![]() ヤカンの野郎、たかがスカートが短いだけで1時間も無駄話たたきやがって。私は手渡された制服に関しての注意がうだうだと書かれた紙をぐしゃりと丸めると、ブレザーのポケットに押し込む。何が「原西は成績が良いのに態度がそれだと勿体ないぞー。罰としてヤカン持ってきなさいほら」だよ。いらねっつの。幸村へのあてつけじゃないけど、何かムカついたから屋上庭園にヤカン置いてきてやったわ。 私はふん、と鼻を鳴らして教室の中へ足を踏み入れようとした。しかしそれはすぐに引っ込める事になる。窓際にがいるのが見えたからだった。との事もあるわけだし、の行動の真意が掴めない今、彼女の様子を伺う必要がある。私はそっと教室を覗き込むが、彼女は窓の外を眺めているだけであった。そんな横顔からはどことなく寂しさが垣間見える。すっ、と微かに彼女の口が開かれた。 「…、ごめん…」 私はハッと顔を上げた。ごめん?どういう事だろう。最近のに対する態度とまるで掛け離れている。しかしが見つめている方は確かテニス部のある方だ。今回のの態度には何か理由があるのか。考えろ。最初にの様子がおかしいと感じたのはいつだ。 ――その答えは恐らくが合宿に行く前。彼女の様子を自分の代わりに見ていてほしいと頼まれたその時。あまり気にしていなかったが、今の事に関係があるのだとすれば――。 「ソノ…ちゃん?」 「あ、」 の視線がいつの間にか窓から私へ移っていることに気づいていて、私はぎこちなく笑い返した。「どうしたの?」あ、いや職員室に呼び出されてさあ。丸めた紙を見せると彼女は苦笑して頷いた。 「ところで…は何してたの?」 「…え?」 私の問いかけに、は困ったように眉尻を下げた。口ごもる彼女は恐らく、ごまかすか否かを考えているに違いない。私は己の勘の良さは自負しているからどうかわされたって、この私がごまかされない自信がある。 しばらく彼女の言葉を待っていたが、沈黙が埋まることはなかった。 「は、本当はが嫌いなわけじゃないんでしょ」 私の言葉が核心をついたかは分からない。ただは、はっと目を見開いて、それから頭を垂れた。「…聞いてたのね」壁に寄り掛かる彼女は、自嘲気味に笑みを零した。口ぶりからして、どうやら間違いではないらしい。 「どうしてあんな態度取るのよ。とアンタは親友じゃないの?」 「…だからだよ」 「…どういう意味」 は私がいるとは変われない。前に話したことがあったよね、と再び窓の外に目をやった。確かに言われた事がある。にとってはエゴの砦。誰に傷つけられたって『』がいれば、『砦』さえあれば何を言われたって逃げ込める。彼女だけは私を裏切らない。は、にそう思わせてきた唯一の人間だ。 「私がいたらの根本的な部分は何も変わらないんだよ」 「だから自分から切り捨てられに行こうとしてるのね」 「…後は醜い嫉妬って奴かな」 「…嫉妬」 無理して笑顔を作るはいつもより幾分か弱々しい。誰もがに目を向けていたせいか、他にも弱っている人間が、――が苦しんでいることに、誰ひとり気づけないでいたのだ。その結果が、今の状態を生んだのだろう。 「私はずっとと一緒にいて、それこそ今のテニス部の皆みたいに、何度もあの子を変えようとしてきた。だけどね、何も変えられなくて、…」 でもがテニス部に入って、マネージャーをやるようになってから、彼女は少しずつ良い方へ変わっていったのだ。何故ずっと一緒にいた自分じゃなく、テニス部なのだろうと、きっと悔しく思ったに違いない。さらには人を引き付ける何かがある。 「…あの子の周りにはいつの間にか沢山人がいて、ああ、私って何なんだろうってね。ちょっと嫌になっちゃって」 それが冷たく当たった大きな原因。そう付け加えて弱々しい笑顔を返した。私は言葉に詰まる。 「酷いことしてるって、分かってる。…でも、楽しそうな見てたら嫌な気持ちが、…止まらなくて。どうせ私がいても邪魔だしね、嫌われちゃおうって」 「…馬鹿ね。にはアンタが必要なの分からない?」 「そんなことない。私がから離れることは、きっと、あの子が変わるために私ができる唯一の事だと思う。だからにはちょっとかわいそうだけど、今はこうしようって決めた」 なんて…自分勝手なのだろう。どうしてにここまで信用されておきながら、私には変えられないと放棄するのだろう。いくらでも彼女に言葉が届くというのにどうして伝えようとしないのだろう。自分がを甘やかす存在だったとして、何故それが彼女を変えられない要因になるというのか。 「が言ってるのはただのわがまま。あの子がなかなか変わらなくて苦労してるのはアイツらだって同じよ。どうして変えられないって決め付けるの。変えられないとと一緒にいちゃいけない?」 「ソノちゃん…」 「アンタは『テニス部にが取られました、悔しいので八つ当たりします』ってのに綺麗な理由くっつけただけでしょ」 「ソノちゃんには…分からないよ」 「ええ、わかりたくもないわ」 キッと私を睨み上げるはスカートを握り締めた。 相手はだ。あの子は気を使って話す事ができない人間である。自分がにとって、本当に必要なのか確かめたくとも、その場凌ぎの当たり障りのない言葉すらくれない、不器用な奴なのだ。だってさぞ辛い思いをしてきたに違いない。だけど、ここでがから離れてしまったら彼女はどうなってしまうのか。きっと壊れてしまう。 「の一番の心の支えはだった」 「そんな、…」 「テニス部よりも心の寄り処に決まってんでしょ。男共にはわかんない事も沢山あるし。100万かけても良いわよ」 「…大げさな」 大げさなもんか。そうでなかったらあの子がこんなに苦しむはずがない。は知っているだろうか。普段は自分を傷つける人間を切り捨てていくはずのが、彼女のときはそうはせずに、ただ苦しんでいたという事を。テニス部でさえ切り捨てようとしていたあの子が、に対しては、切り捨てるという選択肢を選ばなかった事を。 そのことを伝えると、彼女は黙り込んでしまった。「私、…ひどいことしちゃった…」呟く彼女の声は微かに震えている。 この分ならば何とかなるだろう。 ホッとして私は、文化祭も近いんだしさっさと仲直りしなさいよ面倒臭い。そう肩を竦めると、は小さく頷いた。これで少しはうまく行けば良いけど。 帰るなら下まで一緒に行くわ、鞄を掴んだ彼女に私はそう言って、私達はC組を出た。 そうして私はたまたま振り返った先に、丸井がA組に入っていくのを見た。 この悲しみは埋まらない (だけどそう簡単にはいかない) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- なんてつまらない話なんだと心底思った。書いてて面白くない。きっとスランプ。 もうわけが分からないですね、すいません。 このゴタゴタが終われば恋愛一色になる、はず。今日で更新止めるつもりなので、焦ってたんです。 120320>>KAHO.A |