夏の記録:33

自分より頭ひとつぶんくらい高いところにある窓に、私は外からこつんと石をぶつける。反応なし。そんなまさかと私は唇を尖らせた。これだけじゃ気づかないのかな。どんだけ爆睡してんだよ。やっぱりもうちょい強く投げた方が良かったのだろうか。早朝の薄暗がりの中で一人、唸る私。いやでもここで窓が割れたら私怒られちゃうし、それは困ると思いながら仕方なく窓に接近して手で窓をノックすることにした。最初からそうしろよなんて実は私も思っていたが、だがしかし気づかないふりをする。
手の平でべち、べち、と窓を叩いてみると中から赤也の悲鳴が聞こえた。「ぎゃあああああ出たあああ!!」出た!?Gか!?アイツが出たのか!
ガタガタと窓を揺らして何としても中に入り、赤也の救助に回らねばとするけど、え、ちょ窓開かないよ!?開けて赤也ー。


「ぎゃあああ来んなあああってアンタかよおおお
「うえ?」


半泣きの赤也は窓をゆっくりと開けて、私を見下ろした。どうやら私の手を幽霊と勘違いしたらしい。まあいきなり手が窓叩いてたらビビるわな。まあそれより中に入れろと私は窓をよじ登り、中に侵入する。何とか登りきると窓の横にあった赤也用のベッドにそのままべちゃりと落ちた。すん、と鼻を鳴らす。赤也の匂い。


「え、てか、先輩、え?今更ッスけど、何でここに」
「んー?」


ごろんと寝返りをうった私は赤也を見上げるとふっと微笑んだ。謝りに来たんだと。赤也も私と話がしたかったんでしょ?問い掛けると急に顔を赤らめた彼は、まあと曖昧な返事を寄越した。


「ごめんね、赤也。私は立海が好きだよ。だからやっぱり皆といる」
「俺こそ、あんな事言ってすんませんした。あれは…嫉妬っつーか、」
「もういいよ」
「…先輩」
「私、この合宿で色々わかった」


仲間って、曖昧な定義の元で成立するんだって事とかさ。いつも皆が『私の仲間』だって信じられる絶対的な理由を欲しがってたけど、それは違うんだなあって。何日一緒にいたら仲間とか、何をしたら仲間になって、何をされたら仲間じゃなくなるのとか、そういうんじゃなかった。私が仲間だと感じられたらそうなって、一緒にいたいと思えたらやっぱり仲間になる。いつからとかそんなの知らない。いつの間にか大事な仲間になってて、それでそれは何をしたからって崩れるもんじゃなかった。まだお互い一緒にいたいと思えてるなら仲間なんだと思う。そうしたらすぐに仲直りできる事もわかった。


「大切だから、こうやって喧嘩もするんだと思う」
「…先輩、もうどこにも行かないで下さいよ」
「うん、努力する」
「先輩、そこは勿論って答える所ッスよ」
「うええー?」


けらけらと笑うと、不意に部屋の奥のベッドで、もそもそと何かがうごめき、それと同時に眠たげに、赤也?なんて丸井の声が聞こえた。あ、やっべーこの部屋に丸井と仁王いるの忘れてたー。仁王はすやすや寝てるみたいだけど、丸井は騒がしくて起きてしまったようだ。
どうしようか思考を巡らせコンマ秒数で弾き出されたのは布団の中に隠れるということだけだった。


「赤也ちょっと失礼」
「な!先輩!?」
「しーっ」


布団の中に潜りこんだ私は、耳を澄ませる。外の状況がわからない限り音で判断するしかないからだ。丸井は、さっきからお前うるせえぞ、とどうやら布団からはい出て、赤也のベッドの目の前までやって来たらしい。見えないけど、恐らく距離的30センチ以内にいる丸井の存在に、私の額には嫌な汗滲んだ。(行け、あっち行け)
丸井はしばらく何も言わなかった。おかしいと思いながらも、だんまりを決め込んでいると、不意に周りがサッと明るくなる。


「あ」
「…」


無言で布団をめくる丸井は、私とばっちり目が合って、若干驚きの色を見せた。ど、どうもー。へらりと笑ってから私は目にも留まらぬ速さで入ってきた窓から脱走を試みる。しかしそれ以上の俊敏さを兼ね備えていた丸井に難無く捕まり、私はそのまま背中から床に落ちた。


「いってえええ!」
「何でがここにいんだよ!」
「夜ばいに決まってんだろうが!」
「嘘つけ!つかドヤ顔で言うことじゃねえだろい。しかももう朝だしな」
「ぶー」
「うわその顔きっも」
殺すぞ丸井


下唇を突き出したまま、私はするりと丸井から視線を逃がすと、その先にいた仁王もいつの間やら起きていて、オヤジ臭く寝転がりながら大きなあくびと共に、私に彼の情けない「おはようさん」が降ってきた。ああ、おはよう。喧嘩(という表現は適切なのか微妙だけど)していたとは思えない程にナチュラルな雰囲気に、私は思い出したように正座してスッと息を吸う。


「この度私、立海の担当に戻ろうと思います」


は?と最初に声を漏らしたのは丸井だった。というか、驚いた顔をしているのは彼だけだ。仁王は眠そうに瞼を閉じたり開いたりを繰り返している。相変わらず緊張感がない。
丸井はというと、しばらく口をぱくぱくさせてから、むすっと口を結んで何を今更とでも言いたげに私を見つめる。しかしながらそんなことは関係ない。私が戻りたいから戻る。仲直りしたいから戻るのだ。
私はもう怒ってないからと、丸井に伝えてから、ふわり微笑んだ。


「ただいま」




なんて懐かしい響き
(何がただいまだよ馬鹿!)(痛っ)

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お待たせしましたああああ!
パソコンが不調でぜんぜん更新できませんでした。
ようやく丸井君とも仲直り?です。
あああ、とりあえず今から部活の締め切りのほうと格闘してきます。時間ないいいい。

111001>>KAHO.A