残りの夏休み!:08
私は幸村に手を引かれて部室の前まで戻ってくると、もう既に他のメンバーもランニングが終わったようで、早速コートの中ではラリーが開始していた。皆は私が幸村に腕を掴まれている事に不思議そうな視線を向けていたが、幸村はさして気に留めた風はなく、いきなり立ち止まれば、タオル配りを頼むよなんて、私に微笑んだ。普段そんな事言わないくせに、でもやはり幸村は私とを気遣って会話に割って入った事は意図的であったわけだ。なんてできた男なんだろうと、私は頷きながら彼からタオルを受け取った。


「ねえ幸村」
「何?」


私、変かな。そう言いかけて、やっぱりやめた。幸村ならば言わずともこの言葉の真意が分かるだろうが、彼はきっと真面目には答えない気がしたからだ。だから返される台詞は分かりきっている。きっと一言だ。「何を今更」
何となく、今幸村に手助けを求めても意味がないのだろうなと、思う。もし意味があるのだとすれば、きっとから別れた直後に幸村が自ら口出しをするはずだからだ。


「いや、ジャージ羽織ってて暑くないのかなって」
「暑いけど」
「さいですか」


何故脱がないのかは愚問なのだろう。私は苦笑いを返してタオル配りに足を動かす事にした。
さて、タオル配りはドリンク程重くないし、多分マネージャー業の中で一番楽な仕事だと私は認識している。しかし、今は別であった。なにぶん私は今赤也といると脈拍が上がって嫌な汗をかきはじめるわけで、なるべく彼との接触を避けていたわけだけれども、直接渡さなければとなると、そうもいかないだろう。いや、もういいかな。近くのベンチに置いとけば。でも赤也だけ避けてるってあからさまだよね。どうしよう。悶々と頭を悩ませていると、ふいに真田の怒鳴り声が聞こえて私は、いや、周りにいた者はそちらへ視線を移す。赤也が俯いている所を見ると何かしたのだろうか。


「赤也、やる気がないのならば帰れ!」
「…っ」


ギュッとラケットを握りしめた赤也はふらふらとコートを出ていく。足の先は部室に向いていて、そんな彼の表情はどこか腹立たし気であり、それでいてとても暗かった。というか顔色悪いし、足取り覚束ないし。体調が悪そうなんだが、無理をして部活に出ていたのだろうか。真田にはやる気がないように見られるなんて可哀相に。ぱたんと閉じた部室を見つめながら私は小さくため息をつくのであった。

普段の赤也ならば、真田にさっきのような台詞を言われて黙っているわけがない。どんな事を言われてもコートに立ち続けただろうが、そうはしなかった彼の態度が気に食わなかったのか、本当にやる気がないと思ったのか真田は余計に眉間に皺を寄せた。


「赤也の奴、どうしたんだ?」


いつの間にか隣にいた丸井は私と同じく部室に目を向けながらそう口にする。だから適当にさあねと答えて、私も赤也の後を追って部室へ足を進める事にした。
中に入ると、赤也は自分のロッカーの前でしゃがみ込んでいた。私も向かい合うようにそこに座れば、赤也から唸るようにあっち行って下さいなんて言葉がぶつけられる。いじけちゃってまあ。こういう所はホントかわいいんだよね。どうやら脈拍も落ち着いてるみたいだし、このまま赤也に構っていても問題はないと踏んで、持っていたタオルを無理矢理彼の手に捩込んだ。…もう何スか…嫌がらせ?覇気のない声である。


「ねえ赤也ー」
「…」
「赤也さーん」
「…」
「愛しの赤也くーん」


ちらり、と赤也が顔を上げた。先輩に、と微かに口を開く。もう先輩にカッコ悪いとこ見せたくないんで出てって下さいだって。もう君の怒られ姿は見飽きたよ。思わず笑ってしまったが、彼にもプライドがあるんだろう。いや、ありまくりだな。赤也は今まで散々真田に怒られて来たけど、自分から試合を放棄するような事はなかった。だから、そんな姿を見られた事を悔やんでるのかもしれない。もう可愛いね、困っちゃうね。
私はにやけていると、それに腹が立ったのか、赤也はもう行くッスなんてふらふらと立ち上がった。


「…赤也さあ、具合悪いんじゃないの?」
「…違いますよ。超元気スから」
「ふうん。なら良いけど。……あ、そうそう。朝作ったドリンク、赤也のだけめちゃくちゃ味薄くしたんだけど気づいた?」


いきなりの質問に、赤也ははあ?みたいな顔で私を顧みた。何で俺だけ、とでも言いた気である。そんな彼は眉をひそめて残念ながらまだ一口も飲んでないんで、なんて言って、私から逃げる様にドアに手を伸ばした。よほど保健室に行きたくないのか。しかしそんな赤也の腕を掴んで私はそれを阻止した。


「ったくそんなんだと愛すべき馬鹿からただの馬鹿に降格するよ」
「は…」
「熱中症だね。朝から水飲んでないんでしょ。体温高い割に汗もかいてないし」


ちなみにドリンクの話は嘘ねー。私はけらけら笑いながら赤也の腕を自分の肩に回して支えるようにして歩き始めた。すると案の定赤也は大丈夫だとかやめろだとか騒ぎ出したわけで。だから思い切り足を踏みつけてみた。あんまり騒がないでもらいたい。正直めんどくさいから。
そうすると赤也はようやく黙った。それで私達はのろのろと部室から、炎天の下に顔を出せば、日差しにやられたのだろう、ぐったりとした赤也はぐえ…気持ち悪い…なんて余計に情けない声を出したのだった。無理しなきゃいいのに。


ホント愛すべき、馬鹿。




馬鹿は馬鹿なりに
(黙ってついて来いってんだ)

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おかしいな。本当は1話でまとめようとしてた話が、どうやら3話分になりそうだ。
この話は多分次で終わる。
111222>>KAHO.A