夏の記録:11

土砂降りとはまさにこの事。
教室の窓から見える天気の荒れように思わずため息が出た。天気予報じゃ雷雨になるかもって。おかしいな、梅雨の雨ってこんなんだったっけか。
雨は好きだがこう連日降りつづけられると気分も滅入る。
もしゃりとお昼ご飯の焼きそばパンにかぶりついた時だった。不意に怒鳴るのに近い声で誰かが私の名前を呼んだ。否、この声はレンヤである。
のろのろと振り返った私の後ろにすでにレンヤが仁王立ちしていたからびっくりして後頭部を壁にぶつける。


「おおお前近いよ。速いよ、ここまで来るのが。何君瞬間移動かい」
「テメーがトロいんだろ」


聞きました?テメー、ですって。まったくそんな言葉使っちゃいけませんよ、とか指を立てて諭していたら突然腕を掴まれて、じとりと睨まれた。

あ、嫌な予感するなあ。


「お前、ちょっと来いよ」
「え、あ、いや、…無理っすよ。だって今から授業だし」
「そんなの俺もだ!」
えええ威張る所じゃねえだろ


つかお互い授業があるんだから今どこか行くのはまずいでしょ、ねえ。サボれって…君ねえ。私この間も授業サボタージュ決め込んだし、これ以上は内申に響くっつーかさ、一応3年なんだよ、私。まあ昼休み始まったばっかりでまだまだ時間に余裕はあるから実際にはサボる事にはならないだろうが。


「じゃあここでいい」
「そうですか。で、何?」
「…」
「レン、…あ、弟君よ」
「何でお前、テニス部辞めたんだよ」


あ、バレたか。いや、隠してたわけじゃないけど。バレたら色々面倒だと思ったから。
丁度私の近くにいた女子生徒達が、嘘、辞めたの?とかヒソヒソと話している。
あああもう面倒だな。不幸の会(今は名前違うけど)にバレたらもっと厄介だ。多分バレてると思うが。


「今の、最高にだせえよ」
「はあ、」
「俺の『大嫌いな』だ」


何それ。まるでその他の『』が存在するみたいな。どうでもよさ気に腕を組んでレンヤを見つめていると、彼は私を思い切り睨みつけてから胸倉を掴んだ。きゃあ、なんてまるで自分がそうされたみたいに女の子達が声を上げる。


「死んじゃえ」


私はその言葉が頭に入り込む前に拒絶した。怖い、と言う思いが心を支配して、喉の奥が痛く、苦く感じる。
レンヤに睨みつけられた私は体が動かなくて、赤也に壁に押し付けられた時も同じような感覚だったと、それだけが頭に浮かんだ。


「何をしている!・・・お前は確かの弟だったな」


真田の声に体がやっと動いた。彼は私の胸倉を掴んでいるレンヤの腕を解き、死んでしまえ等と簡単に言うなとレンヤに怒鳴り散らした。しかし私がそれに割って入る。私がいけないんだと。
真田を宥めていると不意にさんいる?なんて声が聞こえて、今日は尋ねて来る人が多いと、息をついた。煮え切らない様子の真田とレンヤをその場に残して私は廊下に出る。


「…どうしたの、幸村と…ソノちゃん」


最悪、とはこういうときに言うんだろう。しかし幸村はいつもみたくニコニコしているだけで、ビンタの事は怒っているように見えない。
彼は今大丈夫だったの?と教室の中の真田達を一瞥しながら言ったから、私は慌てて頷いた。


「…え、と、それで?」
「ああ、夏の合宿、原西がマネージャー代理で出る事になったから、さんが管理してるマネージャー用のノートを返してほしい」


何て重いんだろうな。幸村の言葉は一つ一つ重い。聞くのが辛い。返してほしい、って単語が特に。もう持つ権利がないのは分かってるけど。
ちょっと聞いてる?ソノちゃんの言葉にハッと顔を上げてへらりと笑って見せた。何が面白いのか分かんないけど、どんな表情していいかの方が全然分かんなかった。

パタパタと鞄の中からマネージャー用のノートを取り出し、ソノちゃんに渡す。
彼女は引ったくるようにそれを奪って、幸村に咎められていた。


「その態度は感心しないな」
「わ、悪かったわよ。…ごめん、


そのやり取りは数週間前の私と幸村のものと似ていて、目を逸らしたくなった。
ソノちゃんは俯く私に首を傾げながら、じゃ、帰るわなんてC組に戻って行き、その場に幸村だけが残った。


「ゆ、幸村?どうし、」
「これで最後にするよ」
「…え…?」
「もう終わりだから」


幸村の言っている事が瞬時に理解できなかった。
つまり、もう私とは関わらないって事…?マネージャーのノートも持ってないし、テニス部と関わらなくちゃいけないものは何も、ない。今渡した事で、クラスが同じ真田と柳生の事以外は、接点が無くなったという事だ。


「…ああ、うん」


これでいい。これでいいんでしょ。ずっと望んでた事じゃん。でも、おかしいな。また、息が苦しくなってきた。
顔色が悪いけど、大丈夫かい?本当に心配そうに私を見つめてる幸村を、私は押した。いや、押し退けた、の方が正しいのかもしれない。


さん、」
「…話し…、かけないで…っ」
「…」
「触らないで、近づかないで、…視界に入るな…!」


ああ、馬鹿みたい私。
幸村に当たって、これマジでガキだよ。
唇を噛み締めた私は走り出した。途中で誰かに思い切りぶつかって、それでも私な何も言わずに駆け抜けたら後ろで私を呼ぶ声が聞こえて、ぶつかったのが丸井だと気付いた。

迫り上げてくる苦い、痛い何かを押さえ込むように手で口を思い切り押さえて私は階段を駆け上がる。無意識に求めていた場所は屋上だった。レギュラー達に問い詰められて倒れたのもここだったと思いつつ、重たくいつも以上にひやりとする扉を押し開ける。


「…っはあ」


やっぱり外が土砂降りなのは変わってなくて、濡れるの承知で私は屋上に足を踏み入れた。

ダメだ。頭がぐらぐらする。病気だと思いたい。でも違うんだ。これは。

ぺしゃりとコンクリートに座り込み、スカートの裾を握りしめる。

馬鹿、馬鹿、私って馬鹿。


「自分が一番可愛くて、逃げる事ばっか考えて、傷付かないようにエゴで周りを固めてた…っ」


私の声なんか雨に掻き消される。別に誰に言ってるわけじゃないけど、誰かに聞いてほしくて、でもそんなの無理だと言うように私の言葉は雨の中に隠れた。

ああ、もうやだ。

…エゴで守るとか言って結局、


「結局、傷ついてるじゃん…私」


−アイツらの前じゃ、自分のエゴが通用してないことくらい、気づいてるでしょ?−

そう、通じなかった。
ううん、通じなかったって言うのはちょっと違う。
エゴなんて使おうと思ってなかったのかもしれない。
が傷付く事なんて、心の奥底では大した問題でなくて。

今更気付いても遅い。
ぐわんぐわんと視界が歪む。ぎゅっと胸が苦しくなって、思い切り息を吐いたらぼろぼろと涙が溢れてきた。

傷付かないと思ってた。だから泣かないと思ってた。私にはがいれば良くて、自分が傷付かなければ良くて、そのはずだった。…っでも…!



「…自分よりもアイツらの方が、大切に…思えてた…っ」




どうせ泣くなら空に広がる宇宙の底で
(4年ぶりの、本物の涙でした)

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ようやく気づいた。ここまでとんとん話が進んできたように見えるがここまでで30話以上使ってるんですよね。
110402>>KAHO.A