夏の記録:08「さんさん、」図書室のカウンターでいつも通りテキパキと仕事しているの隣にそそくさと近寄る私はその場にしゃがみ込むと手に持っていた本を差し出した。 「何追われてるのアンタ?こそこそして」 「じ、実は・・・そうなんだ。私はもうアイツらに殺され、・・・っ」 「お疲れ。帰れば?」 「えええそれだけえ!?なんか冷、痛っ!」 「ここ図書室黙れ」 のチョップを喰らった私は頭を押さえて彼女に本を押し付けるとは眉をひそめて私と本を交互に見つめた。これ柳君の本じゃない、ってよく知ってるね。そうだよ私が前に柳に借りた本。え、何でに渡すかって?やだなあ分かってる癖に。テニス部を切り捨てた私はもはや柳に話かけたくないって事さ。 「て事で、渡しといてくれない?」 「却下」 「うええ何で…!?」 「が借りたんでしょ。自分で返しな」 冷たい。何これの飴と鞭か。いや最近鞭しか貰ってない気がする。これはあれか、まさかのS疑惑。ついにもそっちの道に進んだかと落ち込んでいたら不意に誰かがカウンターの前に立った。しゃがんでるからよく見えな「ああ、柳君返却?」ええええ。 「あ、そうだ、丁度いいや柳君に用があるのが」 「どえええそりゃねえよ」 「何だ」 びくっと肩を揺らしてつい立ち上がった私は柳に視線を向けられ(実際目なんか微塵も開けてねえがな)オドオドしながら手にした本を差し出すと、今思い出したと言う様にああ、と声を漏らして柳はそれを受けとった。…あれ、もっと嫌悪感丸出しにされると思った。 「それでは失礼する」 本を受けとった柳は私達にくるりと背を向け図書室を出て行ってしまって、二人でその様子を見ていたんだけれど、が予想外ねと口を開いた。いつも通りじゃん、と。それが柳の態度の事を意味しているのは言われなくとも分かったから私は小さく頷く。 何も変わってなかった。 「…その割に、アンタはスッキリしてないみたいね」 「そんなことないよ」 私も教室戻るね、と作り笑いを浮かべて続けた私は図書室を出てのろのろと教室に戻る。 教室に戻ったって真田と柳生がいるから気疲れするのは目に見えてるけど。 …ああ、おかしいな。 切り捨てたら、全部終わる気がしてた。なのに、私の中では何にも終わってなくて、寧ろ今始まったって言わんばかりにもやもやしたモノが駆けずり回り出した。 さっきの柳の態度は私が望んでいたものだった。 テニス部を切り捨てた事で仲が拗れて嫌がらせを受けたり軽蔑の視線を向けられるのを一番に恐れていたけど、違った。いつもと何ら変わらない態度。 でも、それってまるで何にも無かったみたいじゃん。私が切り捨てた事なんて、結局大した事じゃなかったって事じゃないか。 「さん、具合でも悪いのですか?」 「え…?」 教室の壁にもたれ掛かっていた私は声をかけられて顔を上げた。 そこにいたのは柳生で、『いつもと全く変わらない様子』で私を不安気に見つめていた。保健室にでもお連れしましょうか、と尋ねてくる彼に微笑み大丈夫と返す。嫌な事をされたわけじゃないのに、頭がグラグラして、柳生に腹が立っていた。 何で、皆、 「…何も変わってないからこそ、」 「何かおっしゃいましたか?」 「ううん」 自分の席にストンと腰を下ろした私は無性に泣きたくなって、顔を伏せた。実際涙なんか流してないし、この私が流すとも思えないけど、こんなに泣きたくなるわけは何だろう。 何も変わってないからこそ、私は彼らとの距離を、今まで以上に感じたのかもしれない。 「エゴで自分を守りつづければ良いよ、…か」 君達と知り合って、付き合っていく中で、もしかしたら私はエゴで自分を守ってく術を忘れたんじゃないだろうか。 水槽にピエロ (ほんのちょっとの切なさと後悔を押し込んで) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- お待たせしました!・・・待ってないですよね、はい。 5日ぶりくらいに更新です。 110331>>KAHO.A |