夏の記録:28「それじゃあ先輩、お願いしますね!ホントにお願いします!」小坂田さんは、それだけ言い残して驚異のスピードで立海のコートの方に走って行った。それはもう予想外の速さで私は愕然としつつ、彼女の背中が見えなくなってから、ゆっくりと頷いた。そしてそんな私を、隣にいた竜崎さんは苦笑しつつ、朋ちゃん、足速いんですと見れば分かることを口にした。 さて、立海から青学の担当に移ることを許された私は真っ先に小坂田さんに迷惑をかけることになる。彼女はどうやら青学のリョーマ様とかいう少年にぞっこんラブらしいのだ。私が立海の担当から外れた代わりに、小坂田さんが青学から立海に移ったのだが、そのリョーマ様と離れるのは少し残念なようだった。そんな事もあって、遺言的なノリで私は彼女にリョーマ様へ言伝を頼まれていたわけなのだ。 「つーかどれがリョーマ様だよ」 皆のタオルを抱えて青学コートを見回すがどれも同じ顔に見えるのは私の目がおかしいからだろうか。ため息を漏らすと、丁度通りかかった竜崎さんが不安そうな色を浮かべて私の顔を覗き込んだ。どうやら立海レギュラーと私とのイザコザをかなり気にしているらしい。私の問題なのに。ああ、大丈夫だよ、彼女が口を開く前にそう告げると、彼女はまだ納得のいかない顔をしながら頷いた。 「ごめんね、担当変えたいだなんて我が儘言って。迷惑だよね」 「あ…それは、いいんですけど…」 「うん?」 「立海の人が、さっきから先輩の事見てますよ…?」 うん、知ってる。けど知らないふりしてるの。もう顔も見たくないから。アイツらわけ分からないしね。私は今まで散々仲間だとか、信じろだとか言われてきて、馬鹿みたいだけど私はちゃんと信じてた。それにアイツらはと同じくらい大事な友達だって思えてた。でも結局嘘。私がいくら信じたところであっちが私を信じてなかったんだ。ばっかみたい。疑われて?向こうが勝手に腹立てて私を嫌いになって?ふざけんな。 「もう、幸村先輩達の事嫌いなんですか…?」 「…うん、嫌いだよ」 「…そんなに泣きそうなのに?」 「これは、自分が惨めだからだよ。裏切られたーってね」 「私は、そうじゃないと思います」 「え?」 竜崎さんは立海のコートの方へ視線を移し、そして目を伏せた。幸村先輩達も辛そうです、そう言いたげな顔。そらそうだわ。唯一のマネージャーをなくすんだもん。つまり、雑用をやる人がいなくなるってこと。 もう行こう、タオル配らないと、そう彼女の手を引くとそれを振りほどくように竜崎さんは私から離れた。竜崎さんが今にも泣きそうなんだがどうしたらいい。 「幸村先輩達が、…先輩がそんなに辛そうなのは、」 「ねえ、タオルくれない?」 不意に声をかけられて振り返ればそこにいたのは帽子を被った少年で、見た目から判断するに中1かな。謝ってすぐにタオルを手渡すと、竜崎さんは彼の事をリョーマ君と言った。へえ、コイツが。 「あ、そうだ君に伝言があるんだよ」 「…何」 「小坂田さんが、『めっちゃ応援してるから頑張ってねリョーマ様ー』って」 「…ふーん、そう。俺もアンタに伝言がある」 「へえ、誰から?」 「切原さんから」 「……言わなくていいよ、聞きたくない」 「へえ、アンタ今までそうやって逃げてきたんだ?」 ぴくり、と背を向けて歩きだした私の足が止まった。カッコ悪、リョーマが呟く。別に良いよカッコ悪くて。私は自分が傷つかなければそれでいいんだ。思ったけど口に出せなかった。リョーマの視線があまりに鋭く突き刺さって、背中に嫌な汗をかいた。ギラギラ光る真夏の太陽の下でじっとしているもんだから暑さで気分が悪くなりそうだ。 「アンタさあ、どんだけ人に迷惑かければ気が済むわけ。夜中アンタを総出で探して、今度は担当変えさせて。アンタんとこの部員は伝言まで頼んでくるし」 「ちょ…リョーマくん、」 「ごもっともです」 「自覚してんなら直してよね。練習時間割かれんの嫌なんだけど」 「すいませんでした」 「ていうか、俺よりあの人に謝ったら?」 リョーマが向けた視線の先には跡部がいて、氷帝のコートの中で一人指示を出しまくっている。忙しそうだなあ。確かに私のせいで彼は練習時間をまともに取れていないかもしれない。しかも、もし私が昨日、あのまま崖から落ちていたら合宿主催者であり、この場所の所有者でもある跡部に責任が回ってくる可能性が高いわけだ。 「おい、越前!」 「あ、大石先輩」 彼が再び言葉を発しようとして、大石先輩とやらがそれを止めに入った。どうやら一部始終を見ていたらしい。私に申し訳なさそうな視線を送ってきた。いや、別に気にしてないですけど。誰かに言われると思ってましたから。例えば財前とか。 「…さんごめんね、越前に悪気はないんだ」 「はあ」 「本当にごめんね。…あ、そうだ。今は手伝って欲しいことないから、四天宝寺の所に行ってきていいよ。竜崎さんも氷帝に。ね」 「はあ、」 体よく追い払われている気がするがまあいいや。タオルをベンチの端において、四天のコートに向かおうとした私だったが、リョーマはその場で私の事を大声で呼んだ。 「ねえ!」 「…はい?」 「『先輩は勘違いをしてます。とにかく一度だけでいいから話をさせてください』」 「…は?」 「って、切原さんが」 「ふうん」 「一回くらい話聞いてあげれば?」 口をきゅっと結んで、立海のコートを見つめた。今は皆試合をしていて、誰ひとりこちらを向いていなかった。 わたしの唇は愛を知らない (好かれてる?そんなの知らないよ) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 何かよく分からなくなってきた笑 1100827>>KAHO.A |