![]() ジャッカルと真田が取っておいてくれたという場所はこれまたよく花火が見える良い場所だった。皆は見晴らしの良さに大分満足そうだったが、無理矢理場所取りに狩り出された事が不服だったらしい真田達は、何故俺達がこのようなことを、と文句を垂れていた。そんな彼らを横目に、私は正直花火なんてどうでも良いのにと肩を竦める。花火を見るくらいなら家に帰ってツイッターでも入り浸りたかったんだけどなあ。 「家に帰りたいんスか?」 「え?あ、いや、別に」 私は相当しかめっつらをしていたのだろう。赤也が不安げに私を見つめたから、にへらと作り笑いを浮かべた。おかしいな。落ち着いたと思ったのにまた心臓がうるさい。赤也は私の反応にふうんと再び空に目を戻したので、私はホッと息をついた。いやはや可愛かったはずの赤也が恐ろしく思える。ていうかどうして私はこんな面倒な思いをしてるんだろう。皆とはぐれて、赤也と手を繋いだだけだろうに。それだけなのに焼きそばパンと向かい合った時バリにときめきを感じてる私。ああ、私もついにトチ狂ったか。柳に花火の仕組みだとか、何が火薬として使われているだとか、かなりいらん知識を植え込まれている赤也を見遣りながら、そんな説明しても意味のない様に見える彼に苦笑していると、不意に肩に重みがかかった。 「そんな見られると照れるんスけど」 未だなお柳と話し続けているはずの赤也の声が耳元で聞こえて、私は勢いよく声の方を顧みた。振り返る寸前、一瞬脳裏に過ぎった奴はもちろんただ一人で、実際声の主もそいつ、仁王だった。おのれペテン師め。こういう所で才能の無駄遣いをする馬鹿は好かん。口を尖らせた私に、彼は赤也の方を顎でくい、と示して見すぎ、と付け加えた。別にそんな見てたつもりはないですけど。否定した私だったが、でも一応『かなり見つめている』自覚はあった。こんなに見てちゃ赤也に穴あくだろ。どうしよう赤也に穴があいたら。くだらない心配をしてられるから多分まだ心にゆとりはあるな、よし。 「そんなに赤也が気になるんか」 「……は?」 花火に目を向けていた私は、不意に発せられた彼の台詞に、思わず驚きの声が零れた。気になる?赤也が?まさかあ。だって私の弟分だよ?好きになるわけなくないか。何を言ってるんだ仁王、とばかりに私は肩をすくめてやると、彼もやり返す様にやれやれなんて息を吐いた。 「気になる癖にのう」 「違うってば」 「…」 「だから違う」 「何も言っとらんぜよ」 「目が言ってた」 ぶらりと足を伸ばしてそう言うと、仁王はふうんと意味深に含み笑いを浮かべる。まだ納得してない、というか信じてない顔だ。何それ。腹が立つわ。だけどせっかくお祭なんだし、私としては全然楽しくないけど、皆の気分も害する気も起きないから、苛立ちを押さえ込むが如く、私はただ俯いていた。しかし彼の口が閉じられることない。私の聞きたくない台詞ばかりが耳につく。それについに耐え兼ね私は、あのさあと呟いた。その声は思った以上に低く、怒りの含まれたものの様に感じた。それに驚いたのか、仁王は口を閉ざす。 「しつこいんだけど」 吐き出された私の言葉に目を見開いたのは仁王だけではなかった。しっかりと皆の耳に届いたらしいそれは、羞恥となって私に返ってくる。何、喧嘩?とが問うたが私は答えなかった。目を丸くして私を見つめた赤也から目が離せなかったのだ。 気まずい空気が流れる。否、気まずいのは私だけであろう。皆はただ驚いているだけだろうから。 「……私、帰る。気分悪いの」 「なら送ろうか」 名乗り出たのは幸村だったが、私は首を横に振った。まあ性格的に結局彼が送る流れになりそうではあるのだが、私は帰り道へ視線を逃がすと、幸村はそっか、と以外にも簡単に引き下がった。ホッと安心したのもつかの間。歩きだした私の腕を誰かに掴まれる。振り返ったその先には赤也がいた。不安気でいて、どこか申し訳なさそうな彼の表情に、私は何を言えば良いか分からなくなる。 「先輩、」 いつも通り茶化せば良いのだ。分かっているのに言葉が出ない。 名前を呼ばれただけなのに、私はびくりと体を震わせた。顔が熱くなる感覚に自身がいたたまれなくなり、彼の手を振り払うと、浴衣姿で下駄を履いている事も忘れて私は駆け出した。 そんな私の後ろで、俺が追い掛けるぜよ、という言葉を聞いた。私は来るなという意味を込めて舌打ちをしたのはもちろん自身の耳にしか届かなかっただろう。 ▼ 「何で来たの」 逃げ切れるわけがないと見越して近くの公園のベンチに腰をかけていると案の定仁王が私を見つけて勝手に隣に座りやがった。謝罪はない。自分は悪いと思ってないんだと思う。むかつく。 私は冒頭の台詞を吐き捨てるように言えば、仁王は心配じゃったからとだけ言った。ありがた迷惑だ。 「お前さん前に言ったじゃろ」 私は彼から目を逸らしていると仁王は不意に口を開く。何の事だと聞き返せば彼は少しだけ表情を曇らせた。 「前に、俺の事は嫌いだと言ったじゃろうが」 「言ったっけ」 「言った」 思考を巡らせるが思い当たる節がない。仁王はどことなく腹立たし気に私を見つめているような気がするけれどそんな顔されても困る。思い出せないものは思い出せないのだから。しばらく不服そうに私を見つめる仁王と視線を交わしていたが、ふといつぞやの仁王が柳生に変装していた時の事を思い出した。その時に確か仁王が嫌いだのなんだの中二臭い事を言った気がする。 「はエゴがあるうちはまだ俺が嫌いだと」 「多分言った」 「俺それに今めちゃくちゃムカついてんじゃけど」 「えええ」 そんな。ていうか何でその話になったのか。大方ふらっと思い出したとかそんな事だろうよ。ああ迷惑。 それよりも仁王がお怒りなんて知らなかった。顔に出さないんだもん。謝ろうにも分からないんだから謝りようがないよね。私の言い分を言ってやれば、仁王は自分は詐欺師だからうまく感情を顔に出せないなんていう意味不明な理由を並べた。 「なら体で表現しろよ。地団駄踏むとかさ、体当たりするとか」 「そんなんじゃお前さん自分のせいで怒ってるなんて気づかんぜよ」 「確かにな」 頷く私に、それなら俺はもっと効果的な手を使う。仁王はそう付け加えた。そして彼は少しだけ身を乗り出した。次の瞬間後ろに回された仁王の手によって頭を引き寄せられる。 「え、ちょっと待って何」 「黙りんさい」 「な、」 思い切り触れた唇に、私は頭が真っ白になった。えと、宙に浮いた私の両手はどうすりゃいい。はたから見たら何とも情けないキスシーンに見えた事だろう。周りには誰もいないけど。それが唯一の救いと言いたいが、付き合っているわけでもない、ほぼ毎日顔を合わせる部活の仲間とキスしちゃうとかもはや私は救われないと言った方が正しいのかもしれない。 20秒くらい経った時だろうか。やっと口が解放されて、私はもう呼吸がままないよもう。 「…ぉおええええ…」 確か財前に額にされた時はこうはならなかった。あの時は字の如く顔から火が出そうであったが、ここまで来るとそんな可愛らしい感情は微塵も生まれないらしい。今の私は胸を押さえて新鮮な空気を吸おうと精一杯だ。うえええ気持ち悪い。 「は俺を傷つけるのがうますぎて泣けてくるんじゃけど」 「いいよ泣いて。私も泣きたい」 というかまずこれでどう怒りが表せているのか問いたい。私が苦しんでざまあとでも思っているのだろうか。しかしさっき仁王自身が言った様に彼は傷付いたらしいじゃないか。ハッざまあ。 「心の声が駄々漏れぜよ」 「別に良いよ。隠す事でもない」 「いや隠しんしゃい」 冷静にツッコミを入れた仁王はその後、疲れた様にベンチに座り直した。さっきの出来事が嘘のように、甘い雰囲気や気まずさすらミジンコ程もない事になんだか笑えてくる。すると笑うなと怒られた。すまん。 「えーとあのさ、帰っていい?」 「…俺も帰るなり」 「いいよ帰んなくて」 「何か言ったか」 「いいいいたいいたいいたい!」 何この人。ついに本性表しやがったな。涼しげな顔でぎりぎりと私の腕を捩る仁王にひたすら謝り続けると彼はあっさり腕を離して私の前を歩き出した。飄々とし過ぎてて無駄にかっけえ所が厄介過ぎるよ。これだからイケメンは。 肩を竦めて彼に続く私は小さくため息をついた。 「確かにああ言ったけどさ、あれ以来別に仁王が嫌いなんて一言も言ってないじゃん…」 大体嫌いなら一緒にいないよ。呟いた声は風に乗り彼まで届いたらしい。驚いた様に振り返った彼の顔が、暗かったにも関わらず赤いのに気づいてしまったのは、私だけの秘密にしておこうと思う。 可能性は否定できないのです (だから俺はほくそ笑む) まえ もくじ つぎ→ ---------- 予告に出てきた人たちの中であと活躍してないのは幸村だけ、か。 111215>>KAHO.A |