夏の記録:29「おい、足はもう大丈夫なのか」跡部に話し掛けられるような気がしていたから彼にバレないように、氷帝のコートの横は通過せず、わざわざ(外から食堂の中に入れる通路を使って)食堂の中をぶっちぎって行こうとしたら、後ろから呼び止められた。あろうことか跡部景吾である。 「あ、ああ、はあ、お陰様で。それでは」 「ちょっと待て」 「ごめんね、待てと言われて待つ奴がいるかってね。なんつってね」 もはや自分が何を言っているのか分かってないのだが、とりあえず脱出を計ろうとした私は椅子に足を引っ掛けて豪快に床に倒れ込んだ。大丈夫か、と跡部が声をかけるも私は無言を決め込む。だってさ、リョーマがあんなこと言うから。あんなことって言うのは、跡部に謝ったらとかいう、あれなわけで。やっぱり跡部は、私の事を面倒な奴で、さっさとおさらばしたいと思っているに違いないのだから。 「お前、アホか」 「何だと、心を読まれた…!?」 「俺様のインサイトで見えないものはねえんだよ」 「普通心まで読めるかっつの」 あーもうやだよめんどくさいよこの人。お家に帰りたいよパパンママン。腕を捕まれて逃げれなくなってしまったので仕方なく近くの椅子に腰を下ろすと、跡部も何故か隣に座った。お前手離せよ、そして出てけよ。 「俺様がお前ごときに腹を立てるとでも思ったか」 「うん、思った。すっげー器小さそうな人だと思ってたからいで」 「殴られたいか」 「もう殴られましたが」 頭を押さえて跡部を睨むと、彼は笑い出して余計ムカついた。なんだコイツ意味わからねえ。 彼は気が済むまで笑うと、いきなり私の頭をぐしゃりと撫でて、ふわりと微笑んだ。うわ、だから嫌なんだよ顔が無駄に良い男っつーのは。そんなに綺麗に笑われたら、何も、言えなくなる。しかしながら惚れんじゃねえよとかとんだ自惚れ発言をされて私はすぐに現実に戻ってきたけど。 「ねえ、跡部」 「ハッてめえも人の名前、ちゃんと言えるようになったんだな」 「まあ」 「で、何だ」 「ごめんね」 一瞬跡部が目を見開いた。こんな驚いた跡部は初めて見た気がする。まあそもそもの交流が少なかったから何とも言えない所なのだが。 彼は謝られる覚えがねえなあなんて、絶対嘘だと言いたくなるような台詞を吐いて立ち上がった。俺はそんなちいせえ事は気にしない男なんだよだって。 「じゃあ立海の奴らは小さい男なんだね」 「俺様に比べちゃな。だが、アイツらは別にお前を嫌っちゃいねえだろ」 「嘘だな」 「嘘じゃないって、自分で分かってんじゃねえのか、アーン?」 「わかんない」 「分からないフリをしてんだろうが」 ほら行くぞと言わんばかりに私の腕を引いて彼は食堂の外に連れ出した。再び照り付ける太陽の下に放り出されたから思わず腑抜けた声が漏れた。案の定跡部に馬鹿にされる。 膨れっ面で前を向くと、ここから見える立海のコートに背を向けたくなった。四天のコートは立海が使っているコートの横を通らなければならない。やっぱり食堂を経由した方がいいと、再び扉を開けようとすると、跡部にそれを阻止された。 「うええ、何それいじめ?」 「堂々と通って行け」 「…無理だよ。私、どうしたら、」 「そんなもん、てめえで考えるんだな」 「えええ…跡部ー…」 私のあまりの情けない声に、今度は明らかに面倒そうな顔をした。あ、器ちいさっ 「何でアイツらが大事だって分かってんのに、分かんねえフリしてんだろうなお前は」 「分かんないフリじゃなくて、分かんないんだよ。私、今までこんな状況になった事ないから」 それに、私人間怖いんだもん。いや、私も人間だけど、人間って腹の中では何考えてるか分からないじゃん。…え?いつからこうなったかって? 私がこんなことを思うようになったのは、確か…そうだ、小学生の頃からだ。私の友達に、それはそれは捻くれてて意地悪な子がいてね。でもその子、小学生の癖に外面だけは無駄によくて、性格が悪いなんてぱっと見分からないんだけど、私はそれに騙されてたんだよね。そいつ、私が嫌いだったらしいんだ。私は、その子の親友やってるつもりだったんだけど。 そんで、それを知った私は傷ついて、ムカついたから仕返しした。 