夏の記録:05「仁王、丸井、赤也。練習もしないで何してるんだい?」 幸村の一声で部室の中で漫画を読んでいた三人はびくりと肩を揺らす。 流石幸村だ。丸井は手にしていた漫画を慌てて隠すとコチラに振り向いた。 「な、幸村!今日は委員会で遅いんじゃ、…ってあれ?」 「…今確かに幸村部長の声しました、よね?」 ドアの前に立つ私を見た赤也は隣に座っていた丸井と首を傾げあっている。実は今の幸村の声は録音です、と私は携帯を掲げると三人はホッと肩を撫で下ろしていた。 委員会に入っていないのは私と、プリガムレッドの三人だから、もし三人が遊んでいたらこれを使うようにと幸村に録音させられたのである。そんな事する幸村が笑えたけれど、ひっかかる三人も笑える。 「で、何読んでたの?さんも混ぜて」 「混ざるのか」 「あたぼうよ。ほら見して」 私が手を出すと、丸井は目を逸らして、いや、なんて言葉を濁した。見てもつまんねえしって、そんなの読まなきゃ分かんないじゃんか。あやしい、と口を尖らせ仁王に視線を移す。「俺は読んどらん。持ってきたのブン太じゃし」「あ、仁王てめ、…!」え、何。仲間割れするような読み物なんですか。 首を傾げつつ再び丸井に視線を戻すと今度は彼が赤也が持ってきたんだと言い始めた。対する赤也と言えば「はあ?!」と抗議の声を上げている。 「ああ、分かった、エロ本か!」 「…」 「え、嘘、図星かい」 まさかまさかという気持ちでぽろりと零した言葉がどうやら正解だったようで、丸井があからさまにキョドり始めた。私もつられて動じてしまった。何この子達。額を寄せ合ってエロ本?果てし無くベタである。思わず苦笑を零した私は丸井の後ろに手を回して漫画を取り上げるとそれをパラパラとめくりはじめた。三人(というか仁王はもう俺関係ないからみたいな顔してるけど、)は私の反応を伺っている。丸井はよく分かんないけど、終わった…俺の人生終わった、とか呟いている。 「なんだか思ったよりも普通じゃんか」 もっとすごいものを想像していたので、拍子抜けな内容に、私は漫画を放る。つまらんよ、このエロ本。そう言うと丸井はキョトンと私を見つめた。 「何」 「え、感想はそれだけですか」 「…あれ、このけだもの!とか罵ってほしかった?まさかの丸井はM疑惑?よし、隊長に連絡だ」 「おいちょっと待て大体隊長て誰だ」 え、ソノちゃん、そう言ったらアイツかと丸井は何故か舌打ち。ソノちゃんは嫌がってたけどね、私が就任させた。ふはは隊員はあれだよ、二人だよ。私とソノちゃんと、まあ丸井も増えたから三人か。やったね。 「丸井は平隊員ね」 「やらねえよ」 「平隊員は雑用だよ」 「だからやらねえよ」 わっがままあ!お前そんなわがままだとそのエロ本に3年B組丸井ブン太ってマジックで書いて真田のロッカーに入れとくぞ。「それだけは勘弁してくださいマジで」丸井に土下座された。うん、この優越感悪くない。…ハッまさかのS疑惑! 「まあエロ本ぐらい良いんじゃないかね。むしろ健全だよ」 そう私がけらけらと笑えば、丸井はやはりまだ割り切れていなさそうな顔をしていて、私は仕方なく赤也にも同意を求めようと「ねえ赤也」と彼の頭に手をのせる。しかしそれはすぐに弾かれてしまった。「そッスね。じゃあイイんじゃないんですか?」随分素っ気なく吐き出された彼のその言葉は、私を黙らせるには十分で、続けざまに他の人達が戻って来る前に練習を始めようと丸井達を見やった。まるで私と同じ空間にいることを避けるように、赤也は拒絶の色を漂わせている。そうしてさっさと部室を出て行ってしまった赤也に続くように、丸井はぎこちなく頷くと立ち上がってラケットを持つ。状況が飲み込めていない私達はしばらくお互いを見合って、それから二人の視線が私へと落ち着いた。 「、何かしたのか」 「は、してないよ」 「でも、あれ」 「知らないって」 意味が分からないんだけども。 弾かれた手をおさえながら、私は最近の赤也の様子を思い返していた。そう言えば確かにソノちゃんとのゴタゴタの後から今まで、彼に避けられているような気がしなくもなかった。しかしそもそも私と赤也は学年が違うから、普段はそんなに会わないし、意識しなければ気づきようがないというか。うつむく私の隣で、仁王が小さく息をついた。 「赤也はまだ引っかかっとるのかもな」 それはおそらく、ソノちゃんとのことだろうことはすぐに分かった。私は勝手に決着をつけたつもりだったけれど、もしかしたら赤也の中にまだわだかまりがあるのかもしれない。それならそうと言えば良いのに。彼が理解できずに、僅かに苛立ちを覚える。そこにはめんどくさいと、冷めている自分が確かにいた。これだから人は面倒なのだと。私の何が気に入らない。言わずに一方的に拗ねるなんて。 厄介だ。 こんなに泣きたくなるなんて (いつだって、先輩は俺を見ない) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 110323>>KAHO.A 131226 加筆修正 |