残りの夏休み!:11
暑くないのだろうか、と思う。仁王に繋がれた手を凝視する私は心の中でそんな疑問を零した。ちなみに言うと私は暑い。暑いのが苦手な仁王は何故私と手を繋ぎつづけるのか私は甚だ疑問である。もしかして勝手に私を巻き込んで我慢大会でもやっているのだろうか。だとすれば良い迷惑だ。私は眉間にシワを寄せ、目の前にある背中に向かって、暑いんだけどとダイレクトに手を離すよう言ってやった。しかし彼はフッと笑うだけで手を離す様な雰囲気はない。「我慢大会は私の負けで良いから離してよ」「は?」「え?」どうやら我慢大会じゃないらしかった。
それからしばらく私達はそのまま歩き続けたのだが、如何せんコイツとの沈黙が重く感じられ、ついに耐え兼ねた私は、足を止めて近くの掲示板を指差した。


「たまには映画でも見に行きたなあ」
「これが見たいんか」


私が指した先には、いかにも「青春」を醸した青い空と入道雲をバックに立つ野球少年のポスターが貼ってあった。これを指したのはまったくの偶然である。「マウンドの向こう」とか書いてあるが、そういえばこの映画、最近ツイッターで騒がれてた気がする。
真っ青な空の下、野球ボールを掲げている少年を見つめていると、私は妙に気恥ずかしい気持ちになって、思わず目を逸らした。私に足りないものが、…いや違う。もう少しで手に入りそうなものがその中には見えた気がしたのだ。だけど自分には無縁のように感じたのも確かで、もし自分がこんなに輝いていたらと想像したら逃げ出したくなった。


?」
「あ、いや、何でもないのだよ、うん」
「ふうん。それならええん、」
「あら、じゃないか!」
「…はい?」


突如私の目の前に現れたのはとんでもなく見覚えのあるおばさんだった。ていうか、数メートル先にある田中駄菓子店のおばさんこと、田中さんだった。
彼女はもふふ、なんて奇妙な笑い方をして私を見たから、私はハッとして慌てて繋いでいた手を振りほどいた。絶対勘違いされた。


「今帰りなんかい?」
「あ、ああまあ、」
「じゃあ寄って行きんさいな。そっちの綺麗な子もね」
「…」


仁王は田中さんの発言に微妙な顔をしたが、彼女は気づいていないのか、私達の腕を引いて店の方へ歩き出した。「かき氷作ってやるからね」やった!私は一度この店を継ごうかと考えた程に、ここのかき氷はうまいのだ。氷がふわふわしてて、きっと氷を作っている水が良いのだと思う。
田中さんは店先の木の椅子に私達を座らせて、一度店の奥に引っ込んで行った。私はそういえば最近部活ばっかで来てなかったなあとしみじみ感じつつ、古ぼけた店内を眺める。そんな私の隣で落ち着くのう、と仁王が壁に背中を預けていた。
しばらくすると、サンダルの音が聞こえて私はそちらに視線を移した。


「ほらお待たせ。お代はいらないよ」
「え、別にいいよ。ね、仁王」
俺が払うんか
「お金なんていいよ」


いちご練乳がめちゃくちゃかかったかき氷を私達に押し付けた田中さんは、おばさんみたいに(おばさんなんだが)仁王の背中をバシッと叩き、仁王ははあ、とぎこちなく笑った。叩かれた反動でよろついていていた仁王がすごく軟弱に見えて、私は思わず苦笑いを浮かべた。それにしても丸井達には少し悪い気がする。私達について来ていればタダでかき氷食べれたのに。スプーンをくわえて、私は陽炎で揺らめく道路の向こうを見つめる。すると、田中さんはそういえば、と私を見た。


「頭が赤い子はいないんかい?」
「…丸井の事?」


アイツならアイス食べに行ったよ、そう付け加えて私はかき氷を一口。あらそうなんて残念そうに頬に手を当てた田中さんを尻目に、仁王は不思議そうに私を見ていた。多分何で彼女が丸井を知っているのかとかそんなところだろう。仁王と視線が絡み、私が口を開きかけると、田中さんはハッとしたように手を打った。に渡すもんがあったのよ、なんて慌ただしくサンダルをならす。彼女の背中が見えなくなってから、目を閉じてまぶたの裏にまだ残っている記憶の断片を私は探りはじめた。


「一回ね、丸井と来たことあるんだよ。ここ」


思えば、私がずっと突き通し続けたエゴを真っ正面からぶち壊しにやってきたのはあの時の丸井だったのかもしれない。

私が丸井とここに訪れたのは中1の、やっぱり今日みたいな夏の暑い日だった。それまでは私は多分、部員誰ひとり、もちろん丸井ともまともに話した事がなくて、ソノちゃんに出会った後の私以上に、誰とも仲良くなるもんかっていうエゴ意識があった。ところで何でテニス部に入ったのかっていうのはまた別の機会に話すけど。
ある日ね、今以上のエゴで誰とも仲良くしようとしない私を見兼ねてか、丸井が私につっかかってきたんだよ。全国近いのにいつまでツンツンしてんだお前はって。もっと皆とスキンシップ取ったりコミュニケーションはできねえのかよ!なんて、いきなり殴られた。私からしたら、その時の丸井は「何この男。暑苦しいんですけど」くらいにしか思ってなかったんだけど、その態度が余計丸井を刺激したのか、翌日から丸井が「お前の冷えきった心を俺が何とかしてやる」とか私に付き纏う様になって。


「…そういえば一時期、部活内でブン太がをストーカーしとるとか話が出てたぜよ」
「そう」


そして、しばらく丸井に付き纏われる日々が続いていた。そうしたら丸井の奴、私が焼きそばパンにただならぬ愛を注いでる事に気づいたらしくて。ほら、丸井もグリーンアップルガムに一筋な所あるから、なんか仲間意識もたれたんだと思う。
それからというもの、それまで以上のアタックを受けて、そんなある時私がここに寄ったわけ。


「もちろん丸井も着いてきたよ」
「まああの田中さんとやらが人懐っこいブン太を追い返すわけはないじゃろな」
「そうなんだよ。でも私も我慢して、丸井は空気扱いで田中さんと話してたら、丸井がいきなりさ、『もうやめるわ』なんて言ったの」


今でもどうしてそう言ったのか意味わかんないんだけど、丸井は私の顔見るなり笑顔でそう言ったんだよ。「もう追い掛けないから、だから俺とお前は親友な」って。はい?って感じだった。友達でもないのにって思ったけど、もうずっと前から友達だろいなんてケロッと言うからさ。
私はもちろん拒否した。けど、そうしたら丸井、「死ぬまでお前を追いかけ回して焼きそばパンを横取りしてやる」って脅してきたから。


「私思った。『ああコイツ馬鹿だ』って。私と親友になって何になるんだろうって。でも嬉しかったのも確かで」


こんな馬鹿ならエゴで守るまでもないかなって思って、丸井と約束したんだ。
アイツ、すごい喜んでさ。ずっと友達、真田にげんこつ1万回喰らったって、針千本幸村に飲まされたって壊れない強い絆ーとかわけのわからない事言っちゃって。


「そこからか、仲良くなったんは」
「まあね」


変な奴だよね、丸井って。私は苦笑して仁王を見めた。

しかし彼はただ遠くを見つめるだけであった。




やれやれまいったな
(赤也にブン太。なら、)(俺の入る余地は、)

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2012初更新がこれか。
新テニ第一話を見ながら更新中。しあわせすぐる。
番外編でいつかブン太とヒロインが友達になる話書きたいな。
120105>>KAHO.A