夏の記録:26先輩がいなくなった。季節は夏だと言っても、時刻は9時を回っていて、もう辺りは暗い。それにここは山奥なだけあって街灯なんてものはなく、夜になると本当に闇に染まるのだ。そんな中、先輩は駆け出して行った。しかも足を怪我しているのに。俺は止められなかった。仁王先輩の手を振り払ってそうしたように、先輩に拒絶されることを恐れた俺は、動けなかった。「で、一体どういうこと?」 先輩の捜索は一旦他校に任せ、俺達立海は食堂に召集された。今すぐにでも探しに行きたいのに、そうできないのがもどかしい。幸村部長が、立ち上がって俺と仁王先輩を見た。逃げるように視線を逸らすと、部長は俺の名前を呼ぶ。怒られるよやべえ、俺は肩を竦めて、でもこのまま黙っているわけにはいかねえから、口を開きかけた。しかし、それより先に仁王先輩が、勘違いぜよと言う。 「は?何。勘違い?」 「ええ、仁王の言う通り。コイツ等の話が本当ならは勘違いしてる」 「原西は何か知ってるの」 「幸村達が来る前に仁王からだいたい話聞いたから」 若干不服そうな色を浮かべる部長は、原西からすぐに俺らに視線を戻して、説明を求めた。俺は俯いたまま、アイツの悪口を言った事を告げる。するとわざとらしく部長がため息をついてみせて、余計に居心地が悪くなった俺はすんませんと呟いた。でも俺だけのせいじゃなくね。ちらりと丸井先輩の様子を伺うが、先輩はまだ機嫌が悪いようで、椅子に座ったまま明後日の方を向いていた。どんな喧嘩も数時間でけろりと忘れるあの丸井先輩がそんなに怒るなんて、一体先輩と何があったんだか。 「アイツって言うのは、財前の事だね」 「……ウィッス」 だって先輩とずっと一緒にいやがるから。俺ら立海に近づくなって、そう思って俺は…。 俺と仁王先輩が話していたことを事細かに部長や、そこにいたメンバーに話すと、案の定真田副部長がご立腹のようで、テーブルを殴るように叩いた。馬鹿者!、そう怒鳴られ、日頃鍛えられた素早さで仁王先輩の後ろに隠れる。 「真田落ち着いて。とにかく、はお前達の悪口の相手が自分だと思ったわけだね」 「…そッス」 「…ずっと思ってたけど、アンタらさあ、こんだけあの子と一緒にいて、…合宿の前はあんな事があったのに、まだわからないわけ?」 俺の前に立つ原西先輩は、睨み上げるように俺を見た。部長が彼女を止めに入るが、邪魔をするなと部長を押しのける。幸村部長も圧倒する程威圧的に見えた。 怒ってる。原西先輩が、先輩の事で、怒ってる。 「確かに、あの子は友達を気遣うだとか、ある程度の事を寛大な心で受け止めるとか、そういうのが苦手で、アンタらも嫌な思いしたかもしんないし、…だからに非がないなんて言わない。けど、あの子が戸惑ってるのわからない?エゴじゃなくて誰かを信じてみようって、怖いけど向き合おうとしてたのが分からないの?」 俺に噛み付くんじゃないかって勢いで、原西先輩はつかみ掛かった。でも俺達は何も言えずにただ彼女の話に耳を傾ける事しかできない。が一度でも立海が嫌なんて言った?原西先輩の問い掛けに誰もが今までの事を思い返していたに違いない。俺もそうだった。 先輩はこの合宿で、立海の事を、俺らを、悪く言ったことなんてなかった。立海が良いって言ってた。なのに、俺は、先輩にひでえ事言った。どこにでも行っちまえって、言った。 「は拒絶される事を極端に怖がってる。私達にとっては気にする程でもない些細な陰口とか、ちゃかして終わるような嫉妬とか、…まだどこかで皆を信じ切れてない、あの子にとっては、見方を変えると『自分を否定された事』に繋がるんだよ」 切原や仁王のせいだけじゃない、アンタら全員の責任だよ、冷たく言い放つ原西先輩に誰も、何も言おうとはしなかった。