらこれだ。丸井いるじゃねえか。私の隣りに椅子を引きずってきて、頭をわしゃわしゃと撫でまわす丸井。こういうスキンシップは実は嫌いじゃないのである。


「…丸井」
「なになに」


丸井お兄さんになんでも言ってごらんなさいとか言われて、ムカついたから思い切り足を踏んだ。ついでに仁王のも踏んだら、私の行動を読んでいたのかサッとかわされて、結局丸井だけが哀れだった。


「おいいい、俺の優しさを返せ」
「丸井に優しさ?冗談はよしこちゃーん」
「ばか、俺は90パーセントが食い物への愛、10パーセントがテニスでできてんだぞ!」
なるほどつまり優しさはないって事ね
「それよかテニス少な」


仁王がツッこんだ。珍しい。
つーかそうだよお前、テニス10パーセントとか片腹痛いわ。
それに比べて9割が食べ物ですって?アンタ流石フードファイター名乗るだけあるわ。「いや名乗った覚えはまったく」「嘘おっしゃい、巷で噂になっておられますわよ」「何かいつにも増してめんどくせえコイツ」
あーはいはいどうせめんどくせえですよう。私は仁王がそうしていたように、机に伏せて、少しだけ低い位置から教室をぐるりと眺めた。隣りで仁王が「いじけとる」と小さく笑った。


「なんだよ何が気に入らねえの」
「うるっさい。…丸井が食べ物に釣られるからさ、…そうやって餌づけされて、誰にでもニコニコ、ニコニコ――……」


言葉が窄んでいく。そんな私の様子に、黙って聞いていた丸井も仁王も、きょとんと目を丸くして首を傾げた。あああ私は一体何を言おうとしてるんだ。ていうか言ってどうなる。ぐしゃぐゃと勢い良く自分の頭をかいた。締切り前の漫画家さながらである。まあそれはさておき、そんな時、またしても私の平穏が崩れる音がした。


「あー…丸井ー、丸井ブン太いますかー」
「ん?俺?」
「原西じゃのう」


ガバッと顔をあげた私は廊下からこちらを覗くソノちゃんを捉えて、すぐに前に向き直った。一方、隣りの丸井はダラダラとソノちゃんの方へ向かう。


「死ね馬鹿丸井」
「気に入らんの?」


仁王は顎でしゃくって彼女達を指示す。別に。
唇を尖らせて答えたからか、彼は顔を隠すように腕に埋めてクスクスと笑っていた。むか。


「仲良いもんなあ」
「何が言いたいのさ」
「いやあ――それ嫉妬じゃろうが」
「知――…ってる」


一瞬答えるのをためらったが、誤魔化しても無駄なのだろうと私は折れた。そのまま横目で丸井とソノちゃんのやり取りを伺う。彼が何か袋的なものを受け取っていた。あーはいはいまた餌づけ的な。


「何話しとるんかなあ」
「知らん」
「アフレコしてみん?」
「は?」
「俺ブン太ー」


ゆるくそう言った仁王は、無駄に似てる丸井の声マネをしながら口を開いた。「『え、これ俺に?』」どうやらさっき彼が袋を受け取ったシーンを、食べ物をもらった設定として進めているらしい。


「『丸井にどうしても食べてもらいたくて…』って何これ下らなっ」
「『うわ、マジさんきゅ。お前良い奴だな!』」
「…続けるのね。『ば、何言ってんのよっ』」


私がかなり棒読みでそう台詞を口にすると、偶然か、ソノちゃんが頬を赤くしていた。もしかすると会話内容…ビンゴ?
私は眉をひそめていると、今度はすぐに丸井が顔を赤くして何故かこちらを見た。


「何でこっち見てんのアイツ」
「知らんよ」
「仁王、読心術」
「無理じゃ」
「仁王、読唇術」
「もっと無理」


同じ読みなのによく聞き分けられたな。
あーもうどうでも良いや。ごん、と机に頭を打ち付けて私は沈黙した。仁王が小さくため息をついたような気がした。


「…馬鹿じゃなあ、は」
「…」
「ちゅうかぶきっちょ過ぎる」
「…あのね、仁王。勘違いしてるかもだけど、私は別に丸井を『そういう』目で見てるわけじゃ、」
「わかっちょる」
「…」
「俺は『全部』分かっとる」


そう言った仁王は、やっぱりポーカーフェィスを崩さなかったけど、でもどこか寂しげに見えたのは多分、気のせいではないと思う。


「俺に見抜けんものはないからのう。伊達にペテン師やっとらん」


仁王はそう言って、私の頭に手を乗せた。

――全部、か。

彼の言うその『全部』が、一体どこまでで、どういう事なのか、思考力が足りない私はまだ知らない。




引き金を引いてしまった
(全てはまだ誰も知らない『結末』に向かって)

←まえ もくじ つぎ→

----------
すいません、一年ぶりに書くもんでヒロインの話し方も性格も物語の雰囲気も全部迷子。
どうやったら面白くなるんだろう。
ところで明日高校の卒業式だ。
130301>>KAHO.A