春の記録:20

やかんでちょろちょろと水をやる。何にって、花に。幸村に頼まれたんだ。昼休みに水をあげるつもりだったんだけど、委員会が入っちゃったらしくてやむなく私に託したんだと。


さん」


名前を呼ばれて立ち上がりった私は振り返るとそこには柳生がいて、幸村君に頼まれたのですか?なんて私の隣に並んだ。私は頷く。何か用?そう問い掛けると柳生は、ああ、そういえばと口を開いた。


「先程さんの弟君がさんを探していましたよ」
「ホームラン少年か」


あの子はレンヤって言うんだよ。まあ彼は私に気安く名前を呼ぶな、なんて言ってくるからレンヤの前ではあんまり名前は呼んだことないんだけどね。


「まあレンヤは後で良いよ」
「いいのですか?」
「うん。それより私は君と話したい、仁王」


ぴくりと柳生の眉が上がって、すぐに彼は不敵な笑みを浮かべた。柳生の顔でやられると何か怖いわ。
何で分かったん?と近くのベンチ(いつだったかプリガムレッドとサボった時に座った)に腰を下ろす仁王は自分の隣を叩いて私を呼ぶ。


「仁王ってせっけんの匂いすんの。だから仁王って分かった。よくシャボン玉吹いてるじゃん、多分アレ」
「ほう」
いや嘘だけど


信じられるとは思わなかったよ。困っちゃうからちゃんとツッコんでね、仁王。
彼は苦笑した後、話ってなんじゃと口を開く。とりあえず始めに謝っといた。頭下げて。彼は少し驚いたように私を見つめたが、すぐに変な奴と呟いた。失礼だな。


「私、もう皆に関わらなくなるって言ったけど、やっぱしばらく分からないから」


私の事嫌いだろうけどごめんね、と続ける。彼は今まで見たことがないような優しい表情をして、ええよと答える。おまんは嫌いじゃないからと。


「お前さんの言う通りだったんじゃ」
「何が?」
「怖かったんよ」


自分でも驚いとる、と自嘲気味に笑う仁王にふうんと頷いた。やっぱね。
で、何が怖かったの?そう尋ねてみると試すように口元を歪めた仁王は、怖いもんをそう簡単に言えるかいなんて私の頭を小突いた。チッやっぱそうか。


「気になるよヒントくれよヒント」

「うんうん」
の性格」
「私の性格?」
「おん、お前さん、顔に似合わずつめったいからのう」


苦笑を零した仁王の表情はどこか寂しげだ。きっと彼の言う私の性格というのは皆で大騒ぎした切り捨てるとか切り捨てないとか、そんな話のことだろう。私からしてみれば冷たいと思う理由が分からないのだけれども。だって裏切られたらいやじゃんか。仁王はもしかして私に切り捨てられるのが怖かったのだろうか。まさか。だったらどうして先に裏切るような真似をしたのだろう。
…ああ、もしかしたら彼も私と同じなのかもしれない。裏切られる前に自分から切り捨てようとした結果なのかもしれない。まあすべては私の憶測にすぎないけれど。


「ねえ、私仁王が苦手だよ」
「…」
「というか嫌いの部類に入ってると思う」


そう言った瞬間一瞬だけ昨日丸井が見せた悲しそうな表情をしたからちょっと驚いた。私は最後まで聞いてから落ち込んでねと続けると、落ち込んでなんかおらんと頭をぺしんと叩かれた。あらそう。


「私も仁王が怖いんだと思う。今の話を聞いて思ったけど、仁王は鋭いだけじゃなくてなんとなく私に似てる」
「…」
「でもね、幸村がね、私をエゴから抜け出させてやるって言ったんだ」
「そうか」
「だから、そうしたらその時に仁王のことが好きになれたらいいなって思うよ」


心に入り込まれることが怖くなくなればきっと仁王のことも好きになれると、私はそう思った。


「でもまだ怖いから、やっぱり嫌いだよ」
「…知っとるよ」



静かに息を吐くように言った仁王は立ち上がってしまったので、彼の表情は私の位置からは伺えない。しかし彼がどんな風に思っていようと、私もこれ以上、何かを言う気にはなれなかった。

やっぱり私はエゴの塊で、まだ自分から壁を作って傷つかないようにしてる。
でも、それが崩れてきているのは確かだ。経験したことがない感情に押しつぶされそうで、それも怖い。何かを変えようと、自分で走り出していくのがまだ怖い。



少しづつ変わり続ける何かに一抹の不安を覚えながら、



春の風に揺られて、

今は、




バラバラと騒げ、レプリカよ
(期待は、希望は、)(いつも絶望と一緒に託す)

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