![]() 「男子テニス部にはど行くんだ?」 「…はい?」 ボールを補充しろと柳から頼まれたり、赤也と一悶着があったり、さらに迷惑な事に跡部が乗り込んで来たりと、なかなかにカオスだったあの日から、4日後の話である。 結局あの後、私と赤也は柳にボールを届けたわけだが、持ってきた量があまりに多かったらしく、こんなにはいらないと苦笑され私達の努力は無駄に終わった。まあ、そんなことはどうでもいいとして、問題は誰がいらない分を返しに行くか、である。なにぶん夏なわけで、面倒なわけで、暑いわけで。しかし考えるまでもなくその仕事は私に回ってきた。マネージャーですもんね知ってる。だけど私がアッサリと頷くわけがない。頼まれても返しに行く気はさらさらなかった。しかし、そんな私を見兼ねてか、ついに幸村から文句を言われる始末。彼が出てきてしまっては残念な事に、他の人からの弁護は望めない。だから仕方なしに私はつい先程、海林館に行くため重い腰を上げたのである。 前置きが長くなったが、そういうわけでボールの詰まった箱を手にふらふらと歩みを進めていた私に、冒頭の台詞を言ったのは、…え、お前誰。 制服も立海のじゃないし、喋り方も関東の人じゃなさそうであることが伺える。 分かる事は女ということだけだ。彼女は私が反応しないことに首を傾げて再び同じ事を問うた。 「テニス部に何の用ですか」 「え?用って、」 「ていうか誰」 「あ、オイラは寿葉ってんだ。アンタ見る限り女テニかなんかだべ?」 多分テニスボール持ってるからそう判断したのだと思うが、それは大きな間違いである。違いますがと否定しかけて、しかし彼女はそれよりも早く、大丈夫大丈夫とわけの分からぬ事を口にした。ニコニコと胡散臭い笑顔を振り撒く姿に、顔はめちゃくちゃ可愛いんだが、何かめんどくさいと密かにごちる。 「男テニに彼氏がいるんだろ。大丈夫、手は出さんけ!」 「何だコイツ勘違いも甚だしいな」 「そんで、テニス部は?」 何だか早く教えろ的なオーラを醸されたので、私は仕方なく自分の後ろを指差した。あっち。まっすぐ行けば着きます多分。早口にそう言ってしまうと、私は逃げるように大きく一歩を踏み出した。後ろでありがとなー!なんて満面の笑みなんか浮かべてくれちゃってるが可愛くなんかないからなチクショウ。 それから私はさっさと仕事を終わらせてテニス部に戻って来たは良いが、すぐに柳に呼び止められた。内容は何となく分かっていたが、知らない人間が部に紛れ込んでいる、という話。多分、さっき会った花子とかいう人の事だと思う。彼女は幸村だとか仁王だとか、一番やっかいなのに取り入ってるみたいだ。クッキーなんか押し付けてる。幸村はある程度構ってあげてるが仁王はオール無視だ。ちなみに丸井もクッキーに食いついてちょっと仲良くなっていた。…あのアホウが。 「知り合いか」 「どうしてそう思うの。…名前は聞いたけど」 「は厄介を招くのが上手いからな。それで、彼女は」 「確か花子とか」 そこまで言いかけて、柳は彼女に声をかけた。私からわざわざ名前を聞き出しておいて、本人に聞きに行くとは。花子は私に振り撒いたのと同じキラキラした笑顔で寿葉ってんだ!と言った。柳の呆れた様な顔がすぐに私に向く。 柳が「お前は人の名前を覚えることに関してすこぶる記憶力が悪いらしい」と思っている確率100%ってね。 苦し紛れに笑っていると、彼女の視線が私と重なった。あ。 「女テニの子だ!」 びしりと私に指をさして寿葉は叫ぶ。皆の視線がサッと集まり、まるでお前はいつから女テニになったんだとでも言いたげである。だがしかしそんなことは私が聞きたい。 「アンタ名前は何てんだ」 「…ですが」 「んだばちゃん、彼氏はどれ」 「へえ、に彼氏。初耳だな」 幸村の台詞に私はその場から逃げ出したくなった。やはりこの場所なんて教えなければ良かった。ていうかちゃんと誤解を解いておけば良かった。 「ああああのですね、色々と誤解を解いておきたい所存でありますが」 それから私はキチンと説明をし、彼女は私がマネージャーであると理解した後に、眉尻を下げた。なーんだ早く言えって。いや聞こうとしなかったんだよ、お前が。 