春の記録:17

消毒の匂いだ。
そう思ったらぼんやりしていた意識が急に鮮明になって、すっとまぶたが持ち上がった。


っ!」
「ぐえっ」


何かが覆いかぶさって、かと思えばが涙ぐみながら私にしがみついている。
え、何のハーレムですか。ついに私の逆ハーレムの時代ですか。最高やったね。
それにしても記憶がぶっ飛んでいる。弟君の胸倉を掴んだ辺りから記憶がないよ。だいたい何で私は保健室にいるんだ。そして何故私は皆に見下ろされてる。マジで追悼みたいだよ。どうしよう実は私死んだのかな。ていうか赤也の表情が暗すぎるのは何故だ。
の背中をぽんぽん叩きながらひたすら天井を見つめていると保健室のドアが開いて保健の先生が入ってきた。


「貧血ね。あとほんとに軽い栄養失調」
「…はあ、」


どうやら私は倒れたようである。だから言ったのだ、と真田が呟いた気がした。ごめんね。あの時もらった真田家の焼き魚だけじゃ無理だったみたい。


「毎日おしるこじゃそうなんだろい」


心配かけんなよな、と丸井に頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。絶縁中のはずなのに、妙にあったかく感じて、鼻がツンとした。何だろう、この感覚初めてだ。困った。対処法を知らない。とにかくふとんで顔を覆い隠そうと潜り込んだが「ほら、アンタいつまでも拗ねてんじゃないよ」なんて不意にが誰かにそう言って、気になってふとんから顔をだしてみる。カーテンの影から弟君が出てきて、私と目が合うなり彼は顔をぐしゃっと歪めた。


「…う、……っごめ、ごめんなさい…」
「え?お?おうよ」


よく分からないけど謝られた。何か悪いことしたのこの子。え、やだなあ何されたんだろう。携帯でも壊されたか…あ、無事だった。

どうやら私は朝の倒れた時点から放課後である今の今まで眠りこけていたらしい。そりゃご心配おかけしました。


「アタシ今からさんのご両親に電話かけてくるから。それと、もうさん平気そうだからアンタら部活行きなさい」
「うええい」
アンタはここで寝てんだよ馬鹿!
「いてっ…びょ病人殴るとかどういう…!


だいたい家に親なんていねえよ。今ごろアフリカ辺りでトレジャーハンターだって。でもそんな私の言葉もシカトして先生は保健室から出て行った。それに続くように達も出ていく。
しかし、その場に幸村だけが残った。


「まさか幸村サボるの?」
「まさか」
「だよね」


はい、しーん、みたいなね。何この重い空気。いっそ寝てしまおうかと思った時だった。幸村が私の頭を優しく撫でて、エゴで良いよと呟いた。その声は酷く優しく聞こえた。


「今はエゴで良い」
「…」
「いつか俺は、…俺達は、天乃のエゴなんてなくしてやるから」


心から信用させてやるから、そう続けた幸村は切なそうで、それなのにどこか真っすぐ何かを見据えているようで、凄く羨ましかった。


「だから、マネージャーを辞めるなんて言わないで欲しい」
「…うん、ごめん」


もう言わない。何となくだけど、そう答える気になれた。言いたくなった。うまく言えない。でも一つだけ分かるのは、私と彼らの距離が、前より近づいたんじゃないかって事。


「…あとね、原西さんの事、赤也に話したよ」


ピンポイントで彼の名を出すのは、恐らく彼女を1番好いていたのが赤也だったからだろう。ああ、だから暗い顔をしていたんだ。


「彼女にちょっと威嚇してみた」


そう、可愛く言った幸村だったが想像するととんでもなく怖い。ソノちゃんが可哀相だ。幸村の話じゃ丸井が1番キレていたらしい。ジャッカルがなだめたそうだ。ホント可哀相。
その時の彼らを想像して苦笑していると幸村は俺はもう行くからと私に背を向け保健室のドアを開けた。


「あ、そうそう
「え?」
「仁王と、あと絶縁中のブン太と、ちゃんと話して、仲直りね」


ぱたん、とドアが閉まると静寂に包まれた。
仁王は私が仲直りしたくても彼が私を嫌ってるからなあ。それに丸井はさっき普通に頭撫でてきたし、平気じゃね?もう気まずくて話したくないし、アレで良いかな仲直り。え、あ、やっぱ駄目か。
弱ったなあ、ガシガシ頭をかいて遠くの方で聞こえるストローク音を聞いていると再び保健室のドアが開いた。先生が戻ってきたのだろうか。


「先生私、…ってマミィとダディ!」
「こら、その呼び方は飽きたと言っただろう。父様母様にしなさい」
「う、うええ」


それよりもどうしてここに。二人はまだ外国にいるはずじゃ、そこまで言いかけるとマミィ…じゃなかった。母様が私に内緒で今日帰国して驚かせようとしていたなんておっしゃられた。でも丁度私が倒れたなんて連絡が入って慌てて学校に来たんだとか。


「大丈夫なのか」
「問題ナッシング」
「そりゃ良かった」


そいじゃ、わたしゃ寝るよとふとんに潜り込もうとした時、父様が私の頭をぽんぽんと叩いた。良かったな、ともう一度。何が?


「私達がいない間に色々あったみたいね」
「…まあ、ビンタされたり波瀾万丈っした」
「そうか」


近くの椅子に座る父様はどこか遠くを見て、息をついた。今まで、息苦しかっただろう、と。


「一応この星に酸素はあるので住めないことはないです」
「そうらしいな、ははっ」
やばいツッコミが不在だ!!丸井!幸村!


一通り笑い終えた父様は、私をじっと見つめる。


「良い顔をしている」
「照れる」
「そういう意味じゃないんだな、残念
「ちぇっ」


何か残念、て所だけ妙に力を込められた。ぐすん。しょぼくれる私なんてお構い無しに彼は口を開いたから私は彼の方に視線を移した。



「前よりも人間らしくなったよ、は」




確かに生まれた感情に
(お前はまだ気づいていないようだけど、)

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娘が変人だと父親も変人だ。でも良いお父さん。
そうそう、明日登校日だったのに地震の影響で休校になりました。
110314>>KAHO.A