![]() 3日間というささやかな私達の休み(実質的には夏休み)はあっという間に過ぎ去って、とうとう立海での本格的な部活が始まってしまった8月某日。 私はグラウンドを走る選手達を前に、手のストップウォッチへ目を落とした。はい、7分経過ー、腑抜けた私の声は雰囲気的に多分誰にも届かなかったように思う。 これ私の存在する意味あるのか。私は意思疎通できる仲間が近くにいない可哀相な人間なので、思わず太陽に問うてみたものの、奴が返すのは光と熱だけであり、なんて私に優しくない。舌打ちした私は汗を拭い、仕方ないから周りに漂う緊張感になるべく溶け込むようにと大きな声で再び7分が経過したことを告げてみた。皆びびって私を見ていた。え、何。 ところで、私はこの緊張感が漂うこの時期の部活が正直嫌いである。練習に励む彼らから、どこかそれが伺えるのは言わずもがなで全国が近いからであろう。当日まであと1ヶ月を切っているわけだから分からなくもないが私は未だその感覚が掴めないでいた。だから嫌なのだ。私だけが感覚を共有できない。まあもういいけど。毎年の事だから。しかしそれに関して、つい先程真田にもっと気合いを入れろだのなんだの説教を喰らい余計に部活に身が入らない所存である。 「やっほー」 「…あ、さん」 ユニフォームだとかシューズが入っているらしい袋をぶらぶらと揺らしながら現れたのはだった。彼女がここにいるという事はバレー部は今日は午前練だけなのだろうか。うらやましい。一人ごちた私をよそに彼女は選手達を見て、今年もアツいねえなんて苦笑いを浮かべた。太陽じゃなくて多分テニス部が。私は返答に困り、曖昧に言葉を返せば、何を思ったかはいきなりところで切原君さあ、と口を開いた。だからびっくりしてストップウォッチを落とした。まさか奴の話題をふられるとは。あまりに私が動揺したのが見て取れたのだろう、は怪訝そうに眉をひそめる。意図的に彼の名を出したのかそうでないのか、の目はやっぱり、と言っているように見えた。 「どうしたの。…、あんたお祭の時から変だよ?」 「私はいつも変だから」 「まあそうだけど」 「そこ否定して欲しかったなさん」 「ねえ、」 そんな事どうでも良いと言わんばかりに彼女は私の言葉を遮って私を見据えた。は吐きなさいよ、そう言ったから私は彼女にエアー嘔吐を披露する。当たり前に殴られた。なんで皆こう暴力的なんだろうね私に。 口を尖らせて私はを見ていたけれど、私のはぐらかしスキルが落ちたのか空気は私の分が悪い方へ傾いていった。うぬぬ、どうしたものか。私はちらりと隣で腕を組むを見遣れば、彼女の眼力に思わず怯んだ。こええよアンタ。 「」 「わ、分かったってば…言いますよ言います。だけどたいした事じゃないん、」 「何」 「…最近動悸が激しいんだよ。だから心臓止まれって話だよ終わり」 「…心臓止めたいならそこの花壇踏み荒らせば」 が指したのはすごく見覚えのある花壇で、…いつだったか私が三馬鹿共とヤカンを献上した場所だった。つまり、あれは、え?幸村の、何その死亡フラグ私やだよ。え、冗談?ちょっと、人の命が一つ消えるような嘘は冗談とは言いませんからね。いやケラケラ笑ってる場合じゃないですから。 「てかさ、つまり、切原君が好きなの?」 「え?そうなの?」 「…私に聞かれても」 えええ赤也?いやあ、それは違うだろ。仁王といいといい何を言ってるんだか。私が赤也に恋する事はないよ。天地がひっくり返ってもね。何でって、わかんないけど何となく?だって赤也弟分だし。萌えだし。そこまで言うと彼女はキョトンと私を見つめた。「じゃあは誰が好きなの?」ん?んん? 「」 「いや、男で」 「いない」 「…」 「逆にさあ、いないとダメなの?」 くるりと彼女と向き合う私。ぶつかったはずの視線はすぐに逸らされた。そっぽを向くからはバツが悪そうなのが伺える。彼女がこんな表情をするのは初めてかもしれない。今までになかったの態度に私は戸惑い、そしてイラついていた。だから私は派閥なんて面倒なもの作って欲しくなかったのだ。こういう事になるのだから。そう吐き捨てると、は半ばヤケになったように、アンタが普通の子になれる様に皆が頑張ってんじゃないの?なんて足元の石を蹴飛ばす。 その瞬間、確かに私の心にはに対しての小さな絶望感が生まれた。 「は何をそんなに焦ってるの」 「別に、焦ってなんか」 「やあさん。話中悪いね」 の声を遮り現れたのはいつの間にかトラックを走り終えたらしい幸村だった。彼は私の間に流れる空気を察したのだろう。に頼みたい仕事があるんだとに断りを入れて私の手を引きはじめた。 「…幸村」 「どうしたの?」 「…何でもない」 彼は何も聞かなかった。私としてもその方が有り難かったかもしれない。 自分でさえこの胸の中にある、「いくつものざわめき」の正体が何なのか、その時はまだ理解できていなかったから。 お前だけなものか (苦しみを抱えているのは)(お前だけなものか) まえ もくじ つぎ→ ---------- 忘れてた。昨日2周年じゃないか。おめでとう。 111221>>KAHO.A |