まあそんな事はさておき、彼女は部外者であるわけで、真田は当然つまみ出そうとしたのだが、彼女がどうしても見ていきたいなぞと懇願するもんで、私達は仕方がないと頷きざるを得なかった。 「、あれをどう思う」 寿葉は私の代わりにマネージャー仕事をやる気満々で、せっせとタオルを配り始めている。THE・らくちん。やったねとばかりに怠惰を貪るそんな私に、柳は声をかけた。どう思うかって?「可愛い」「違う」「演技っぽい」 ベンチに腰を下ろしていた私はちらりと柳を目をやる。彼はしばらく私を見つめていたが、ふ、と笑みを零した。「やはりお前は妙な所で勘が働く」あれ、褒められた。 「まあ今の所さして害はないと見える。泳がせておけばいいだろう」 そしても働けと柳は付け足すように言い、私は渋々首を縦に振った。どうにも柳の言うことに背けない。 どうやら仕事はほとんど寿葉が片付けてくれたようである。手際が良すぎるね。マネージャーでもやってたのか、現在進行形でやってるのか。可能性は後者にある。まあそのおかげで、ああ、やることナッシング。仕方ないので洗濯でも無駄にするかと適当に洗剤をぶち込んでいたら、不意におい、と丸井に声をかけられた。ああん? 「俺さアイツ嫌い」 唐突に発せられたその台詞は私を驚かすには十分過ぎる。視線は洗濯機に向けたまま、私もだと答えた。観察されてるみたいだよね。ていうか観察されてるよね。柳は泳がせておけなんて言ってたから我慢するけど。 「ていうか君、さっきクッキー貰ったり仲よさ気だったじゃんすか」 「いや、別に仲よさ気ではねえけど。お菓子くれる奴にはいつもあんなもんだろい」 「そうかい」 「…」 気まずい沈黙に内心冷や冷やしながら、あー洗剤入れすぎたかあーなんて微塵も思っていない事を呟く。丸井の視線が痛い。だんだん自分がいたたまれなくなり、ばたんと洗濯機を閉じれば私は彼に向き直った。何?半ばキレ気味に。それでも丸井は怯まずに、というかむしろ困った様に眉尻を下げた。「え、あの、何怒ってんの?」怒ってる?私が?何で? 怒ってないよ。そう肩をすくませた私に、丸井はまだ納得のいってないようだったけど、しばらく唸ってからやっと頷いた。「ならいいけどよ」 「はいそれじゃあ丸井は練習に戻れ。寿葉が嫌ならソノちゃん時みたく自分でどうにかしなよ」 片足で彼をあしらう私が気に食わなかったのだろうか。急に丸井は口をむんずと閉じて私を睨む。あ、さっきのが厭味ってバレたかな。 私の捻くれた癖で、ついたまに掘り返さずとも良いことを口にしてしまう。自分の言動の浅はかさにとりあえず自らのフォローへ入ろうとした時だ。 「…お前が嫌いっつーからだから黙ってんだろ」 「…は?」 「俺が原西にキレた時、は『そういう人の傷付けかたする奴は嫌いだ』って、言っただろい。確かに約束した」 だから俺は我慢してんだよ、そう言う丸井に私はきょとーん。思わず変な効果音が口から零れた。馬鹿にしてんのかと丸井にひっぱたかれたのは言わずもがなだが、別に彼に言ったことを忘れいたわけではないのだ。いや、初めは何のこっちゃって感じだったけど。確か春あたりにそんなことを言ったような気がする。でもそれをまだ引きずってるって丸井、お前。 「私との約束なんて忘れちゃえば良いのに」 そんな些細な約束も覚えてるコイツはやっぱり凄い良い奴なんだと思うけど、なにぶん私は捻くれているから、それを受け入れられない所がある。だから馬鹿にしたように口元を歪めてそう言った。丸井、怒るかな。 私はちらりと彼の顔を伺う。丸井は私と視線が交わると手を伸ばしてぐしゃりと私の頭を乱した。 「ばーか。お前との約束だから忘れないんだろうが」 そして、そんな言葉をしれっと言ってのけた丸井に、私は再び驚かされるのである。 あんたさぁ……なんでもない。 ((ホント、お人よし))((そんなところが気に入ってんだけどね)) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- おおおおいつの間にか仁王派閥が一位になっとるんだけども! ブン太の等身大タペストリー欲しいなあ。 120130>>KAHO.A |