恐らく誰もが、少なからず先輩に辛く当たってしまった事に心辺りがあるのだろうから。先輩を探すためにばたばたと走り回る足音を遠くに聞きながら、俺はしばらく黙っていると、原西先輩が丸井先輩を呼んだ。先輩は最初、無視をしていたが、原西先輩が自分の前に立つと、眉を潜めて顔を上げた。 「…あ?何だよ」 「、丸井の事気にしてたよ。アンタ何言ったの?」 「…」 「どうせ自分の感情だけ押し付けたんでしょ」 「…だって、は、」 「自分は立海が好きで、一番信頼してるのに、実際立海の仲間からは『どうせ他校が良いんだろう』なんて言われて、は腹が立ってただろうね。普通にしてるだけなのに皆には喧嘩吹っかけられるし」 「…お前にアイツや俺らの何がわかんだよ!俺らはお前よりとずっと一緒にいたんだぜ!?」 「わかってないのはそっちだよ」 「…」 「…このままじゃあの子、エゴに戻るわよ」 原西先輩に苛立ちを覚えた。自分だって最初は先輩を追い詰める側だったくせに。しかし文句を垂れたって仕方がないことくらい、分かっている。それに今は悔しいけど、俺達より原西先輩の方が先輩を理解しているような気がした。 現状をある程度理解したらしい柳先輩が部長の方に目をやる。を探しに行こう、そう言っているようだった。そうだ、今は落ち込んでる場合じゃない、先輩に会って、謝らないと。いてもたってもいられなくなり、走り出した俺だったが、柳先輩がそれを止めた。思わずコケそうになりながら振り返る。何なんだよ!早くいかねえと、… 「まあ待て。闇雲に探しても意味がないだろう。…が走って行ったのはどっちだ」 「確かあっちの方ぜよ」 「…雑木林の方、か」 何かを考え込む柳先輩だが、俺からしたらそんなのどうだっていい。再び急かそうとした時、跡部さんが焦ったように走ってくるのが見えた。そして跡部さんはすぐに落胆の色を浮かべる。どうやら先輩がここに戻って来ているんじゃないかと思ったらしい。 「その様子じゃ、は見つかってないようだね」 「…ああ」 「合宿所から出たとかないわけ?」 原西先輩は部長達の会話に口を挟んだが、跡部さんはそれに答えずに、そのまま口を閉じてしまった。何かあるのかと柳先輩が問いただす。跡部さんには珍しく言いづらそうに瞳を揺らした。「…実は一カ所、探してない所がある」「雑木林の奥だな」まるで確証を得たように柳先輩が言った。 「開会式で跡部が言っていたのを思い出した」 「…な、何をッスか」 「雑木林の奥には近づくなってね」 確かに、そんな事を言われたような気がする。でも雑木林の奥なんてボールを取りに行くくらいしか用はないし、だいたいコートには高い柵があるから、とんでもないミスショットをしないかぎりボールを取らないといけない状況にはならない。だから聞き流していたけど、…それが一体何だってんだ。 跡部さんに視線を移すと、彼はゆっくり口を開いた。 「まさか奥に入っているとは考えていなかったし、暗い中での捜索は危険だから雑木林の途中までしか捜索はさせなかったが、」 「…な、何スか」 嫌な予感がした。さすがの丸井先輩も、跡部さんの方を見つめ、彼の言葉を待っている。 「雑木林の奥には、…崖があるんだ」 跡部さんの言葉に一番に反応して誰の制止も聞かずに走り出したのは丸井先輩だった。 言葉がいつも邪魔をする (俺だって、) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- この人たち喧嘩してばっかじゃねえか。 1100820>>KAHO.A |