![]() 的当てで獲得したお菓子は、私がもう食べてしまったカンロ飴以外、全て丸井の手へ渡った。なぜなら元々は私や幸村や仁王はお菓子など欲しかった訳ではなく、ただ丸井に付き合っただけなのだから。幸村も仁王も、初めから貰ったものは丸井にあげようと考えていたに違いない。 早速クッキーをモグモグやってる丸井を横目に、幸村は生徒会が売ってる花を買いに行きたいと言い始めた。別にこれと言って行きたい所があった訳ではないので、私達は頷いて幸村に続く。 「あ、そういや俺から景品献上してもらってねえけど」 「食べたよ」 「え?」 「ん?」 何驚いてんの。献上して貰うのが当たり前とか思うなよコノヤロー。 しきりに何を貰ったのか聞いて来る丸井に、何故か仁王が「カンロ飴じゃよ」と答える。恥ずかしくて隠していたのに、お前何故それを。 「あ、いらね。しょっぼ」 「うるっせええ」 「だってカンロ飴とか、かっこわらいー」 「『かっこわらう』な」 「ねえ、そこの二人、喧嘩してないで選んでよ」 不意に幸村に声をかけられてそちらへ向けば、しゃがんでいた彼が地面に並べてあった幾つかの小さな鉢を私達に見せた。私たちの隣にいたはずの仁王もそれらを眺めている。花の種類なんて私には分からないし、私の趣味で選んでいいんだろうか。ううむと、ひと唸りした時、幸村と一緒に花を眺めていた仁王は黄色い(というか黄色とオレンジの中間くらいの)花の鉢を幸村に見せて、俺これ、と告げた。仁王が花を選ぶなんて意外である。そして選んだものが妙に可愛らしいんだが。 「珍しいな仁王。俺はそれでも良いよ」 「ん。立海カラーなり」 「ブハッ」 仁王の台詞に幸村が噴出した。ていうか丸井も笑った。私もちょっと驚いて目を丸くした。 そんな私達の反応がイマイチ分からなかったらしい仁王が、怪訝そうに自分が指した鉢植えを置いてあった場所に戻す。幸村が大爆笑だ。これも珍しい。 「…何じゃ」 「いや、っははは!…お前、っ…あはは!か、可愛いとこあるなあと思ってさあ」 「…」 「おいおい仁王、怒んなって。いやあ、クラス同じになっても正直良くお前の事分かんなかったし、何かとっつきにくいとか思ってたけど今ので親近感かっこわらい」 「丸井悪いけどそれ超腹立つよ」 仁王は自分がからかわれる事なんて滅多に、いやむしろ皆無だろうに、幸村と丸井に笑われて決まりが悪い様に見えた。まあなんだかんだでテニス部大事にしてるんだなあなんて、意外に可愛い仁王が見れたのは悪くないなあ。 「うっざ」 「良いじゃん仁王。そうやって仁王が何気なく部活を気にかけてるのが幸村は多分嬉しいんだと思うよ」 「…ピヨー」 「まあ丸井は確実に馬鹿にしてるけど」 「ブン太殺す後で見とれよ」 「丸井の死亡フラグかっこわらい」 丸井は幸村とニヤニヤしててまったく聞こえてないみたいだが、うん、どこまでも哀れだ。 幸村は、じゃあこれ買うけど、もブン太も良い?なんて言うから、私達は頷いた。ていうか私もそれが良いなって、ちょっと思ってたし。 どうやらその花は幸村の口振りから部室で育てるんだとか。もう私達は引退してるはずなのに、まるでまだ部活に顔を出している理由を作るようにも、そして何かを部活に残すためのようにも見えた。 まあそんな理由から、大して高くなかったけれど、私達4人で割り勘で買う事にした。 袋に収まる小さな花に幸村は小さく笑う。それほど花が好きなんだろうけど、さっき言ったようなもっと別の理由が、そこにはあるのだろう。私の憶測にすぎないけれど。そうして幸村を横目に伺っていると、急に丸井がお腹が減ったとわめき出した。お前はオールウェイズそれだろうが。 「そういえばもう1時になるしね」 「たこ焼き!」 「いい加減忘れてるかと思ったよ」 「私焼きそばぱん食べたいなあ」 「もこんな時までその設定突き通さなくていいから」 普段丸井がやるはずのツッコミなのだが今日は幸村がそれに徹していた。(仁王はいつだってそれを傍観していた) いやまあ夏合宿で私のイメージお汁粉で定着しちゃったからなんとか払拭しないとね!と私が親指を突き出すと、幸村がそれを掴んで折ろうとした。ちょ痛い痛い痛い!すんませんすんまっせん!ちなみにそんなことしている間に丸井はたこ焼きを買いに走って行って、そして戻ってきた。 「早いな丸井」 「隠してたけど、駿足の丸井って俺の事」 「その異名自体初耳なんじゃけど俺」 「ていうか隠すも何も駿足の『丸井』ってお前しかいねえだろ」 「やっぱり隠しても溢れる才能はバレちまうんだな」 「何コイツいつもの以上にウザいんだけど」 「あのちょっと幸村君?」 泣くぞ。ていうか丸井も一人で食ってんじゃねえよ。1パック寄越せと手を出したら、それをはじかれた。「4パックとも俺んだ」「駿足隠す前にむしろ丸井は惜しみなくさらけ出す食欲隠したら?」今日の丸井はボケ担当らしい。 「しょうがねえな。やるよ、一つ」 「器ちっさ!」 取り敢えず差し出されたたこ焼きに箸を伸ばす。まああんまりお腹空いてなかったし、「と見せかけてやっぱり上げなーい」「てんめええええ!」