秋の記録:14


「っあーもう!こんな風になるなんて計算外だった!」


が出て行ってしまってから、さらに重苦しい沈黙が部室を包みこんだ。それを打開するという意味で私は取り敢えず冒頭の言葉を発した。場の緊張が少しだけ和らいだように見える。


「ていうか!アンタここまで来てまだ分からない?にとってアンタがどんなに大きい存在か」
「でも結局最後は私にまでエゴを貫き通したわ」
「違う、貫き通そうとして最後は決壊してたわ馬鹿。つーかエゴで守らせたなんて、そんなのの自業自得でしょ!」


そこまで言って、私は大きく息を吐いた。こんな言い合いをしている場合ではなかったのだ。こんな所で固まっていても仕方がない。
そう、私はに続くように、扉を開けた。切原が「俺も、」と口を挟む。しかしすかさず「来んな」と吐き捨てた。彼はかなり不服そうに私を睨んでいたが、知らん。


とアンタ達はここで決着つけなさいよ。良い?これが本当に最後のチャンス。上手く収まらなかったらはぶっ壊れて終わり」


アンタ達がと決着つけてくれたら、あのアホは私が絶対になんとかする。早口にそれを付け加えて、私は駆け足に外へ出かけるが、すぐに首だけ後ろを省みた。は相変わらず強張った顔をして俯いている。テニス部は私をジッと見ていた。「の過去がこんなにアンタに絡んでるとは思ってなかった」思ったことを、ぽつりと零してみる。何かを思い出しているのか、は拳を固く握り締めてひたすらに押し黙っていた。


「ホント、馬鹿ばっかり。…――ああ、そうだ。切原」
「…何スか」
を一発でも殴ってみろ。私はをアンタ達全員から引き離して、テニス部を潰してやる。覚悟して置けよ」


それだけ言い残して私は走った。
あとはもうなるようにしかならない。テニス部が失敗したらもうどうしようもないけれど、とにかく今は自分のやらなくてはならない事を成し遂げなければ。
大丈夫だ。を言葉で捩じ伏せる自信はいくらでもある。もちろん全力疾走する彼女にここから追いつく自信だって。なんたって私は学力考査も体力測定も女子の中で1番じゃなかった事なんてないんだから。平均女とは比べ物にならないくらい私は優秀なのだから。そんなアイツを助けにいくのは、なんたってああいう平凡な奴がいないと私の凄さが際立たないからっていう事を、ひとまず言い訳にしておこう。




ところで、私はアイツの行動を読むのは苦手だ。(丸井は得意らしい)というよりこの場合はの過去が今の彼女と関係しているだろうから、それを知りらない私が、彼女の行動を推測しようがないのである。私は悪くない。
しかしアイツは出て行く直前、「ベランダから落ちる」と言った。彼女はきっと同じ事を繰り返そうとしている。だから今は教室を当たるしかないだろう。また、手掛かりとしては「小学生の時」という事と、「確実に死ぬレベルの高さ」を考えれば4、5階が妥当な所だ。そこまで推測して私は足を早めて廊下を走っていると、なんと運の良い事に4階の教室に彼女がぼんやりとベランダで立っているのが目に入った。
彼女は手摺に手を掛けて下を見つめる。――まずい。
ぎりぎりのところでの元まで駆け付け、私は咄嗟に彼女の腕を引くと、そのまま教室の方へ思い切りはじき飛ばした。べしゃりと床に倒れ込む姿にひとまず私は息を吐く。


「…痛い」
「落ちたらもっと痛いわよ馬鹿」


座り込んだまま動かない彼女の前に立つと、彼女に視線を合わせるために私はその場にストンとしゃがむ。しかしすぐにそれは逸らされた。
しばらくそのまま沈黙が続いたが、不意にの震える唇が少し、開いた。


「…私、は」
「…」
「あの時…本当は死ぬはずだった」


ボロッと大粒の涙を零してようやく私を見た。今までの事から過去に何があったかはもう大体推測できる。しかしそんな事よりも私は今猛烈に腹が立っていた。
座り込む彼女の胸倉を掴んで引き寄せると力任せにひっぱたいた。再び彼女は痛いと呟いたが、私の手の方がいてえわ。


「何、『本当は』って。今アンタがこうして生きている事が『本当』でしょうが!が今ここにいない現実なんてもはやただの仮定にすぎないわ下らない!」


私の言葉に怯むかと思いきや、彼女も負けじと私に食ってかかる。


「んな事言ったって!私はに助けられたんだ!命をもらったんだ!だからが私をいらないと思ったなら私なんて生きる価値ない…っ」
「簡単に諦めてんじゃないわよ!ようやく自分で見つけた大切なものを、答えを簡単にほっぽってんじゃない!生きたいなら生きる事にすがりつけ!今更生きる理由も死ぬ理由もに押しつけるな!」
「っ!」


が黙った。私を捉えている瞳に再びじわじわと涙が溜まりはじめる。


「…っ、うう、…っ…ゾノぢゃ…わだじ…いてもいいの?」
「それは誰かに許可取ることじゃないでしょ。ていうか、皆に必要とされてることがまだわからんのかお前は」
「うあ…ゾノじゃあああん!」
「うわ、ちょっと…!?…はあ、」


彼女の涙のダムは完全に決壊したようだ。もうしばらく止まりそうもなかった。
ぎゃあぎゃあと可愛げのない声で泣きわめく。彼女はそれから涙や鼻水で汚い顔のまま私に抱き付いて来た。あーあー…。汚い。思わず苦笑いである。彼女の背中をぽんぽんと叩き、私はホッと一息。
どうやら私の方はなんとかなったみたいだ。うん、分かってたけど。


取り敢えずもう戻るわよ。
にそう声をかけると、彼女は私の手をがっちり掴んで小さく頷いた。彼女はまだ泣きやまない。別にもう良い。あとは何を言おうが喚こうが放って置く。疲れたから。


「さてさて、そろそろ今度は彼女が口を割っている頃ですかね」



証明してあげる
(アンタが生きる価値があるってこと)(必要とされてること)

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卒業式まであと4日。
130226>>KAHO.A