秋の記録:16


ああ、平和だ。
毎日が平和だ。
つい数日前にととんでもない喧嘩をやらかしたとは思えない程、私の、私達の日常は以前の騒がしくもそれなりに楽しい「それ」に戻っていた。なんだかここ最近というか、今年に入ってからずっと、何かが解決したと思ったらまた問題が起るなんていうせわしない非日常の連続だったから、精神的にかなり疲れていたが、ようやく落ち着いたわけだ。あとはもう何も起こらないことを祈るだけである。
ほっと息を入った私は、のろのろをD組の前を通り過ぎようと足を進めるが、ふとソノちゃんを視界に捉えたので、例のごとく私は彼女に向かって走り出した。「ソーノちゃあああん」「げええ」
そんな反応はあんまりである。


「…何の用」
「相変わらずツンデレを目指しているようで。でもそれならもう少しデレた方が良ろしおす」
「あー相変わらずウザいわー」
「ぐすん」


良いもん。今更何を言われても傷つかないもん。
泣きまねも早々に、取り敢えず私は彼女に渡そうと思っていた小さな袋を出すと、彼女の手の上にちょこんと乗せた。何これ、と首をかしげるソノちゃん。へへんそれは実はクッキーなのである。
私が力作だよと付け足せば、ソノちゃんはしばらく怪訝そうに手の中のそれを見ていたけれど、その後すぐに合点がいったように頷いた。


「そういえば調理実習なんてものがあったねえ。私もやったけど」
「ザッツライトォ。真田と同じ班になってもー大変でしたわよー」
お前今日キャラ定まってねえぞ大丈夫か
「仕様ですね仕方ないどすえ」
「どんな仕様」


彼女は苦笑混じりに袋をぷらぷらさせて、ありがとうと告げた。妙にこそばゆい気持ちになって、私はぎこちなく笑い返した。ちなみに私のキャラが浮ついているのは、ただ単に照れているからだ。実はこれ、私を助けてくれたこの前の御礼だったりする。


「ていうか私よりにあげたら?」
にはあげましたわよ抜かりはないだわよ」
「さっすが課長ー」


何故課長。ていうかソノちゃんもキャラ不安定とかそういう。試しに言って見たら、途端に顔を赤くして「んなわけあるか!」と私を殴り飛ばしてC組に走り去って行った。――あー…私変な所鋭いから分かってしまうんだけどね、きっと私からのクッキーが何気に嬉しかったんじゃないかと思う。


「俗に言うデレですね」


可愛い奴め。本人に言ったら殴られそうだから心の中で呟いてニヤけたら、3年の階に用があったらしい赤也にその瞬間を見られて、何かアクションを起こそうとしたら彼に思い切り目を逸らされた。切なかった。


「その態度ちょっといただけないよ赤也」
「知りません近付かないでください人違いです」
ねえ私そんな駄目な顔してた
「いやまあそりゃあ普段のだらしな顔に拍車がかかって」
「これ私君を殴っても良いんだよね?」


取り敢えず一発殴っておいた。軽くです。かるうく。でもそれで不機嫌そうに口を尖らせた赤也が可哀相でお詫びにあまっていたクッキーを差し出した。途端に目を輝かせる赤也の何と可愛い。


先輩作ですか!ラッキー」
「いやその不格好なのは真田作だな」
「つまりハズレですか」
「オブラートに包むとそうなる」
包めてないですよ


そう言って赤也はクッキーから手を放した。あ、おいこら一度取ったら戻すなよ。もう一枚あげるから取ったものは食べなさい、味は同じだから。真田作を無理矢理赤也の口に押し込むと、私はハッとした。私悪くないのになんで殴ったお詫びのクッキーなんてあげているんだ。つい赤也の可愛いさ攻撃に負けてあげてしまったが元々は赤也が後輩あるまじき台詞を吐いたから私が制裁を下したのではないかくそう。


「というわけでやっぱりもう一枚はあげなーい」
えええハズレだけかよおおお
「黙りなさい。して、感想は」
「あーそれなりに美味でしたーゴチッス」


手を合わせる彼に、そりゃ良かったと私はからから笑った。赤也が何故かそんな私はぽかんと見つめた。だから気になって笑うのをやめると、一体どうしたと言うのか、今度は赤也が笑う番である。


