夏の記録:36「ちょっと、」 「ん?」 バスに乗り込もうと荷物を抱えてステップに足をかけた所で、誰かが私のジャージをぐいっと引っ張った。私は前にいたジャッカルに荷物を押し付けて、やるせなくそれを受け取った彼を尻目に、振り返ってみれば、そこにいたのば財前だった。瞬間的に額にちゅーされた事がフラッシュバックした私の心臓が速くなる。だが私はあくまで平然を装う。どうしたと口を開く前に彼は携帯をぱかりと開いた。 「赤外線ありますか」 「生命線?あるよ。財前にはないの?ぷぷ」 「耳引きちぎりますよ」 「えっぐ」 「いいからさっさと携帯出せや」 タメ口。 気に食わなくて口を尖らせていると後ろで、何をしている、と早くバスに乗ることを促す真田の声が聞こえた。が、しかし私はそれ無視してゆったりと携帯を取り出す。 入口でこんなやり取りをするのはかなり迷惑な気がするが出発までまだまだだし良いか。 携帯を出した私は何をするのかと問えば彼はボソリと呟いた。メアド、と。 まさかそんな事言われると思わなかったから目を見開いて固まる。そんな私に彼は携帯を取り上げて勝手にメアド交換を繰り広げなさっているではないか。 なんて勝手なの。 「ああああ!お前何してんだよ!」 財前から携帯を返され、本当に彼のアドレスが入っていることに小さく息を漏らすと、不意に財前の後ろの方からそんな叫び声が飛んできた。その声の主と言うのも赤也の事であり、彼は荷物を下にたたき付けるように落とす。と私達の方にずんずんと近づいてきた。おいおい荷物。 「何してんだよおおお前ええ!」 「うっさいわコイツ」 私達の間に割って入ってきた赤也は財前の肩を後ろに追いやる。 何をそんなに騒いでんのか良く分からないんだけど大丈夫かな。 皆が何事かと私達に注目し、手塚君に挨拶をしていた幸村や、そして立海のバスの窓からまでも私達の様子を伺う赤い奴とか銀の奴とかが脇に見え始める。 「財前お前今、先輩とメアド交換してただろ!」 「それが何や」 「何って、お、俺もまだ交換してもらってねえのに!」 「うわぁ…ドンマイやな」 「うわぁって言うな!」 「てか、あれ、交換してないっけ?」 「してないッスよ!」 唇を噛み締めて酷い酷いと喚き散らす赤也を横目に私は首を傾げる。メアド交換してないのに今までどうやって連絡しあってたんだろうか。 呟くと、聞いていたのか赤也が電話…、なんて眉尻を下げた。きゅん。じゃなくて、ああ、そうか。電話か。つかあんまり赤也と連絡取り合う事なんてなかったし。 そういや赤也にアドレスの紙を渡される度、洋服のポケットに入れたまま洗濯機に投入してたからぐしゃぐしゃになって、結局電話番号しか交換してないんだったなあ。 「あ、じゃあ俺も携帯番号も教えますわ。さっきメアドしか送ってないんで」 「教えんな!」 ぐいぐいと私をバスに押し込む赤也は財前を睨みつる。しかし財前は微塵も気にした様子はなく、じゃあメールで送りますなんてさらりと言って四天宝寺のバスの方に歩いて行った。 そんな財前の背中を睨みつける赤也は、挨拶を終えたらしい幸村に諭されてようやくバスに乗り込んだ。 ちなみに席はというと私はソノちゃんの隣を陣取るつもりで速足に彼女の横まで来ると座席に腰を下ろす。ソノちゃんがあからさまに嫌そうな顔をした。 「え、やだちょ、何で隣!?」 「えええ゛え゛え゛!」 「ちょっと柳コイツ引き取って」 「うわあああんソノちゃあああん!」 「寄るなずぼらが」 「ひっでええ」 アンタといると厄介な事しか起こらないんだからと私を無理矢理立たせると、彼女は贅沢にも隣の座席に自分の荷物をどかりと置いた。 鬼だな。丸井が私を哀れんでいた。 てか私じゃあどこに座れば。私の事をお構い無しに出発しますと告げた薄情なバスにオロオロと周りを見回す。一人で座っても良いけど淋しいじゃん!赤也の隣に行こうとしたが、可哀相な事に彼の隣には真田がいた。丸井の隣は当然の如くジャッカルがいて、余っている人間は幸村と柳。ちなみにもう幸村の隣は御免被る。ていうかさ、ていうかさ!隣に座らせなくともせめて、「前来いよ」とか声かけろしいいい! レギュラーの奴らは何も言わずに微妙な面持ちで私を見守っていた。多分誰の隣に行くのか見てるんだろうな最悪だ。 「思春期なんだから自分から男子の隣なんか行けるわけねえだろおおお!男ならお前らが声かけろよ馬鹿あああ!」 「よし、また俺の隣来なよ」 「遠慮します!」 「えー」 本気の空回り (あ、そだ先輩後でメアド交換してくださいね)(は、赤也交換してなかったのかよ、だっせ)(イラッ) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- すません。終わりにするつもりが、…あと一話だけ。 111021>>KAHO.A |