夏の記録:12雨だか涙だか分からないけど顔をぐしゃぐしゃにした私は制服の袖で顔を拭う。制服もびしょ濡れだからあんまり意味がないんだけど。「風邪引くッスよ」 一人のはずなのに、不意にそう声をかけられた私は伏せていた顔を上げた。雨が当たってない。声の聞こえた方に向くと、そこには呆れた顔をして私を見つめる赤也が傘を持って立っていた。…はあ…、なんで…? 「馬鹿は風邪引かないって言いますけど、流石にそんなびしょ濡れじゃ引くかもしれないッスね」 私は腕を掴んで立たせようとする赤也の手を振り払った。だって、今の私にそんな事してもらう資格がない。赤也はまだ意地張ってんスか、なんてため息を漏らす。しかしそれでも無理矢理私を立たせて校舎内に連れていこうとしたから私は彼を思い切り拒絶した。 「…何、今更何なの。優しくして、何がしたいの」 『今更』なのは私なのに、こんな風に八つ当たりするなんて最低だ、私。赤也は私を真っすぐ見つめると一言、先輩に風邪引いて欲しくないから、と口を開いた。俺の自己満なだけで別に優しくした覚えはないッスけど、と。 「…それでも、やだ」 「…」 「私はそれに期待しちゃうから、そういう事しないで」 「…、期待すれば良いじゃん」 「勝手な事言わないでよ!」 もう傷つきたくないのに。いっそそのまま私と距離を置いてくれればいつか忘れてやるのに。なのに何で優しくするんだ。それでまた距離を置かれたら私は、…馬鹿みたいにアンタ達に期待をした私は、また傷付く。 「それに…、一緒にいる資格なんて、私にはない」 「は?資格?」 「知ってるでしょ、私がアンタ達を切り捨てたこと。でも違ったよ。切り捨てられたのは私のほう」 当たり前だよね、こんな奴だもん。嫌われて、切り捨てられて当然だ。 だからもう私に構わないでよ、そう言って背を向ける。しかし赤也は大した事ないと言うようにケラケラ笑い出した。資格なんて関係なくないッスか、彼はさらりと言ってのけた。関係ない?私は呆然と立ち尽くし、彼を見つめていたが、そんな私を見て赤也はすぐにふわりと微笑んだ。 「俺らが先輩を好きか嫌いかなんて、俺らが決める事。先輩が決めることじゃないッスよ。何考えてるか知らないッスけど、そんなの単なる思いこみっしょ。つーか、資格があるかないかより、一緒にいたいかいたくないかじゃないんスか」 「…っ」 赤也に握りしめられた手を引かれてふらふらと扉の前に立って、ああ、コイツら馬鹿なんだなあ、って…自分が傷つくことなんて考えてなくて、恐れてなくて、自分もこんな風だったらもっと気楽に生きられたのかもしれないと、小さく弱音を吐いてみた。しかしそれはやっぱり雨の中に隠れて、赤也にすら届かなかったけど。 屋上を出るとそこにはテニス部のレギュラーが勢揃いで立っていて、…うわああ逃げ出したい。でもその前にがいきなり現れて私に飛びついてきたからそれは叶わなかったんだけど。 「馬鹿っ馬鹿!」 「う、うええ…」 いきなり飛び出してったって聞いて心配したんだから!と私の頬を思い切り抓るにとりあえず平謝りだ。この様子じゃ当分話しかけても拗ねた返事しか返ってこなさそうだが。 「…で、幸村達は何で、いるの」 「""が心配だったから」 「私が心配?切り捨てた私が?」 「俺は切り捨てられたけど、を切り捨てた覚えなんてないよ」 困った様に笑った幸村からはもう以前の距離を感じなくて、少しだけ、安心している自分がいた。 じわり、と目が熱くなって視界が歪む。あ、これ泣きそうなんだなって、そんな自分に苦笑して涙を拭った。丸井や真田あたりが少し動揺してて、どっか痛いのか!?なんて仕切りに問うから大丈夫と呟いた。 「…ならいいけど、それよりも、何でお前、いきなり屋上なんか」 「丸井君ストップ!がびしょ濡れだからまず保健室で着替えさせないと」 話はそこでして、なんて丸井の言葉を遮るは私の腕をグイグイ引いて、私は保健室に連行された。本当に強引だ。テニス部の男子どもは私を連れて行くの姿をぽかんと見つめた後、慌てて後についてきた。 保健室につくなりマリコは私を馬鹿だのアホだの罵ってみせた。(何だいきなり)まあおそらく彼女はとんでもなく空気が読める人だから私の姿を見た瞬間ある程度の事は悟ったのだろう。 「ジャージ貸してあげるわ。洗って返すのよ」 ジャージを顔面に投げつけられた私はカーテンに隠れてもそもそ着替え始めたが、私が着替え終わる前にマリコは保健室を出て行ってしまった。