先輩、作り笑いしなくなったッスね」


そう、か。そうなんだ。道理でここ数日疲れないと思った。自然に笑えてたのか私。もちろん前から自然に笑ってるつもりだったけど、その反面、どこかマニュアル通りの反応をしていた気もしていた。「それは良い事を聞いたなあ」わざと平然を装って間延びした言葉を吐けば、赤也はさっきの私よろしく、にまにまと口元を緩めながら私の手からクッキーを一枚さらって小走りに私から離れて行った。


「隙ありッスよせんぱーい」


なんだか嬉しそうだった。私も嬉しくなった。
しかし元気良く廊下をかける赤也は数秒後真田にお叱りを受けていた。はははざまあ。「廊下を走るなど、ましてやものを食いながらなど言語道断!キエエエイ!」だってさ、かっこわらい。

取り敢えず、平和ですね。



――しかしながら私の日常ってやっぱり非日常の神様にでも呪われているのか、心休まる時などそう長くは続かないわけですね。




秋の日はつるべ落としとは言ったもので、放課後に日直の仕事でダラダラと教室に居座っていると気付いた時には既に日が傾いていた。窓からは夕焼け色の光が差し込んでいる。あ、やべ部活。
本当はもう部活なんて行かなくても良いんだけれど、まあ幸村がまだ普通に参加しているからなあ。ていうか私に関して言えばマネージャーの仕事を未だに誰にも教えてないので、私がいないと相当困るらしい。
それにしても、私が遅いといつも丸井か柳生あたり(運が悪いと真田)が放たれて、私を連行しにかかるのに今日はそれがない。少々不思議に思いながら、日誌を職員室に届けるべく静まり返った廊下を歩く。きゅ、きゅ、と一人分の足音がなんだか淋しい。そんな事を思いつつ、C組前まで来ると中から話し声が聞こえて、私はそろりと中を覗きこんでみた。後悔した。何故か慌てて顔を引っ込めて、中の「丸井とソノちゃん」に見えないように隠れる。


「おいおい勘弁してくれよ」


呟いた声はあまりに弱々しい。ていうかなんで隠れたし。馬鹿かよ。
しかし顔を出すわけでもその場から立ち去るわけでもなく、私は罪悪感に駆られながらも彼らの会話に耳をそばだてる。


「入ってくんなっつうの。アンタ部活は?」
「あーの迎えに駆り出されたんだよ」
「丸井も大変ねー」
「べっつにー」


そのまま会話を聞いているとどうやらソノちゃんは教室で勉強していたらしい。そんな彼女を見つけた丸井が声を掛けたと。
壁に背中をくつけてその場にしゃがみ込んだ私は、膝に顎を乗せて彼らの会話を相変わらず聞いていた。なんだか無性にイライラした。


「あ、つか俺がお前に意味もなく声を掛けると思うなよ」
「じゃあ何」
「俺はそれに用があるんだよ」
「は?これ?相変わらず食い地が張っていらっしゃいます事」
「うっせ」


どうやらソノちゃんは食べ物を持っていたらしい。それをあげるあげないで二人は口論していた。正直下らなかった。一方で私の心の中では黒い靄がどんどん広がって、私を妙に悲しい気持ちにさせる。


「家庭科のだろい?つかこれ原西が作ったのかよ。お前何気にやるな。料理できないかと思った」
「ばっかにすんなよお前。私は何をやらせても完ぺきだっつうの。って、そうじゃねえええ!あのね、これは、」
「もう一ついただき」
「あ、おいこら!」


なんだ。ソノちゃんも家庭科今日やったんだ。「もう作った」って言ってたけどまさか今日とは。ぼんやりと頭の隅でそんな見解に辿り着いた。私がわざわざ持ってきたから、いらないとも言えずにもらってくれたのか。優しいお人ですこと。いらないって言えばいいのにもーやだー。
はははと乾いた笑いを零して私は立ち上がった。なんだかこのまま二人の会話を聞くのも申し訳ない。…というのは建て前で、聞いていたくなかったというのが本音である。だから私は逃げるようにその場から走り去った。




心が酸化してしまう
(あのね!これはからもらったやつなの!)(おま、早く言えよ)(は!?)(全部もらってくわ、それじゃ)(ちょっと待てえええ)

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八夜がストックにあるマネジ数十話分を一気に更新してしまえなどと恐ろしいことを言ってきた。
ででできるわけないでしょう!実はマネジ、あと3話程書けば完結なんですけど、プチスランプで、ずっと悩んでるんですよね。ここで、ストック全部更新しちゃったら、多分一ヶ月くらいマネジ更新できなくなる…。ちびちび更新してるのは、いわゆる時間稼ぎってやつです。
130228>>KAHO.A