秋の記録:09

私は全くと言って良い程大したものは食べていないのだが、そうこうしているうちに皆の腹拵えタイムは終わったらしい。まあ私は食欲がなかったから別に良いのだ。どうせ丸井がいるならまだ嫌でも食べ物が舞い込んできそうだしね。

そんな感じで次に私達、というか仁王が目をつけた屋台はスーパーボール掬いというなんとも定番なものだった。確か持ち検の時の仁王の鞄って縁日の帰りみたいな物しか入ってなかったけど、こういうのが好きなのだろうか。新たな発見。(そしてこの様に仁王の性格を惑わされているのはこの時の私は知らない)


「ガキだな。やりたいのかよ仁王」
「ピヨ」
「そうかそうか。じゃあ次行くぞ」
お前は俺の何を汲み取ったつもりじゃ


意思の疎通ができていない3Bである。というか、きっと丸井はワザとやっているのだろう。仁王相手によくやる奴である。案外丸井は曲者かもしれないと、下らない二人のやり取りを見て私はこっそり思った。
そんな中、仁王は勝手に屋台の男子生徒に百円を差し出し、ポイを受け取っている。1人3個までですからね、という店番の言葉を聞いているのかいないのか、早速ポイ水につけてスーパーボールを掬い始めた。しかし仁王の手捌きがまあ凄いこと。
後ろから仁王を覗きこんでいた私達はオォ、と声を上げた。


「へーこんな特技があったんだねえ」
「仁王だし、ズルしてんじゃね」
ていうか3個までですけどお客さん
「おい、3個だってよ仁王」


店番の言葉は無視していたが、流石に幸村に言われて掬う手を止めた。スーパーボールがたくさん浮かんでいた青い入れ物の中にはもう数える程しかそれは浮いていない。いやいやいや、取り過ぎじゃね?ていうか取れ過ぎじゃね?ズルしてんだろ絶対。


「まさか、人聞きの悪い。加工したポイなんて使っちょらんぜよー」
ズルしてんじゃねえか


バシッと丸井が仁王の頭をはたき、彼は不服そうに持っていたスーパーボールを丸井の前に突き出した。なんだよ、丸井が首を傾げる。仁王がゆっくりとその手を振った次の瞬間だった。持っていたスーパーボールが消えた。それを皮きりに彼は手に持っているボールを次から次へと軽やかに消して行く。


「イリュージョン」
「…」
「…」
いや、イリュージョンじゃなくてお前何やってんの何全部消してんの。3個までだって。早く出しなよ
「うるさいのうお母さんじゃないんやから」
「調子に乗るなよ仁王。俺だって消せるさ」
「あれ幸村何か話ちがくない?」


幸村は今から「五感を消します」なぞと宣言して私と丸井と仁王顔を青くした。「何か変なスイッチ入っちゃったじゃないか」「お前のせいだぞ仁王」「え俺?」「逆に君以外誰がいると思うの」私と丸井で仁王をど突いていると、幸村がどこからともなくラケットを取り出した。それが既にイリュージョンである。


「取り敢えず店番の人、ラケット持ってもらえます?」
「やっぱりテニスでないと奪えないのな」
「当たり前だろ。元々はイップスなんだから」


店番尻目にそんな会話が繰り広げられているが、彼からしたら大迷惑だろう。しかしここで変な事をしでかしたら自分に白羽の矢が立つので黙って置く事にする。


「ていうか幸村ならテニス以外でもできそうじゃけどのう」
「それ神の子じゃなくて神だよね、俺」
「いや神っていうかむしろ魔王?」
は?


やべしくった地雷踏んだあああ!
丸井や仁王がギョッと私を見つめる。かなり遠目から。


「うーんなるほど、よし分かった。ちょっとラケット持ってくれる?」
全力で遠慮します
「…アンタ達何してんの」
「ソノちゃ…!」


私はこの時のソノちゃん程彼女がエンジェルに見えた事はない。助けてソノちゃん!私はそう言いかけたがその前に彼女は「何これどういう事」と丸井に目をやっていて私の視線には気付かなかった。丸井も丸井であった事を適当に説明している。ソノちゃんは興味なさ気にふうんと呟いた。


「ていうか何そのスーパーボール。ガキかよ」
「俺が取ったん」
「超沢山あっていらねえからやる」
「いや私もいらないし」

無理矢理一つを渡されて困った様にソノちゃんは眉尻を下げた。…彼女へ渡す前に屋台へ返すべきじゃなかろうか。
つーかよりによってソノちゃん。何がよりによってなのかは分からないけど…って前にもこんな事言ったような気がする。
幸村は気がすんだのか、いつの間にか丸井達の会話に混ざっていた。それからぽつりと私と目が合うと手招きした。
私は足を動かそうとしたけれど、その時ちらりと彼女の手の中で安っぽく光る赤いスーパーボールが目に止まった。よく分からないけれど心の中が妙に掻き乱される気がした。


「なんだよその顔。もいるか?ほら」
「ブン太俺が取ったんじゃけど」
「何だよ減るもんじゃねえ」
いや減っとる


近付いて来た丸井がぐりぐりと私の手の中に押し込んだのは青いスーパーボールである。「いらない」すぐに突っ返した。何故か、青い事に腹が立った。馬鹿だな。なんで私はこんなにイライラしているんだろう。皆は訳が分からないと言った風にお互い顔を見合わせていて、そんな空気に嫌気がさしたのか、ソノちゃんは手にしていた赤いいそれを私の手にポンと置く。「私もう行くわー」場に不釣り合いな軽いノリの台詞を残して行く彼女にも、そして『譲られた』スーパーボールにも苛立ちが増した。


「だから…いらないってば」


それよりなんで仲良いの。横目で丸井を伺う。奴は青いスーパーボールを弄んでいた。
ああもう意味不明なんですけども。そもそもあんな嫌い嫌い言ってたくせに、なんでいきなり普通に話す仲に変わるかな。別に良いよ。仲良いのは良い事。ソノちゃん可愛いし。でもさ、変わり身早いっていうか。大体なんでスーパーボールあげるかな。仁王のじゃん。つか、その前に私いるのにソノちゃんのついでみたいな。ていうか私に青渡すし。
譲られた「赤」をギュッと握り締めると、丸井はきょとんとした顔で、「なんだ、赤いの欲しいなら言えよな」なんて言うから無性に気恥ずかしくなって、それを丸井の顔面に投げ付けた。スコーンッと間抜けな音を立てて(というかそんな音が聞こえた気がした)丸井の額をバウンドし、「丸い赤」は真っ青な秋の空へ飛んで行った。




そもそも論
(そもそも丸井は)(そもそもソノちゃんは)(そもそもなんでこんなにイライラしてるの)

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130208>>KAHO.A