夏の記録:24

「…丸井何してんの?」


合宿所の入口付近のベンチに腰掛けてぼーっと空を見上げる丸井を発見した私は、小走りに駆け寄ると彼の顔を覗き込んだ。私を見つめ返した丸井はしばらく何も言わずにそのまま視線だけをこちらに向けている。私が再び丸井?と口を開くと、彼は小さくため息を漏らして、別にと視線を落とした。変な丸井。コートからもランニング場からも大分離れたこんな所にいるなんてさ。


こそ何でここにいんだよ」
「今から夕飯の買い出し行くの」
「ふうん。足怪我してんのに」
「…まあ」


ジト目だ。最近よく見るようになった丸井のジト目だ。コイツがこういう目をしている時は大抵私の考えを見抜いている時である。そんな丸井のジト目に耐え兼ねて、それでは買い出し行ってきますと逃げるように歩きだした私だったが、丸井が腕を掴んだからすぐに足を止めるはめになる。


「…何ですか」
「お前足怪我してんのにそういう面倒せえ事ばっか引き受けんなよ」
「…し、仕方ないじゃん。押し付けられたんだよ跡部ちょんに」
「嘘つけ」


何故分かる。丸井はベンチに座ってるから私が丸井を見下ろす形になっているが、如何せん丸井のジト目が痛すぎて下からの威圧感が、威圧感が…パネェ。おかしいな、私も目一杯丸井を見下そうとしてるのに。
ホントはどうなんだよ、丸井はラケットで私の足をつく。くじいている足に大したダメージはないが、ふらついた私は丸井を睨むと、睨み返されて(コワッ)すぐに目を逸らした。すると丸井は急に立ち上がったもんだから、思わず私は肩をびくつかせる。情景反射というやつだ。殴られるー、というね。しかし実際は私が殴られるなんて事はなかったわけだが、代わりに近くの壁に押し付けられて身動きが出来なくなった。えええ。


の事だからどーせ自分から買い出しに行くっつったんだろい」
「めんどくさがりな私が何でわざわざ」
ああ、確かにな
あー、ちょっとは否定して欲しかったなさん


まあ彼の言った事は当たりなんだけど。だって合宿所にいたくなかったから。私の顔の両横に手をついた丸井は、お前さあと唸るような声を出す。うえええ怒ってらっしゃる。しまったなあ。おしるこ用意してないから穏便に事を運べねえ。


「俺らの事避けてんだろい」


彼の台詞に思考回路が停止した。
あ、バレてる。そう思ったのは約10秒後の事。丸井は私の無反応を肯定と取ったらしく、何でと小さく声を漏らした。しかしそれに答える気はさらさらなく、やっぱり鋭い人にはバレるんだなあと、ただそう考えていた。私が合宿所にいたくなかったのは勿論丸井達と一緒にいたくなかったからで、何故かと問われるとその答えは君らを恐れていたから、で丸井には通じるだろう。


「何で避けんだよ」
「うええ避けた覚えないでごわす」
「避けてんだろい!」
「ちょ、穏便に行きましょうよ。ほら、ガム噛んでる?」
「真面目に聞けよ」


若干胸倉掴まれるんじゃないかって程の空気が漂ったから私は口をつぐんだ。困ったなあ。そろそろふざけただけじゃかわせなくなってきた。やっぱり丸井は簡単にはぐらかせないか。
それでも話を逸らそうと丸井を押し返すが、女の私が敵うわけないか。丸井の表情も彼が俯いてるから伺えないし。困った。しばらくミンミンうるさい蝉の声に耳を傾けながら、じっと彼が私を解放するのを待っていたが、不意に丸井が掠れた声で私の名前をつぶやいた。


「何?」
「…そんな四天宝寺のが良いのかよ」
「…は?」
「だから、四天宝寺の方が、…好きなのかよ」


意味わかんない。いや、意味は分かったけど、何でそんな事聞くのか理解に苦しむわ。ていうか腹立つ。何なの、まるで私が悪いみたいな喋り方。私悪くないよね。何だか真面目に話すことが馬鹿馬鹿しく感じられて、顔を上げた丸井にニコリと微笑みかけた。