スカッと空を切った箸を見て、丸井はにんまり笑った。イラッ 「食らえ目潰し!」 「おまっ、箸とか危な!」 「止めなよ、本当に危ないよ」 「しかしこれで私の怒りが冷めたと思うなよ豚足」 「駿足です」 きっちり訂正を入れた丸井はたこ焼きを仁王にパスして走り出した。もちろん私はそれを追う。走り出す直前、後ろで「妬けるねえ」なんて幸村の声が聞こえた気がしたが、それでも私は構わず丸井を追いかけた。 丸井の足は速かった。 駿足はあながち嘘ではないらしい。(ていうかテニス部は皆速い)何度も言うようだが私の運動神経は可もなく不可もなく、平均太郎なので、到底追いつくはずがない。走り始めてものの数分で早速奴の姿を見失った。呼吸がゼーハーだぜまったく。足に手をついて深く息を吸い込む。その時だった。首に誰かの腕が巻き付いて思い切り絞められた。 「ぐえっぐるじい!」 「ふははは!丸井様の強さを思い知ったか!」 「ずみまぜん豚足…っ」 「お前それワザと?」 彼は少しむっとしたように私を見つめていた。しかしすぐに私を解放して、呼吸を整える私の頭をぐしゃぐゃと撫で始める。この撫で方は「丸井お兄さん」のそれである。面倒見の良い兄貴な丸井に頭を撫でられるのは照れるけど、嫌いじゃない。丸井の中でどういう経緯があってこうなったかは分からないが、私は恥ずかしさを隠すように、撫でるならたこ焼きをくれと下唇を突き出した。 「…あれ、俺たこ焼きどうしたっけ」 「仁王にパスしてたよ」 「俺とした事が!」 きっと今頃幸村と仁王の昼飯になっている頃だろう。馬鹿な奴め。悔しがる丸井を尻目に、私はやれやれと肩を竦めた。そんな私の隣りで、丸井はせわしなく自分のポケットを探る。食べ物でも探しているのだろう。 案の定いつものガムを見つけ出した丸井は、最後の一枚だったそれを、なんとためらわずに私に差し出した。 「ほい」 「…え、いやこれは」 「いーんだって。ほら」 無理矢理私の手のひらにそれを乗せて満足そうに笑って丸井。その表情に鼓動が早くなり、顔が熱くなってしまった。えええどうした私。 「んで、ど?元気になった?」 「…は?」 「だってさ、お前ずっと元気なかったじゃん?」 「…別に、そんなこと」 言葉尻が小さくなっていく。お見通しってゆーね。今日丸井のテンションがおかしかったのは、私を元気づけるためだったのか。そう思うと、ちょっぴり、胸が苦しいような、あったかいような気がした。 咄嗟の私のその受け答えに、丸井から苦笑がこぼれる。どこかで見た表情だった。 「お前何かあるといっつもそれな」 ハッと顔を上げて丸井を見る。彼の怪訝そうな面持ちに、幸村にもそう言われた事があったことを告げた。しばらく丸井は目をしばたかせていたけれど、何を思ったか、再び笑顔になって、「やっぱりそうだろい?」なんて、言いやがった。 「ホントの事じゃん。嘘吐くの得意ならここが発揮時だっつの」 「っそれも、!」 それも、言われた。そう続けようとして、しかしその事を認める事にバツの悪さを覚えたので言葉を飲み込んで押し黙った。しかし勘の鋭い丸井は察したらしい。ニヤリと口角を上げて私を見た。 「これで分かったろ」 「…何が」 「皆が、の事全部分かった上で一緒にいんのがさ」 「…は、」 「だからな、この間みたいな事もう言うな。俺だけじゃなくて、皆、分かってる」 「皆、」 「皆だ。テニス部も、原西も、も」 きっと、丸井はこの間の教室での事を言っているのだろう。慰めてもらうために、チヤホヤされるためにテニス部に入ったのではないという、あの言葉のことを。 ――分からない。本当に丸井の言う通りなのだろうか。信じたい。の事だって信じたい。でも、結局裏切られて、それで終わりだったら?信じたものが嘘だったら? 丸井みたいにまっすぐ信じられないんだ。だって私はずっと前に歪んでしまっている。 「まただんまりかよ。約束したろうが」 「約束――」 「何かあったら俺に言うって。隠し事はなしにしろっつったろうが」 「でもさ」 「今更何聞いてもお前の事なんか嫌いになるかよ」 じわっと目の前が滲んだ気がして、私はそれを隠すようにうつむいた。苦い何かが込み上げてくる。 「だって俺はお前の親友だ」 「…」 「幸村に針飲まされたってな!」 「真田にげんこつ食らってもね」 夏の日の鬱陶しかったあの約束が、私の心と体をぎりぎりの所でつなぎ止めている気がした。 私は息を吸込んで丸井に向き直る。 まだね、私もこんがらがってるんだ。自分がどうしたいかの本音すら分からないんだ。だから、もう少し待って欲しい。必ず話すから。落ち着いたら丸井に聞いてもらいたいから。 そう言うと彼はふわりと柔らかく笑った。 「おう。――お前を待つのは慣れたしな」 やさしさって目に見えないね (こんな大きな優しがそばにあるなんて)(どうして気付かなかったんだろう) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 130208>>KAHO.A |