残りの夏休み!:02
結局あのあと私は全力で彼らを追い出す事に成功し、午後はそれなりに有意義な時間を過ごしていた。
せっかくの休みなんだ、こんな時まで彼らと関わるなんて、考えただけでおしるこが喉を通らなくなりそうだから、明日こそ彼らが来ないことを私は祈る。
ああ、それにしてもお腹がすいた。さっきからずっとツイッターでつぶやきっぱなしだが朝からアイスしか食べてないからそろそろ体力の限界である。ふと時計を見遣った私は思わずダブルクリックしていたマウスを床に落とした。さっきまでお昼だったのにいつの間にか夜の8時になっていた。どこぞのRPGだよ。時の流れって怖い。
通りでお腹が空くわけだと冷蔵庫を開けたが案の定何も入っていなかった。ていうかいつも思うけど、パパンもママンも旅行に行く度、冷蔵庫の中の食料をあるだけ持ち出すのやめてほしい。その上食費も私に用意しないとか、新手の虐待か何かと思うよ。
毎回家の食料を与ったりしてるんだけどね。多分今回もの所に頼んでいるならば、そろそろタッパーを持ったかレンヤが現れるだろう。
とりあえず米すらないのでソファーで睡眠を取ろうとした時、インターホンが鳴らされて、私は飛び起きた。玄関まで疾走する。ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯!


「待ってましたー!」


勢いよくドアを開けた私だったが、そこにいたのはもはやお約束の如く、でもレンヤでもなかった。間違えました!一瞬固まった後、私は素早くドアを閉めようとしたが遅かった。足が滑り込んできてドアを閉めることは叶わなかった。


「へえ、俺そんなに待たれてたんだ」
「ゆ…きむら、さん」
「とりあえず上がらせてもらうよ」
「ええええええ」
「は、何。昼間は入れたのに今は駄目なの?」
「えええそれはあんたらが勝手に、ああいや何でもないです超嬉しっすどうぞ中へ


笑顔で頷いた幸村はずかずかと上がり込んできたが、いると思っていた丸井達がいなくて少し拍子抜けした。何だ、幸村だけか。私の前を歩く幸村の背中を見つめる。ふと彼が振り返った。「何?」「いや何でも」
幸村はどうやら夕飯の材料を持ってきたみたいだ。作ってくれるのかな。やったね。
我が物顔でキッチンに材料を広げはじめた幸村は、リビングのパソコンを見て苦笑した。


「またツイッターやってたんだね」
「まあ私の主成分なので」
「やり過ぎは良くないって柳が言ってたよ」
「でもツイッターの友達が唯一まともというか、優しいんだもんよ」
聞き捨てならないね


鋭い視線をいただいていて私は慌て弁解する。幸村、アンタは最高だ。神、神の子!言えるだけの褒め言葉を並べたら許してくれた。
ホッとして幸村に指示された通りにまずはジャガ芋を剥きはじめる。材料的にカレーだな、簡単だし所詮幸村にはこれくらいが限界なんだろう。あははは。そんな事を思っていたら、心が読まれたのか思い切り足を踏まれた。ごめん、何かムカついた、だそうです。


「そういえばさ、」
「何?」
「ブン太と仁王もツイッターやってるって知ってる?」
「うえええ初耳!」
「だろうね。黙ってやってるらしいから」


え、言って良いのそれ。まあどうでもいいけどさ。
どうやら丸井と仁王は私の監視役に回されていたらしい。今だから言えるが、前は私が色々と捻くれていたから、少しでも私の心に動きがあって、ツイッター上で良くも悪くも変化が見られた時、そこで何かしら対処ができるかもしれないからだそうだ。
なるほど、一回も呟いてないくせにフォロー登録してくる奴らがいると思ったらアイツらだったか。


「ほらよそ見しない」
「ああ、分か、っ」
「何、指切った?お約束だなあ」


結構深いじゃないかと呆れたように肩を竦めた幸村はおいでと私をリビングの方に手招いてどこから持ってきたのか我が家の消毒を構えていた。「いっくよー」はい?
次の瞬間には傷口に思い切り消毒を噴射されて私は悲痛な叫び声を上げる。だって痛い。痛い痛い。痛すぎて駆けずり回っていたら私はスリッパに躓いて思い切り前に倒れ込んだ挙げ句、その反動で床に倒れた私の頭の上にテーブルに置いてあった口の開いたペットボトルが落ちてきて頭から水が滴った。幸村に馬鹿にされると思っていたらそんな声が降ってくることはなく、代わりにしたから幸村な声が、なんて、は?


