![]() この時が来なければ良いとどれ程願っていたことか。一日に軽く100回は念じていたと思うけれど、私のそんな努力も空しく今日と言う日は来てしまった。 ――そう、わがテニス部が演劇を披露する文化祭2日目のことである。しかも聞くところによれば青学のリョーマと桃城とかいう人が来ているらしいじゃないか。我がA組の執事喫茶にも現れたとか言うし、真田が招待したらしいがホンマアイツろくなことせんわ。 舞台袖からこっそりと観客の入り具合を伺うがほぼ満席と言う事実に卒倒しそうになる。そんな私に不意に慌てた様子のジャッカルが声を掛けた。「来てくれ」とだけ言われ、説明なしに彼は私の腕を引く。何事かと思えば、なんと私は男子トイレに連れ込まれたのだった。恥も外聞もないことしやがってとジャッカルにキレかかるが、何故か連れて行かれた先に皆が、(それも青学含む)ある閉じられた個室を囲う様にして立っていた。 「ああ、来たか」 「何これ何事」 「赤也がシンデレラやりたくねえって今更ぐずり始めたんだよ」 頭をがしがしとかきながら前の個室を顎でしゃくる。ははーん、籠城しているわけですね。別に劇が中止になるなら私は万々歳なんだけれども、幸村が何か言葉をかけろと言うもんだから仕方なく扉を叩いてみた。 「赤也ー。別に変じゃないから大丈夫だよ。十分可愛いから」 「可愛いなんて言われても嬉しくないッス!先輩連れて来たって俺、ここは出ませんからねっ!」 きっとさっきからこの調子なのだろう。彼らは予想通りの反応に、困った様に皆を省みる私と目が合うと肩をすくめて見せた。仕方ない。 「でもトイレに引き籠もるなんて男としてかっこわるいよねえ」 試しにそんな事を、私はぼそりと呟いてみた。途端に赤也の返事がなくなる。あ、迷ってる迷ってる。このまま行けるかなあなんて思っていた矢先、突然荒々しくトイレの入口が開いて、例の如く「たるんどるううう」なんて叫ぶ真田と柳生が飛び込んで来た。ちなみにそんな奴等のせいで赤也は余計籠城を決め込んでしまう始末。その後もたこ焼きで釣ろうとしたりと様々なことをやったのだが、結局はリョーマの挑発で赤也を中からあぶり出すことに成功した。まあ色々と簡単に話過ぎたような気もするが、そういう訳で赤也の籠城事件は事なきを得たのだ。 劇の開始の合図であるブザーが鳴り響く。私の出番はシンデレラと話す最初と、「おめでとう」を言う最後の一言だけだけれど、それでも私は今すぐ逃げ出したかった。 舞台では既に赤也にスポットが当てられている。劇は開幕した。 「あー疲れた毎日掃除や洗濯ばっかりやらされて、んなの真面目にやってらんねえよ」 ゲームをいじくりながらぼやく姿に謙虚さのカケラモ伺えないのは言うまでもない。ていうかこのシンデレラ、台本はないも同然で、台詞は「大体こんな雰囲気の事言ってー」くらいの事しか言われていないのだ。幸村はユーモア賞でも狙っているのか。 ってそんな事より私の出番んんん! 「あーアイツまたあんなところでサボりやがって」 「シンデレラ、窓のサンに埃があります。掃除は毎日すべきです」 「あーはいはい。やれば良いんでしょやりますよ」 「本当に生意気ね。貴方がお父上の子でなければここに置かずに外に捨てて来てしまっても良くてよ」 ちなみに上から丸井、柳生、赤也、私である。台詞はソノちゃんに考えてもらったものだ。 「俺らはこれからお城のパーティに行ってくっから!美味いもんたんまり食うぞー」丸井の台詞にため息が零れた。せめて「私」って言おうよ。 「埃ひとつでも残したらタダじゃおかないからね」 「アデュー」 「んじゃシクヨロー」 なんだろう。なんだか私の台詞だけ皆のテンションと違う気がする。 当てられていたスポットが消されて、私達はそそくさと袖に隠れた。 「一旦お疲れ」と互いに声を掛け合う。うん、ドッと疲れた。未だ舞台では赤也が演技を続け、謎のキノコ売りもとい魔女(仁王)がドレスや馬(ジャッカル)を出すシーンに差し掛かっていた。仁王曰く魔法はイリュージョンらしい。 それから何事もなくトントンと物語は進み、真田王子と出会い、靴を落とし、その持ち主が赤也だと気付くところまでなんとか終了した。 「いよいよラストシーンだ。最後まで気合いを入れて行こう」 幸村の言葉に皆は力強く頷く――が、その時だった。本当に私の日常は上手く行かない事ばかりである。きっと呪われている。非日常の神様に呪われている。 「うわああドレスが、ドレスが破けたッスー!!」 「ええええええ!」 とんだハプニングだな。ていうかどうしたら破けるんだよ。驚きを通り越して思わず呆れる私を横に、幸村は慌て、ハプニングがあって再開まで時間がかかるという放送を入れた。そして哀れにも時間稼ぎに仁王と柳生が舞台に駆り出された。「えー、ショートコント医者」…何をやってるんだアイツらは。 一方、ドレスはというと、ジャッカルが破けた所を縫い直したらしいが、無理矢理繋いだから全体がだいぶ細くなってしまい、赤也では入らないと言う。どうするんだ。 「誰か着れる奴いないのかよ」 「無理だろ。ここに皆は赤也より体デカい奴――」 不意に皆の視線が一点に止まった。それは何かと言うと、私にである。って、はいいい!? 私がどうすれば良いかなど、悟りたくないが悟ってしまった。つまりこれは、 「、お前なら着れる」 「そうなりますよね嫌だよ絶対」 さて、ここで問題です。 これから私に降り懸かるヒロインの代役よりも不幸な出来事とは何でしょう。 クイズの答えはCMの後で (ヒントは四天宝寺)(いや、それヒントでも何でもないっすわ) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 実はマネジのストックが秋の25話まである。 130209>>KAHO.A |