秋の記録:11

「大丈夫だ。台詞はない」
「柳、そういう問題じゃないの分かってるでしょ」


まさかのシンデレラ代役に抜擢されるなんてついてない。私は頑として首を縦には振らなかった。しかしそんなやり取りにとうとう痺れを切らした幸村が「お前は何のために女に生まれたんだ」などと意味不明な事を言い出し始める。シンデレラをやるためではないと思いますが?


「今更似合わないとか誰も気にしねえだろい。赤也もあんまりだったし」
何かサラッと酷い事言っちゃってますけど。今の一瞬で二人の心を傷つけていきましたけど
「冗談だって」


ホンとかよ。


「ていうか最後のシーンで姉が一人いなくなったら、お客さん驚くでしょ」
「大丈夫だ。お前影薄かったから、誰も気付かないよ」
「逆にそんな奴がヒロインやって良いのかよ!ていうか皆気付くから!シンデレラじゃなくて意地悪な姉が王子の嫁に返り咲いてる事に気付いちゃうから!シンデレラにどんな悲劇があったのかと思われるよ!」
良いから着て来い。早くしないと五感奪うよ
「お、横暴だ…!」


別に力に屈した訳じゃないんだ。人助けなんだと無理矢理自分を納得させて私はドレスを受け取ってしまった。――しかし、だ。
幸か不幸か、ドレスは入らなかった。というか後ろのファスナーが上がらなかった。


「…は?入らない?」
「…うん」
「お汁粉食ってるからだろい」


お前に言われたくない。ていうか別にウエストとかそういうんじゃなくてだね、その、あれだよ。私が口ごもると、幸村は早く言えと睨みをキツくする。「だからっ」


「なるほど、胸が入らないと」
「確かに、男子用にそういうの考慮しないで作ったけど、ならまな板だから大丈夫だと思ったのにな。なんで女なの」
さっき私が女に生まれた意味がどうとか言ってませんでしたか幸村さん


言い争いは止まらない。しかし、とうとうネタぎれの仁王と柳生がバトンタッチと言わんばかりに袖へ戻って来た。すると幸村が何かを決めた様に、こう言う。「よし、俺に考えがある」「それを先に言ってくれる?
どうやらリョーマに代役を頼みに行くらしい。良かった。私の災難は通り過ぎた。――と、思いたかった。


、お前結局役に立ってないから舞台で時間稼ぎしてきて」
「は!?いやいやいや冗談キツいっすよ幸村さん」
早く。突っ立ってるだけじゃなくて時間を稼いで来るんだよ」
「つまり笑わせて来いと」
「簡単に言えばそうだね」
「丸井、助けて…!」
「お前生きるギャグだから大丈夫」
「何それどういう意味」


私は存在がギャグらしい。
そういう訳で(どういう訳で)私が幸村に敵うはずもなく、ノープランで舞台に駆り出された。一人で。
舞台のど真ん中まで来ると、観客がヒソヒソと、あれはテニス部のマネージャーだとか、何してんだとか、ざわめき出す。吐きそう。
しかしその瞬間私はとある人物が脳裏を過ぎった。「すすすいません電話かけますね」一応客席に断りを入れて、携帯を開く。余計ざわめいたが気にしない。笑わせば良いんだ。知り合いに専門家がいる。藁をもすがる思いだった。


『もしもし。珍しいっすねアンタが、』
「ざざざざざいぜんっ」
『切ります』
「殺生な!」


そう、助けを求めたのは財前である。彼に事の次第を伝えると、電話越しに別の声も沢山聞こえた。中には「え今アイツ舞台なん?ど真ん中なん?ぶははは!」なんてユウジの声も聞こえて、正直切りたくなった。『先輩ら笑ってないで何か上手いギャグ教えたってくださいよあまりにも哀れっすわ』おい財前聞こえてんぞ。


『もしもし?白石やで』
『あと忍足やで』
「一番滑りそうなコンビがでてきた」
『取り敢えず、ベタベタなんが一番ええんや。ほれ、「耳がでっかくなっちゃった」みたいな』
「耳持ってないです。ていうかそれ1分も時間稼げない」
『うははは気張り!』
「貴方なんで出てきたの」


無性に泣きたくなって、そっと横目で舞台袖の様子を伺うと、こちらを見て大爆笑の三馬鹿が見えた。「あ、こっち見たなり」「先輩ふぁいつ」「ぎゃははは」まあそんな所だろう。聞かずとも分かるが取り敢えずアイツら殺す。


『あ、ちゃん?こちら金色やけど』
『俺もおんで』
「ユウジお前消えろ」
ちゃん取り敢えず落ち着き。ちゃんはそのままでええねん。自然体が一番や』


金色君の優しい言葉に涙腺が緩んだ気もしたが、それって丸井に言われた「存在がギャグ、かっこわらい」と意味が寸分も違わないと言う事に、通話終了ボタンに手を置きかけた。


!』
「何」
『お前の痴態を存分に晒したら締めに「掴みはOK牧場」で――』


ブツ、今度こそ切ってやった。何だかんだで時間は稼げている気がする。ていうか、何か微かに笑われている様な気がする。クスクス聞こえてる気がする。私何もしてない――ああ、なるほど、これが私の自然体というわけですね。つまり私がテンパれば痴態が晒され、観客の餌になると。
お客が笑わせられたならばもう去ろう。妙な達成感を覚えて私は息を大きく吸った。


「掴みはOK牧場ー!」


滑ったので走って逃げた。




失笑レベル5
(今頃ウケとってるんかなあさん)(俺らのキメ台詞伝授したからな!)(逆に滑っとるんやないですか?)((後で電話してみよ))

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ペアプリの海原祭!を見たほうがわかりやすいです。いろいろ省いています。 というか見ていない人は取り敢えずブン太のドレスを見るべきです…!
あと、「耳がでっかくなっちゃった」もOVAネタ。さらにちなみに、「イニシャルA」もこのあと間接的に出てくるのでお楽しみに。
130214>>KAHO.A