夏の記録:30

「アンタ嫉妬って言葉知っとるか」
「…ダジャレ?」
シバいたろか

関西弁ならではのダジャレで私は素敵だと思うよ。そう言ってみたが、しかし財前が左手に持つラケットをゆらゆら揺らして、次馬鹿みたいな事言ったら殴るぞ的な雰囲気を醸した。恐ろしいね。とにかく私が喋ると基本的にアウトみたいだから極力喋らないようにしなくてはね。むんと口を閉じていると頭を小突かれた。「質問に答えろ」怖。どうしたのかな。優しいと思ったら急に怖くなったんだけど、愛情なの、愛情の裏返しなの?


「嫉妬って言葉自体は知っとるよ」
なるほど殴られたいんすか
「ちょ、穏便に行こう!おしるこ買ってあげるよ!」
「マジすか」


よかった。財前がそういうの好きな人で。この手が通じたの正直初めてだよ。苦笑して、自販機の方へ視線を移すとその先にいた丸井と幸村と丁度目が合う。丸井はすぐにふいっと目を逸らし、幸村もしばらく私を見つめていたが、何を思ったのか、疲れたように息を漏らして私に背を向けた。ずきりと心が痛むのはきっと気のせいだ。だって私の心は歪んで歪んで歪みきってる。いつの間にか固く握りしめていたジャージの裾を慌てて離して財前に向き直った。何も言われてないのに、ごめんね何でもないとへらへら笑う。


「ほんまアホっすわー。救いようないねんな」
「……ねえ財前。私は悪くないはずなのに、皆責めるような目してくるのはなんでかな」


立海のコートを眺めて呟いた言葉は思いの外弱々しいものだった。そんな声に対して財前がどう思ったか知らないけど、彼は私からおしるこ代を巻き上げると、一人でサクサク自販機まで歩いていって、おしるこをお買い求めになりやがる。相談に乗ってくれるんじゃないのかいこのやろー。ベンチに偉そうに腰を下ろす財前は、隣に座れと目で訴えてくるから、仕方がなく隣に腰を下ろした。


「財前」
「何すか」
「嫉妬って何」
「俺に聞かんといて下さい」
「元はと言えば君が話を振ったのでしょうよ」


おしるこを飲む財前が悔しかったから私も買ってずるずるとすすっていると、ちらりと私を横目で見た財前が、呟いてみりゃいいやないんすかなんて言ったから思わず私はそれを聞きかえした。すごく懐かしい言葉を聞いた気分だ。呟くって、え、ツイッター…?
それ以外に何かとでも言いたげに、早くもおしるこを飲み終わったらしい財前は缶をごみ箱へ投げる。ミスれ!思わず力んで言ってみたが、私のおしるこ缶がちょびっと凹んだだけだった。というか何で私がツイッタやってんの知ってんだろう。ああ、そういえば初めて財前と話した日にぺろっとそんな話題だしたかも。


「あ、もしかして財前ツイッタやってんの?やってそうに見えたけど、書き専より見る専?」
「…まあ」
「もしアカウント作ってあるなら探すから教えてよ。ただし、フォローはしてやらねえ!
「いやまあ、はあ、…」


財前にしては歯切れの悪い返事だった。ごにょごにょと何かを言いづらそうにしている。どしたどしたお腹痛い?「ちゃうわアホ」あらそう。しばらく財前は口を開こうとはしなかったので、彼が話したくなるまで待つ事にする。しかしながら暑いね。溶けてしまいそうだよ。背中に伝う汗が私の中で不快感の最高潮を記録した時不意に財前があの、と声を発した。


「<光る善哉>っつー名前、記憶にありますか」
「…光る…善哉、ああ、あるよ。私をフォローしてる人……えええ!まさか君が!ああ、なるほど善哉で財前なわけか!」
声デカいっすわ
い、で!!


殴ることないじゃろがい。睨むと更に鋭い目つきで睨み返されたから私はもう何も言うまい…。つか財前は私をフォローしてたんだね。意外な事実が発覚したわ。汗を拭って立ち上がると私も缶をごみ箱に投げる。ミスれ、静かに言い放たれた言葉のせいで案の定ミスった。だがしかし拾わない!…冗談だよ。


「君がいるならわざわざ呟く必要ないよ。直接相談すれば良い」
「…俺に聞くな言いましたよね」
「だが聞く」
「…」


心底面倒臭そうな顔をされた。しかし財前はやっぱり優しい奴で、ため息を零した後、例えば、なんて恐らく嫉妬の解説だろう言葉を口にし始めた。先輩には好きな人がいないんですかと。え?好きな、人ですか。


「食べ物はありですか」
「人でお願いしま、」
「いません」
「即答」
「強いて言うなら、優しかったアイツら」
「はあ、」
「金ちゃん」
「…」
「財前」
「あの、好きな人って友達ちゃいますよ恋愛的な意味で」
「えー」


そんな人、いるかなあ。うんうん唸る私を見て、財前はいないと判断したようで、困ったように苦笑した。
その時、遠くで金ちゃんの叫び声が聞こえて、いや、どうやらただ私達を呼んでいるだけのようだが。そういやかれこれ30分近く話しているからな。とりあえず嫉妬というものは説明が難しいのだろう、説明を求めるのは諦めて呼ばれた方へ足を進めようとした時、財前が私の腕を引き寄せてそれを阻止した。「簡単に言うと嫉妬って言うんはな、」「え、何」私が言い終わるが早いか否や、彼は私の額に顔を近づけた。否、キスである。


「…!」
「嫉妬つーんはな、こうした時に、ほれ見てみい切原がごっつ睨んどるやろ。あんな感じになることや」
「…ご、ご丁寧に…どうも…」
「ようは独占欲っすかね」


わかりました?みたいな顔されても頷けない。分からないし、ていうかまず君が分からないし!かあっと熱くなる頬を押さえて私は財前の背中をどついた。このどあほう!走り出した私。


もうしばらくは財前の顔も、見れない。



カーマインに酔う
(顔真っ赤やで?)(気のせいだよ金ちゃん)

←まえ もくじ つぎ→

----------
終わる兆しが見えない。つーか夏休み終わる!
1100830>>KAHO.A