ご飯食べるからじゃねー、なんて適当にも程がある。多分私達に気を遣ったんだろうが。 着替え終わった私はとりあえず椅子に座れとに椅子を勧められたから逃げ出したい気持ちを抑えて腰を下ろした。 しかし、誰ひとり、何も話し出さない。 「あの、意味不明なんですが」 とりあえず私が沈黙を破ってみた。するとその言葉に反応したのは幸村で、彼は私を見つめるとふわりと微笑んだ。嘘だよ、と。…はい?嘘?何が。 「に俺らを切り捨てても良いって、お前の性格を直すのは諦めるって言ったけど、嘘だよ」 「…嘘って…じゃあなんでこんなこと、」 「まあ、切り捨てても良いって言ったのは勢い」 笑ったまま言った幸村の言葉に柳がまったく、とため息をついた。ああ、わけわかんない。 勢いで言った?じゃあ今も私のこと怒ってるよね?え、怒ってないの? 彼が言うには確かに勢いで言ったことは確かだけど、すぐにその事を後悔したと。でも距離を置きすぐに仲を直すようなことはしなかったそうだ。どうしてだろう。 「あんなこと言ったのは悪かった。でもあの時はホントに腹が立ったんだよ」 「…」 「俺達にはが必要なのに、お前はやっぱり俺達と距離を置こうとする」 「…だっ、て…」 俯いた私に、でも違ったみたいだね、と幸村が微笑んで、私は顔を上げた。違う? 眉をしかめて彼らを見つめると、不意に赤也は口を開いた。さっき自分で言ってたじゃないッスか、なんて。 「自分より、アイツらの方が大切だったって」 「…そ、れは…」 「私は最初からがそうだって分かってたわよ」 「そ、ソノちゃん…!?」 ホントに彼女は読めない人だと思う。そこにいきなり現れたのはソノちゃんで、偉そうに腕なんか組みながら私の隣までやってきた。どうやらすれ違ったマリコに私達はここだと聞いたんだとか。 私がいい機会だから仲直りするなって言ったのよ、ソノちゃんは幸村の方を一瞥しながらそう言った。馬鹿なのその性格を直すきっかけになるって。 「アンタは完璧にエゴで自分なんか守っちゃいない。そう思い込んでるだけ」 「…は…?」 「辛かったでしょ、距離置かれて、赤の他人みたいに接しられて。自分でももう分かってると思うけど」 そう、私が感じていたあれは喪失感と、切なさと、悲しさだった。辛くてしょうがなくて、距離を置く彼らに腹立たしさともどかしさを覚えていた。あんなに一緒にいたのに、すぐにそんな風に割り切れるのかと。自分から切り捨ておいてこんなこと言うのは間違ってると思うけど、そう問いただしたい気持ちでいっぱいだった。 私は、幸村達に距離を置かれるのが悲しくて、気づいたんだ。私はエゴで、最初からコイツらと距離なんて置いてないって。親友のと同じくらい大切に思ってるんだって。 彼女は手にしていたノートで、私の頭を叩いてからそれを私に押し付ける。それはついさっき私が渡したマネージャー用のノートだった。 「は立海テニス部マネージャーなんでしょ」 「……だって…私、」 「責任感じてんなら働いて償いなさいよこの馬鹿ハゲ」 「は、ハゲ…っ!?」 「うすのろ、アホ、ドジマヌケ!」 ハゲはジャッカルだ!(違うこれはスキンヘッドだ!)(うるさいジャッカル)だいたい何故私はそんな小学生が言いそうな単語で罵られてるんだ。ソノちゃん気を確かに、と彼女を揺さぶると手を弾かれて頬を両手で叩くように思い切り挟み込まれた。い、痛い… 「アンタはマネージャーやりたいの、やりたくないの!?やりたいんでしょ!?」 皆の視線がさっと集まって私は言葉をつまらせた。え、私マネージャーやりたいのかな。てかソノちゃんヒステリックになんなよ、落ち着け、どうどう。 やりたくねえの?不意に丸井がそう言った。私はふと彼の方に視線を移すと、彼は拗ねたように私を見つめていた。 「お前に戻ってきて欲しい。…ってジャッカルが」 「こんな時まで俺かよ」 相変わらずゆるいコンビだと思う。ふっと笑みを零した私はソノちゃんからノートを受けとった。 「やりたい」 「まあ、拒否権は認めないしね」 微笑んだ幸村に、その場にいた全員が苦笑した。 「はあ…、アンタホントに世話が焼けるわ。テニス部の事大好きなくせに」 終わらないから『つづく』 (ちょ、ソノちゃんさん!変な事言わないで下さいな!?…そこ、ニヤつかない!) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- やったー仲直りっすね。やっぱソノちゃんいい子だよ。 110402>>KAHO.A |