「痛いんだけど」
「えええ!何で幸村こんな所に!」
お前が俺を巻き込んで倒れたんだよ


そうなの!?壁にぶつかったと思ったけど幸村だったのか!すいません今どきますすいませんすいません。もう半泣きだ。だって幸村も顔面にペットボトルの水がかかってる。殺される。


「もしお前がテニス部じゃなかったら頭握り潰してる所だよ」
「うわあああごめんなさいいい!」
「なんて、冗談だけどさ。むしろ知らない人だったらムカついててもとりあえず相手が大丈夫か聞くね」
そうかそうやって女の子を騙してモテてきたんだな
何?
何でも


急に怖いくらい素敵な笑顔になった幸村は続けて、それよりもほんとの所、部員なら容赦なく体裁いれられると思ってるんだけどなんて口にした。恐ろしくて謝罪を連呼し、起き上がろうとすると、幸村は口元を歪めた。「うーん、どうしようかな」
え、と声を漏らすや否や、私と幸村の位置は逆転していた。要は組み敷かれたわけだ。って、いやいやいやちょっと待って!?
ぽたり、と雫が滴って私の頬に落ちる。全くただならぬ威圧感だが、今は何だか色気も漂っている。これだから美形は。


にはお仕置きが必要になるかもね」
「…っはぁあ!?えええ!?幸村ご冗談を!」
「俺はいつでも本気だけど」


体勢を立て直すかのように、私の顔の横に手を着いた幸村はフッと微笑んだ。顔が熱くなる。ああ、きっとこれは赤くなっているに違いない。


「そういうのマジやめようよ!」
「あはは、焦りすぎじゃない?」
「だって私らまだ中学生でして…!」
「…」
「…」


一瞬幸村がきょとんと固まった。しかしすぐに幸村が笑いはじめるから今度は私がきょとんだ。え、何。え?


「俺の考えてるような事するなんて一言も言ってないけど」
「…な!」
「お望みなら俺はそれでも良いけどね」
「あああ私の馬鹿あああ!いいです本気で!」


THE勘違い女。今なら死ねるよ私。つかむしろ殺してください。
幸村から顔を背けて自分の馬鹿さ加減に呆れていると、彼は不意にすっと目を細めた。私はその瞳に捕われる。時間がぴたりと止まったかのように感じた。


「試してみる?」


額をこつんとあてられて、私の心臓は跳ねた。こんな近くで幸村を見たのは初めてだ。今更ながら女が羨むような綺麗な顔をしている。まつげ長い、そう思えば、幸村の目が閉じられたのに気づいた。これは、あれか、私のファーストキッチン!じゃない!ファーストキッス!?
身動きが取れない私は、それでも逃げるようにぎゅっと目をつぶった。
うわあああ!ごめんなさいいい!心の中で何故かに謝る。しかし、唇が触れる事はなかった。


「そこまで拒絶されると傷つくな」


自嘲気味に微笑んだ幸村は立ち上がって、ほら立ってと私に手を差し延べる。ぎこちなくその手を取ると、彼は私の額を軽く叩いた。


「次は許さないからね」


ちなみにレンヤがうちに肉じゃがを持ってきたのはその30秒後のこと。




腹を空かして待っている
(…おい。何で幸村さんがここにいんだよ)(さあそれが私にもさっぱり)(夕飯を作りに来たんだよ)(だそうです)

夏の記録へ もくじ つぎ→

----------
久しぶりにこんなに長く書いた。あああ小説の締め切りもあるのに何してんだか。

111030>>KAHO.A