春の記録:16

「アンタさあ、どうしたの」


朝の図書室で係りの仕事をしているの美脚を拝む私はその脚をパチリと携帯のカメラに納めてから顔を上げた。何が?


「何がじゃないわよ。テニス部と何かあったの?」
「別に何もないけど、」
「嘘つけ」
「あたっ」


分厚い本の角で攻撃してくるのは反則だと思う。可愛さのカケラもない。半歩間違えば殺人未遂、一歩間違えば撲殺死体のできあがりだ。とりあえず彼女から本を取り上げた後、君にやましいことは何もない、と告げるとはため息をついた。弟がさあ、なんて。


「アイツついこの間からずっと不機嫌なの」
「なるほど多感期なんだな」
「違うわ馬鹿」
「ごふっ…何でもう一冊持ってんの…!?


恐ろしいよこの子。しかもさっきのより分厚いし。再びから本を取り上げてからカウンターに頬杖をつく。彼女は業務をこなしながら口を開いた。


「私ね、アンタの事何となく…分かんない
ええ、ええぇえ


そこ分かっといて欲しかったな私。口を尖らせてブーイングしているとふざけな
いで聞いてね、なんて何か注意された。真田もソノちゃんもも私にそういうけど、私いつでも真面目じゃん!顔が腑抜けてる…って酷い!元からだよ!


「もうは駄目過ぎて何をどう言っていいか分からないんだけど、」
ん?え、ちょっと待ってさん、ん?


流石に泣いちゃうよ?と言いかけた時だった。に両頬を叩くように挟みこまれる。


「嫌なことから逃げちゃ駄目なんだよ」
「…」
「自分を守る事だけ考えちゃ駄目」
「…や、」


やだ。
声には出なかったが、私は確かにそう口を動かした。はまるで子供に叱るみたいに私に目線を合わせて、アンタはほんとにガキだなと続ける。いいよ、ガキで。自分を守ることしか知らないガキで良いよ。


「…私は、が友達でいてくれればいいもん」
「…の事を大事にしてくれてる人達がいるのに、」
「そんなの宛てにならないよ」


以外信じれない、その言葉は彼女を余計沈ませて、でも私はどうしていいか分からなかった。その時肩に誰かの手が置かれる。嫌な予感がした。


「こんな所にいたのか」
「…柳、」
「幸村が−、いや、皆が探している。勿論俺もだ」


探すなよ。大人数で探すのは猫か犬だけにしてくれ。いかないよ、と睨みつけてみた。柳がちょっと怯んだ。しかしは私がその場に残ることを許してはくれなくて、引き取ってくれなんてアッサリ私を引き渡す。


「ちょ、っ」
「しつけてもらうのよ」
私は犬か!…っ離せ、この…っあ、か、開眼だけはね、やめようか」


柳に引きずられて連れて来られたのはやっぱり屋上だった。ズラリと並んだレギュラーに足がすくむ。思わずその場に正座したが、皆は座らないみたいなので威圧感がハンパなかった。え、何で座らないの。おしるこ持ってくるから和やかに行こうよ。


、」
いや、あの違います!


とりあえず否定。いや今の時点で何も違う所はないんだけど、怖かったら否定しなさいってお母さんに習ったんだ。でもすげえどうでも良いとこで否定しちゃったよ。


「…」
「私の名前はロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!」
「とりあえず話を始めるけど」
渾身のギャグを流された
はさ、」


どうやら私の言葉には何一つ取り合ってくれないみたいだ。ぐすん。


「お前、原西に何吹き込まれたんだよ」


幸村が口を開きかけていたけど、それに構わず丸井がしゃしゃり出てきた。掴まれた腕を振り払う。あのー私今丸井と絶縁中なんですけ、痛っ…何で殴るの真田。


「別にソノちゃんには大した事言われてないよ」
「しかし何かしら言われているということだな」
しまった


言っちゃったよなんてこったーパンナコッター。…睨むなよ真田。分かったよもう余計な事喋らないよ。


はさ、」
に何言っても無駄だよ」


不意に後ろから声が聞こえて私達の視線は屋上の扉の前に立つの弟に注がれた。彼は息をついて、だから早く切り捨てろって言ったのに、なんて馬鹿にしたように笑う。恐らく彼はあたりに居場所を聞いてやって来たのだろう。最悪だ。


「コイツはさ、エゴイストなんだよ」


私の周りをうろちょろ歩き回る弟はやっぱりどこか偉そうで、どこか恐ろしかった。私は彼が苦手だ。


「自分から距離を置いて、それ以上絶対仲良くならない様にしてんだ」


何でか分かる?挑発的に口元を歪めて幸村達を見回す。思わずやめて、と口から言葉が漏れていた。彼には届かないが。


「傷つきたくないから、だよな
「…やめ、」
「相手がどんなにコイツの事考えてたって、はそんなの知ったこっちゃないんだよ」


お願いそれ以上言わないで。
この言葉も所詮エゴだけど。エゴだけど、私はただ、平凡な毎日が送れればそれで良かっただけなの、に。


は相手から嫌われて、文句言われても傷付かない位置にいんの。だからコイツに言葉を投げかけるだけ無駄。傷つきそうになったら、切り捨てられそうになったら自分から切り捨てる」
「…っいい加減に、」
「いわば防衛本能?だから傷付かない代わりにずっと孤独、友達なんて、」
「いい加減にしてよ!」


立ち上がった私は彼の胸倉を掴んで引き寄せる。彼は酷く堅い表情をしていた。それは多分、恐れや緊張からではない。絶望からだと、瞬時に察した。
ああ、私は幸村達だけじゃなくて、彼も傷つけていたんだとそこで知る。
胸が苦しくなる。おかしい。こんなはずじゃ…

ごめん、手を離して謝罪を述べようとした瞬間だった。

視界がぐにゃりと歪む。

−暗転。

微かに幸村達が私を呼ぶ声が聞こえた。


でもすぐに何も分からなくなった。




ひと掴みのエゴ
(おい!しっかりしろ!)

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私が現文の授業(人権の単元)で習った内容を少し入れてます。
こう小説にしてみると、授業の人権的な話って、結構身近で、深い話なんだと実感します。
110313>>KAHO.A