夏の記録:23

「びっくりだわ」


財前が出て行ったのち、私の手当てをしながらソノちゃんが呟いた。何が、そう聞き返す。彼女はフッと笑って私を見上げた。「四天宝寺に心開いちゃって」
別に開いたつもりはなかったけど、でも前の私みたいに初めてあった人にボーダーを引くのはどうかと思ったから、そうしてないだけ。


「他の人と仲良くなろっつーのを邪魔する気はないけど、アンタ不器用だから言っとく」
「…うん?」
「もっと気にかけるべき事があるってこと、忘れないでよね。私がとばっちり受けんの。…アイツらもアイツらだけど」


手当てが終わったらしいソノちゃんは立ち上がる。彼女が何の事を言っているのか、なんとなく分かっていた。でも、どうしたら良いか分からないというか、自分としては気にかけてるつもりなんだけど。
私達は医務室から再び蒸し暑い外に出ると、赤也が駆け寄ってきた。ソノちゃんに軽くひじで突かれる。


先輩探したッスよ!何かこれからタイム計るから来れるなら来てくれって部長が」
「ああ、うん」


赤也に腕を引かれて歩きだした私だったが、ふいに名前を呼ばれて振り返った。そこにいたのは蔵石君だった。さっきぶりやな、なんてどうでもいい挨拶をされてぎこちなく頷く。私の腕を掴む手に少しだけ力が篭った気がした。彼に用件は何か尋ねると、どうやら蔵石君はAコートの使用時間帯の紙を探しているらしい。
この施設は、コートごとに設備が少しずつ違い、そのコートでやれる事も変わってくる。だから一定時間でコートを交代するのだが、その事を詳細に書かれた紙は部長に配ってあるのだ。


「あ、そうだ。蔵石君に渡しておけって跡部ちょんに言われてた。私が持ってる」
「ほんまに?」
「うん、でも私の部屋だから今取りに行って来ようか」
「ああ、すまんな。俺もついてくから」


タイムはソノちゃんに任せて私は宿舎に戻ろうとするが、赤也は私の腕を離そうとはしなかった。驚いて彼を見つめると、彼は私から目を逸らして、駄目ッスよ、と呟いた。行ったら駄目ッスなんて。


「…。でもね…マネージャーの宿舎には男子だけじゃ入れないし、私が行かないと」
「原西先輩と同じ部屋なら原西先輩が行けば良いじゃないッスか」
おいよく私の前でそんな事言えるな切原


ホントだよ。ちょっとソノちゃん憐れ、と彼女を見つめていたら殴られた。「お前にそんな顔されると腹立たしい」「えええ」
ていうかホント、赤也手離してくれ。動けないし、暑いし。しばらく赤也と対峙していると、たまたま通りかかった仁王までやって来る始末。


「何、修羅場なん?」
楽しそうに言うな


とりあえず軽く状況説明すると仁王は赤也の頭を小突いた。「離してやりんしゃい」さっすがー仁王は話が分かる男!「あとで1000円な」「たかがこれで金取るのかよ最悪だな、さっすが詐欺師」「それ程でもないぜよ」「はは、褒めてねえええ」
仁王とのコントも早々に、私は蔵石と宿舎に向かおうとした。


「…先輩なんかもう知らね」


どこにでも行けよ、吐き捨てられた言葉を私は確かに聞いた。その言葉には、別の意味も含まれているように聞こえた。前までだったら、…前の私だったら、たかが宿舎に戻るくらいで何を、なんて思えたかもしれない。でも、今の私にはたかがとは笑い飛ばせそうになかった。だから聞こえないフリをした。




「切原君に謝っといてくれへんかな」


部屋の前で待っていた蔵石君に紙を渡すと彼はそう言った。はい?首を傾げる私。
別に蔵石君が謝る事じゃないと思うけど。意味分からないね君。面倒だから心に留めておこうと思っていたその言葉は、意志に反して零れて行った。蔵石君は目を見開いて私を見つめたが、しばらくして関を切った様に笑い始めるから逆に私が呆然とした。


「え、何。え?」
「いやあ、さんて、予想の真逆を行く人やな思って」
「どんな人間だと思ってたんだよ」
「異端児的な」
うわさいってー


え、無茶苦茶失礼じゃないこの人。腹が立って、彼をその場において歩き出すと、蔵石君は慌ててついて来た。謝罪しながら。謝るならせめて最初からオブラートに包んで言って欲しかった。


「俺な、さんて普通の女子と同じかと思っててん。まあ同じやったんけど」
何が言いたいんですか
「んー、普通に人の目、気にするし、無茶苦茶臆病なんねんなさんて。でもその割に人の目を゛気にしてないように見える。゛俺らが怖いんやろ。ちゃう?でも隠しとる。悪く言えば外面だけよくしとる、みたいな」


わざわざ悪く言わなくて良いよ。
思わず立ち止まって彼を顧みた。彼はビンゴやろと言うように私に笑いかける。今気づいた。コイツただの中2病じゃねえ。…何者。目をあわせていられなくて、思わず俯いた私は財前も、と口を開いた。財前も近い事言ってた。


「ああ、やっぱな」
「まあ二人とも正解なんじゃない?ごめんね、こんな変な性格で」
「いや、普通やろ。でもさんの普通じゃない所っちゅーのが、そうやって自分認められる所」


かっこええで、ぐしゃりと頭を撫でられて、思わず俯いた。なんだ。自分を理解してくれる人って他にもいるじゃんか。怖がる必要なんて、やっぱりどこにもなかったんだなって、ちょっとだけ、安心した。




綺麗に笑う
(てかほんと、無駄に輝いてるなこの人)

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なかなか先に進まないなあ。

1100719>>KAHO.A