春の記録:19

は何派閥?」
「は?」


今日はは部活がないというので、と一緒にテニス部のコートまで来た私は先日ソノちゃんが言っていた迷惑な話を思い出して試しに尋ねてみた。は派閥?と首を傾げる。


「ああ、丸井君」
「え、丸井派閥なのですか」
「え?いや、そうじゃなくて」


後ろ、とは私の後ろを指差したから振り返ると何だよそれ、なんて丸井は私を見た。ああ、絶縁中の丸井君じゃあないですかい。…って、睨むなよ。


「で、派閥って?」
「私墓穴掘りましたか。掘りましたね」
大丈夫?さっきから意味分からないよ」


さらっと酷い事言うんですねさん。何でもないよとへらへら笑ってごまかした私は部室に入ろうとした。に引き止められる。部活終わるまで待ってるよって。またいつ倒れるか分からないからだそうだ。


「いやいっすよ。テニス部って部活終わるの無駄に長いから無駄に
文句があるのかい天乃
「とんでもない」


いつの間にか私の後ろにいた幸村にビビりながら文句ないよねと丸井に同意を求める。絶縁中なんだろいとそっぽを向いたからあからさまに舌打ちしてやった。


「器の小さな奴だな。いつまで引きずってんだ」
出会い頭に喧嘩吹っかけてきたお前に言われたくねえよ
「うええ」


口を尖らせていると、それよりと幸村がの方を向いた。天乃は俺達が送っていくから大丈夫だよって。


「そうだよ。が手を煩わすほどじゃないよ。コイツらがいる」
ちょっとは遠慮しなよ
「まあ、とりあえずは帰れよ。天乃は任せろい」


丸井がポンと頭に手を乗せてきたからムカついてはじいてやった。じろっと丸井が私を睨む。睨みかえしてみた。
幸村がこらこらと止めに入り、はとんでもなく私を心配しているようで、不安そうに私を見つめている。


「じ、じゃあをお願いします」
「うん。それじゃあまた明日ね、


ばいばいと小さく手を振ったは可愛かった。手を振り返した私は、丸井に何か言われた気がしたが気にせずに部室に入り早速マネージャー業を始めた。
しばらくタオルを畳んだりしていた私だったが、ふいに部室の外(というかドアの前あたり)で誰かがごしょごしょ喋っているのが聞こえて、作業の手を止めた。
気になってドアに耳を当てようとした瞬間、ドアが勢いよく開いて、かと思えば誰かと衝突した。
痛む頭を押さえて顔を上げる。


「じゃあね頑張るんだよブン太」
「ちょ、幸村…!」


ばたんと閉まるドアを切なげに見つめた丸井を蹴飛ばす。おいおいお兄ちゃん、言うことあるでしょ私に。いきなり突っ込んで来るとか君は何、何なの。神風特攻隊なの?


「いやだって幸村が」
「人のせいにしない」
マジで幸村のせいなんだってば!
「ふうん。あ、そうだ、これ君のね」


丸井の頭にタオルを乗せてやってから、つか退いていただけませんか、そこ、とドアの前で何故か正座している丸井に言い放つ。


「頭にタオル乗せるとかどんだけ部室で温泉気分なの君。めでたいのは髪の色だけにしてくださいよ」
お前が乗せたんだろい
「あてっ」


べしっとタオルで私を叩いた丸井は頭からタオルをかけて深いため息をついた。
「恋の悩みか」「ちげえよ」なんてやり取りした後会話が途切れたからとりあえず部室から出ようとした。しかし腕を掴まれて私は振り返る。


「ちょっと行かないで」
「じゃあどれくらいで行って良いですか」
「行くな」


命令かよ。舌打ちした私は床に一番下のタオルが汚れること承知でそれを置いて丸井の前に正座する。まあ汚れたタオルはジャッカルに渡せばいいや。
タオルを頭からかけて俯いている丸井の表情は見えないが、何となく彼が緊張してるのは分かった。


「リラックスしなよ、ガム食べてるかい?」
「食ってるよ!でも何か無理なんだよ馬鹿!」
「うええ」


気を使って聞いてやったのにキレられた。ぷくーっと頬を膨らましていると丸井は掴んでいた私の腕に力を入れて呟いた。絶縁とか、やだ、って。


「うん、私もやだ」


絶縁してハッピーな人何かあんまりいないんじゃないのかな。ホントにそいつが嫌いならハッピーだろうけど。つまり私は丸井が嫌いじゃないんだと思う。(前に丸井に言った気がするけど)多分、テニス部の皆も嫌いじゃないはず。


「でも、あの言い方は許せない。私は」
「おう」
「あんな言い方する人とは話したくない」


急に丸井がしょぼーんと落ち込んだ気がした。ちょっと可愛かった。苦笑した私は頭にかけられていたタオルを取ると丸井が顔を上げた。だからね、と続ける。


「丸井の事は嫌いになりたくないから、もうあんな言い方しないで」


一瞬だけ泣きそうな顔した丸井は私をぎゅっと抱きしめた。


「お、お、お?」
のバーカアーホバーカバーカ!俺はお前なんて嫌いだバーカ!」
「うわあ丸井がツンデレだ…」



なんて人間は複雑なんだ
(私の知らない感情が、こんなにあるなんて)

←まえ もくじ つぎ→

----------
よかったね丸井君。
110316>>KAHO.A
131224 加筆修正