春の記録:15

屋上の重く錆びた扉を開けるとその隙間から風が吹き込んでくる。目を細めながら屋上に足を踏み入れ、周りを見回すと思っていた通り、そこには仁王雅治がいて、腕で顔を隠すようにして惰眠を貪っていた。

嫌がられる事を承知でその隣に腰を下ろす。


「あのさ仁王」


返事はない。分かっていた事だ。起きてるんでしょ、と続けると仁王は顔から腕を退かしてゆっくり目を開けた。それを確認すると、私は曲げていた足を伸ばして息をつく。


「私、多分すぐに皆と関わらなくなるから。…だから、その前に聞きたい事があるんだ。仁王に」


彼はどうせ必要な時以外返事をしないつもりなんだろうから、私は構わず話を続けることにした。本当は言うつもりなんて微塵もなかった事なんだけどね。


「仁王が私の事嫌いならそれで良いけど、」
「…」
「分からないの」


"原西さん"の事だよ、と続けると仁王はぴくりと反応した。気づいてるんだよね、仁王は。でも、分からない。彼女に騙されているフリをしている理由がね。そこまで言うと彼は口元を歪めて体を起こした。


「あとね、私が"怖がられてる"理由。原西さんの事に関係があるんだって思って、考えてた。…分からなかったの」


ほう、とそこで初めて仁王が口を開いた。面白いと言わんばかりの顔だ。何を怖がってるの?そうもう一度問い掛けた瞬間だった。肩に、背中に、鈍い衝撃。思わずつぶった目を開くと仁王の顔が目の前にあった。背にはコンクリートだ。押し倒された私はしばらく仁王をじっと見ていた。
沈黙を破ったのは仁王だった。


「お前さん、何か勘違いしとりゃせんか」
「…」
「怖がる意味が分からん」
「そうだよ意味が分からないから聞いてるの」
「…そういう所がうっといんじゃ」


ガッと顔のすぐ横の床を殴りつけた仁王は悔しそうに表情を歪めて私からどいた。私はスカートの砂を払って立ち上がる。ぐにゃりと視界が歪んだ。立ちくらみだ。ああ、寝不足かな。昨日もずっとツイッターやってたし。それに気持ち悪い。
気分が落ち着いてから仁王の方を見ると彼はイラついているようだったから、もう私は口は開かないことにして屋上を出ることにした。




「柳生と同じ班だったんだけどさあ」


ぼーっとしてたら何か失敗しちゃったんだよねえ。
放課後の部活中、けらけらと笑いながら私は調理実習で作ったクッキーを取り出し幸村に渡す。彼は相変わらずニコニコしたまま「え、何これ燃やしたの?」なんて、失礼だなあ。


「違うよ。焦がしたの
「…焦がしたレベルじゃないだろ」


ジャッカルは顔を引き攣らせクッキーを見つめる。ただのすすと化したクッキーはもはや食べられる代物ではないことくらい百も承知ではあるが。


「そこを何とか食べて処理してよ捨てるの悲しいじゃん」
この脱水反応したクッキーを?
「やだ幸村、面白いこと言うね」


何でも良いけど食べて、と袋を開けてクッキーを一枚取り出すと私からそれを受けとった幸村はバケツリレーの如くジャッカルの手に載せる。「な、俺かよ!」はいキター。ジャッカルの「俺かよ!」そうだよお前だよ!


「何のためにお前の胃は4つあるんだよ」
「そうだよ。1つくらい駄目になっても大丈夫だろ」
んなわけあるか!だいたい俺が言われてんのは胃じゃなくて肺だ!
「いいよいけるよ」
いけねえから!


何が良いんだよ!なんてせっかく作った私のクッキーを拒むジャッカルを睨んでいると、ジャッカルは「食い物ならブン太にやればいいだろ」なんて丸井を呼びやがった。
ついジャッカルに飛び蹴りを繰り出す。ちゃんと喰らってくれた。


「…何やってんだお前ら」
「ああ、ブン太。これが作ったんだって、」
「いいよ幸村」


少しだけびっくりしたように私を見つめる幸村は、何かを察したようですぐにため息をついた。やっぱり何でもないよ、ブン太、なんて。丸井は私に何か言いかけたけど、私は気づかないフリをした。だって気まずい。


「遅れましたー」


ふいに明るい赤也の声が響き渡って、私達はそちらに顔を向けた。赤也がソノちゃんを連れてそこに立っている。マネージャーをやって欲しくて彼はソノちゃん連れて来たらしい。


「何しに来たの?部外者は立入禁止だよ」


幸村はあの冷たい声でそう言い放った。彼女はそれに屈せずに笑顔を振り撒いている。見学駄目かなって。マネージャーは一人で十分だからと幸村は続けたから私は顔を上げた。うん、丁度良いや。


「見学させてあげなよ幸村」
「…何言ってるの。マネージャーはがいるからもう、」
「いやでもソノちゃんの方が優秀だしね」


ずっと思ってたよ、彼女がやった方が良いと思う。いつもの調子で、へらへら笑いながら続けると幸村は急に私の腕を掴んで、ギリギリと力を込める。怒っているのが一目瞭然だった。皆は驚いたようにこちらを見つめていた。


、それ言ってる意味分かってる?」
「分かってるよ」


その方が、ソノちゃんも、皆にも良いと思うから言ってるの。へらっと笑ってソノちゃんを見ると彼女は妙に慌てたように視線を泳がせた後、私よりもちゃんの方がいいよ、ねえ…?なんて隣にいる赤也に同意を求めていた。赤也は赤也で戸惑っていたけど。


「冗談にしては笑えない」


冗談じゃないもん。そう答えたら丸井が近くにあったベンチを思い切り蹴飛ばした。ったく、荒っぽいよ君は。苦笑してから幸村の腕を振り払うと私はゆっくりと口を開いた。


「私、マネージャー辞めるよ」




期待するだけ無駄なのだ
(期待しただけ裏切るのが、人間だから)

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この後アニメイト本店行ってきます。うひゃほい。
110313>>KAHO.A