「丸井って理解不能」


丸井が大きな目を更に見開いて私を見つめた。は、今なんて、そう言った丸井に同じ言葉を繰り返した。するとすぐに彼の表情に怒りの色が表れ、やっぱり私の胸倉を掴んだ。更にそこまで言う必要あんのかよと喚き立てられちゃたまったもんじゃない。


「あのさあ、丸井いい加減に、」
「あー!お前に何しとんのや!!」


バタバタと猛スピードで走って来るヒョウ柄が見えたと思えば、それは金ちゃんで、彼は丸井に飛び蹴りを繰り出す。ギリギリの所でそれを避けた丸井は、金ちゃんと私を交互に見た。しばらく丸井と金ちゃんは対峙していたが、後ろから再び足音が二つ近づいてきた。それはどうやら金ちゃんを追いかけて来た足音のようだった。


「金ちゃん、いきなり走り出してどないしたんや」
「ホンマお前のお守りする俺らの身に、」


誰かと財前だった。誰かの方は確か以前見たことがある。初めて金ちゃんと会った時にいた気が。めんどくさそうな人だったからあんまり関わらないようにしてたんだけど、そしたら案の定名前忘れた。財前は不穏な空気を感じ取ったのか、言いかけていた言葉を止めて私達を見た。どうしようかと動けずにいると、金ちゃんが私の腕を財前達のいる方に引いた。


「今アイツがに掴みかかってたんや」


ホンマなんか、そういう目で財前が私を見たから曖昧に笑って見せると、おもっきし殴られた。うえええ!丸井よりひでえよ!これどうなの金ちゃんっ…て見てねえし!


「…あー…のさ、大した事ないから、皆練習戻っていいよ」
「大した事なくないやろ。アンタと、あの人の顔からして」
「ほんと、大丈夫だから」


それにしても暑いねーと無理矢理話題を変えようとタオルで汗を拭う。
ジャリ、といきなり丸井が足を踏み出したから私は馬鹿みたいにびくりと肩を揺らした。自分から拒絶しておいてビビるとか、私は馬鹿か。


「…もういい。…どーせそっちのがいいんだろい」
「は…さっきから丸井、意味わか、」
「理解不能で悪かったな」


突き刺す様な視線を向けられて、私は逃げるように視線を落とした。私、悪くない…でしょ。何で、こんな。
ぐしゃっと頭をかいた丸井は腹立たしそうに地面を蹴ってから私の横を通り過ぎていく。動けなかった。怖くて、息もできなくて。だって今まで、丸井にこんな突き放された事はなかった。


「お前なんかどこにでも行っちまえ」
「おい、お前そんな言い方はあらへんやろ!」


先輩なんかもう知らね。どこにでも行けよ−

−アンタ不器用だから言っとく。もっと気にかけるべき事があるってこと、忘れないでよね−

ちゃんと気にかけてたよ。私の何がいけなかったの。何も悪くないでしょ。


「はあ?忍足には関係ねえだろ」
「確かに関係ないかもしれんけど、」
「黙って」
「…、」
「さっきから何。…最初に、…最初に私を遠ざけたのはそっちでしょ!」


一瞬怯んだように見えた丸井は、うっぜーなんて呟いてコートの方に戻って行った。無茶苦茶苦しくて、涙が零れそうで、私はその場にしゃがみ込んだ。こんなはずじゃ。こんなはずじゃない。


「…


金ちゃん大丈夫だよ、嗚咽混じりに発した声は思った以上に弱々しいもので、とても頼りなかった。
信じるんじゃなかった。だからエゴで固めてれば良かったんだ。私にはやっぱりだけで、ああ、最初から分かってたのに、心のどこかでアイツらを信じたい自分がどこかにいて。
涙を堪えて顔を上げると、私の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ財前が、私の頭にぽんと手をおいた。


「何で我慢するんや」
「…だっ、て」
「そういうんは我慢するもんとちゃう」


優しい声色に我慢してた涙が抑え切れ無くなって、関を切ったようにわーわー泣いて、その間ずっと財前は傍で頭を撫でてくれていた。




願うばかりでたいていは裏切られる、そう今も
(信じた私が馬鹿だった)

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マネジ約一ヶ月ぶりの更新!
財前めっちゃいい奴じゃん。もう財前とくっつけばいいんじゃないかな笑
謙也の登場シーンが少なかったからまた出してみたけどやっぱり少なくて余計哀れだ。
1100817>>KAHO.A