![]() 立海の文化祭は相変わらず規模がでかい。生徒と外部の人間でごった返す廊下に俺はため息をこぼす。この中を進んでいかねばならないとなると顔もひきつるが仕方あるまい。俺は人の間を縫うように体を滑り込ませて前に進み始めた。 人で溢れているわりに、目当ての人を見つけるのは容易かった。その人――先輩は、望みが薄いかと思われたA組の前で、いつものごとく気だるげに立っていたのである。俺は人混みから弾き出されるように教室の前に飛び出すと、先輩はすぐに俺を視界に捉えて、それからへにゃりと笑った。先輩は俺に対してだけいつもこんな顔をする。 「赤也、どうしたの」 「いや、先輩と文化祭一緒に回ろうかなーなんて探してたんスよ」 「ああ、丁度今から店番休憩だしいいよ」 A組の模擬店は喫茶店らしいが、なかなかに繁盛しているようだ。教室を顧みた先輩は、床に置いていた鞄を掴む。すると彼女は「だけど」なんてちょっとだけ申し訳なさそうに口を開いた。 「真田も一緒だよ」 げ。 俺の態度に露骨に出ていたのか、日頃から俺が真田副部長を苦手としているからなのか、きっと両者であろうが、先輩は「ごめんね」と苦笑した。なんでも休憩が被ったから先輩が副部長を誘ったのだとか。もう何でだよ。丸井先輩とか仁王先輩ならまだしもよりによって副部長。渋い顔をして、俺は中を見渡すと、タイミングが良いのか悪いのか教室の奥から真田副部長がやって来るのがみえた。 「待たせたな。赤也も一緒か」 「あー…まあ」 ぎこちなく頷く先輩は俺を伺う。きっと逃げるなら今だと言っているのだろう。最早ヤケである。たかが副部長がいるだけで身を引くなんて男が廃るってもんだ。 「あーもう行きます、行きますって!」 俺はそう乱暴に言ってしまうと、では行くぞとばかりに真田副部長が先頭を歩き始めた。が、俺の決断も虚しく、先輩の名前を呼んで早速それを、正しくは先輩を引き留めた人物がいた。その声は最近は耳にしていなかったものだ。しかし先輩を「」と呼ぶ人間を俺は1人しか知らない。振り返ったその先にいたのは案の定、である。反射的に俺は先輩を横目でみやれば、緊張か恐れか怒りか、彼女の表情は強張り、ただ先輩を見据えていた。 「か、どうした」 「と文化祭回ろうと思ってたんだけど、真田君達と回るみたいね」 先輩は、そう言って眉尻を下げた。心なしか先輩が安堵の色を浮かべたように見える。俺も内心先輩となんて回りたくなかったので、黙って見守っていると、真田副部長は驚くべき言葉を口にした。「も女子との方が回りやすいだろう。俺達は気にせずに行ってくればいい」「ちょっと副部長!」この人は二人が仲悪いの知らないのか。空気が読めないにも程がある。先輩は本当?なんて顔をして先輩の腕を掴んでいるではないか。掴まれてる本人と言えば展開についていけてないように見える。 そうして先輩の意見も聞かずに話が進み、最終的に先輩は先輩を連れて行ってしまったのだ。 「真田副部長、何で行かせちゃったんスか」 先輩達が完全に見えなくなってから、口を尖らせて不服を溢す俺に副部長は大丈夫だと呟いた。この人は状況を知っているのか。なら尚更何故行かせたのか。何が大丈夫と言うのだろう。あの日、部活に先輩が来なかった日。丸井先輩血相を変えて先輩を探しに出たではないか。戻ってきた先輩はおろか丸井先輩までもがどこか表情を曇らせていたのに。 「あのからは敵意が窺えなかった。大丈夫だろう」 「…はあ」 副部長がそこまで言うのならきっとそうなのだろう。しかし腑に落ちない。俺は先輩が先輩に一方的に言葉をぶつけられていたのを見ている。喧嘩をしているのなら何故先輩は先輩を誘ったのだろう。先輩の様子から仲直りしたとは思えない。 「今は深く考えるな。最終的にはの問題なのだ。俺達が口を挟むものでもない」 「……へーい」 「行くぞ」 真田副部長につられて俺も歩き出した。しかし俺はすぐに足を止める。 真田副部長と二人かよ。 ▼ の意図が読めない。 私は先程から掴まれている腕と彼女の背を交互に見つめて、小さく息をはいた。何故真田は止めてくれなかったのだろうと彼を恨めしく思う。 「あ、ずっと掴んでたら動きにくいか。早く言いなさいよ全く」 「え、ああ…」 解放された手をすぐに引っ込めた私に、は笑った。この間までのは私の夢だったのかと思うほどには元通りだった。 彼女の行動の意図が、読めない。 私を傷付ける機会を伺っているのだろうか。ならばこの顔を信用してはいけない。だが私は一体どうすればいい。今はただが、怖いのだ。何を考えてるの。どうして優しくするの。私が嫌いなんじゃないの。 「あ、そろそろ中庭で音楽部の合唱が始まるんだけど、友達いるから見に行きたいんだけど」 「…」 「よし行こう」 私の返事も聞かずに歩き始めたに戸惑いを隠せない。いつも通りなのだ。私には拒否権がなくて、だけどそんなやり取りがいつも通り過ぎて。 だからこそ彼女の背に着いていくことができなかった。その代わりに、足を止めた私の視界が偶然にも捉えた彼の方へ、逃げるように走り出したのだった。 「幸村!」 いきなり後ろからしがみつかれた幸村は驚いたように目を見開いたが、そのあとすぐに優しく微笑んだ。 「どうしたの、。俺が恋しくでもなった?」 きみの声は心地良い (あれ、…?)(そしてざわざわと雑音のような心臓の音) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- きっとこれが高3最後。読みたいとおっしゃってくださった方がいたのでストックを更新してしまいました!笑 幸村はいいとこ取りをする。 120429>>KAHO.A |