夏の記録:22

空になった洗濯カゴを抱えて干し終えた洗濯を眺め息をついた。振り返るとここからは氷帝コートがよく見えた。小坂田さんがタオルを配ったりなんだりで走り回っている。
私は停電事件で足を捻挫してしまったため、幸村や跡部ちょんに今日は簡単な仕事だけでいいと言われてしまった。大した事が出来てないからちょっと申し訳ない気持ちになる、ようなならないような。実際は楽出来るからラッキー、みたいなね。ニヤニヤと優越感に浸りながら練習風景を眺めているとキノコがこちらに振り向いた。ガン見だ。ガン見。な、何だよ。とりあえず手を振ってみるとキノコはあからさまに嫌そうな顔をしてから頭を下げた。むか。


「おいキノコ。その態度はなんじゃい」
「何ですか。無視してないですよ」
「そういう問題じゃないよ。愛が足りない愛が」
「殴られたいんですか、ラケットで
いいえ


あれデジャヴュ。前に言われたようなないような。いや、それって私皆にひどい扱いされてるって事だよね。信じない、信じないぞ私は。「何震えてるんですか」「いやちょっと自分の扱いの酷さに気づきそうで震えてた」「今更ですねえ?え、何?キノコが喋ったように見えたけどきのせいだよね。


「キノコを都合の良し悪しで使い分けるのやめてください」
「ていうか私君の名前知らないし」
「教えてないですしね」
「教えて」
「個人情報は人になるべく言わないようにしてるので」


えええ名前もダメなのかよ!え、君じゃあなんて呼ばれてるのさ皆に。人に名前教えない奴とか初めてなんだけど。あのスーパー反骨精神の塊、財前でさえ教えてくれたよ。


「お、立海のマネージャーさんやん」
誰だお前


いきなり髪がふぁっさりした丸眼鏡が話しに割り込んできた。そういやコイツソノちゃんを狙ってる雰囲気を醸していたから名前は知らないが、私が警戒していた男だった。その割に今の今まで忘れてたけどな。
彼は私の反応に若干驚いたようで、噂以上の奴やななんて苦笑した。


「ねえキノコと同じ学校?エセ関西弁とか腹立たない?眼鏡べっきべきにしたくなるよね
「まあ」
「怖っお前ら怖!つかそこ否定せえや日吉!」
「日吉?誰それ。コイツはキノコだよ」
「いや日吉やから」


何故私が知らなくて、ふぁさ男が知っている。きっとふぁさ男は違う名前を教えられたに違いない。だってキノコは個人情報保護ってんだろ。だか、「何を考えてるか分かりませんけど俺の名前は日吉若ですから」えええ。


「何でふぁさ男に教えて私に教えないんだよー!」
「今言ったじゃないですか」
「ああそっか」
さんって馬鹿ですね」
「な、!」


先輩に対してなんちゅー態度とりやがるんだよ。むきいいいなんて日吉を睨んでいるとふいに、あーっ先輩!と誰かに腕を掴まれた。あら、小坂田さん。
小坂田さんは汗だくで、肩で息をしている。お疲れ様です。


先輩は怪我してるんですから休んでないと!」
「大した怪我じゃないのに」
「ダメです!…って、先輩足腫れてるじゃないですかああ!」
「えー…どうりで痛いと」
「私達跡部先輩に召集かけられちゃってるんで、別の人を捕まえて医務室まで連れていってもらってください!」


医務室くらい一人で行けるのにと一人ごちたら小坂田さんはキリッと私をみた。「さん絶対に迷います」ですね。
しっかりしてるね、と日吉に耳打ちしたら貴方よりはと返された。ちくしょう。


「あ、丁度良いところに!白石先輩、財前先輩ー!」


たまたま近くにいた二人は小坂田さんの声でこちらに振り返る。彼女は彼らに私の事を説明すると蔵石は快く引き受けやがるから、氷帝ズは私をおいて跡部ちょんの方に行ってしまった。


さん無理したらアカンで」
「…あの、私一人で行けるから練習戻って良いよ」
「いや、丁度俺らさんに用事あったしな」


私に、用事。雑用でもやらされるのかと身構えていたら、蔵石は、財前がなあ、なんて口を開いた。


さん心配しまくっててん。だから無理してないか見に来たんや」
「え?」
「は、白石部長冗談キツイっすわ」
「気にしとったやろ。足の怪我の具合とか切原君に聞くくらいやしな」


あれはちゃいます、と何故か私を睨みながら財前は言った。別に私は何でも良いけどね。端から誰かの心配なんて期待してないっていうか。私の心配はアイツらがしてくれれば満足だから。


「ま、ということで財前、連れてったり。小石川がいるから平気や思うけど、俺は皆のところ戻らんと。部長やから」
「…」


取って付けた様な言いわけだな。結局蔵石も押し付けるのか。良いよもう。軽くいじけていたら小さくため息をついた財前が私の腕を掴んだ。さっさと行きますよ的なオーラだ。蔵石は笑顔で見送り財前はそんな彼を顧みずにずんずん歩いていく。


「……アンタ、人見知り激しいやろ」
「…薮からスティック」
「古い」
「ごめん」


彼はこちらをちらっとも見ずに口を開いた。どうやら私の態度が気に食わないらしい。


「立海の奴らと接し方がちゃう」
「うん、違うね」
「何か腹立つねん」
「えええ」
「他の奴らと仲良くなるの諦めてるように見える」


いや諦めてるわけじゃないんだけどね、やっぱりまだ私のエゴが拭い去れないというか、立海の奴らは信用できるけど、別の人達はまだ怖いような怖くないような。


「ま、別にええっすけど、アンタを気にしとる人への態度はもうちょい考えた方がええで。…例えば白石部長とか、」
「財前とか」
「は、ちゃいます。自惚れんな」
「いて」


冗談なのに。

医務室についた私は財前に椅子に座るよう言われて、その通りにすると、彼は包帯を巻き直してくれようとしてるから驚いた。練習に戻るかと思ったのに。


「…あのさ、」
「なんすか」
「財前て赤也に似てるね」
「…嬉しくないっすわ」


褒め言葉なんだけどな。ぶきっちょなところとか特に。あからさまに嫌そうにした財前の頭をわしゃわしゃ撫でて、目を逸らす彼にフッと微笑んだ。


「心配してくれてありがとね」
「……まあ、」




生憎照れ屋なもので
(あ、やっぱりここにいた。…財前君、練習に戻って。後は私がやるから)(あ、ソノちゃん)

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着地点を見失った。

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