その子は本当に性格悪かったから、やっぱり皆に嫌われてて、だから女の子全員を味方につけて、同じことした。仲良いフリして、頃合いを見て突き放した。 「おま、それ自分の方が性格悪いだろうが」 「うん。すぐに気づいた。あれ、私最低じゃねって」 そうしたら自分が嫌いになって、その時小学3年くらいだったかな。 仕返しした事に後悔は皆無ですが、今も。それでも自分って嫌な奴だなって思って毎日過ごしてたらさ、性格が少し歪んでね。 「それで、アホな私にも知恵がつき始めた小4」 「大分遅いな」 「うるさい。その時、私気づいたんだよ。世の中嘘ばっかじゃんって」 例えばテスト前になると、皆表向きは「やってない」って言う癖に実際はやってやがるし。更に例えば、親友と同じ男が好きになった時はもう昼ドラ並にどろどろの腹の探り合いで、さらには「私可愛くないよー○○ちゃんのが可愛いよー」なんて事まで言い出すし。嘘つけ自分が一番と思ってんだろうが、みたいな。 「ああ女って怖い」 「、お前もしかしてそんなふざけた理由で人間不信まがいな事ほざいてんのか」 「ふざけてないよ、真剣だよ」 「…なるほどな、お前は純粋過ぎて、皆当たり前にやる多少の薄汚い事に免疫がなかったというわけか」 知らないよ。あ、一番辛かったのは小5の時のいじめかなあ。私がこんな捻くれてたから、ついに皆に嫌われててベランダから突き落とされそうになった。怖かったな。 ちなみにそこで私を助けたのはで、あ、って言うのは私の親友。彼女どうやって私を助けたと思う。私を突き落とそうとしてた子を、突き落とそうとしたんだよ。恐ろしいよね。 「死によって死に償えだって。名言」 「…ろくな友達じゃねえな」 「その頃は、ちょっと早い中二病だったからね」 だいたいの理論なら、その子落とした後自分も死なないとなのにね。馬鹿な子だなって思ったんだけどね、直感では良い奴だって感じた。意味分からない?だって直感だし。 「どうだヘビーな人生だろう。こんな事があってゆっくり歪んで歪んで歪んで歪んで歪んで歪みまくったんだ」 「お前がどこら辺から足を踏み外したのかもよく分かった」 頭を押さえて彼には珍しく弱々しく私に笑ってみせると、ふと視線を私より後ろに向けた。つられて振り返ると、そこにいた財前とばちりと目が合う。驚く半面、財前に対して謝るコマンドが浮上してきたため、咄嗟に頭を下げた。迷惑かけてすんません。ラケットで肩を叩いていた財前はそれを下ろして、その面で私の頭を軽く叩いた。しゃーない人っすわ、ホンマに、優しい声色につい甘えたくなって、彼に余計申し訳なく感じていると、跡部が私を財前の方に押しやったので、何するんだと口を尖らせる。 「丁度良いからこの面倒臭いの引き取ってくれ」 「そのつもりっすわ」 「うっわ器小さっ、嘘つきじゃん、やっぱ私が嫌いなんじゃんか最低ー」 「ちげえよ」 跡部に背を向けて歩きだした私の腕を掴む跡部がこれまた面倒そうな表情を浮かべる。なんだー文句あっかあ。お前が嘘ついたんじゃんよ。 「お前は確かに面倒臭せえ女だし根性曲がってやがるが、別に嫌いじゃねえよ」 それだけ言って、照れ臭かったのか、フンと鼻をならして氷帝のコートの方に歩いていってしまった。何だ今の。財前と顔を見合わせた後、私はふきだした。跡部に告白されたー!ちげえよなんて彼の声が聞こえてきそうだけど、気にせず私はげらげら笑っていると、いつの間にか隣にいた財前は私の数十メートル先を歩いてやがるから、それを慌てて追い掛けた。私を引き取ったくせに置いてくとか…、置いてくとか……淋しくて死ぬぞ!「勝手に死んどけ」うわ、タメ口! 「つーか、別にあの人だけちゃうし」 「は?」 「…アンタ嫌いな人なんてここにはいないんとちゃいます?」 「何のハーレム?ていうか財前、それ遠回しに私に告は、」 「先輩ちょっと黙っといてください」 「えー」 理由はいたって簡潔で (どんなに根性曲がってたって、)(アンタは知らなくてもいい孤独を人一倍知ってるから、皆ほっとけないんだ) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 長いな、夏。 1100827>>KAHO.A |