春の記録:13

「この様にノートを貸しやがってくださああい」
何だお前


朝練が終わるなりB組にスライディング土下座で滑り込んできた私は、丸井に誰が貸すかと冷たくあしらわれて辛辣だと口を尖らせた。スライディング土下座じゃ不満か。不満なのか。じゃあなんならいいんだ。呑気にガムなんか膨らましやがって喧嘩売ってんのか。


「仕方がない。仁王の貸してくれ」
「…」
「無視されたよどうしよう丸井」
「…あー…うん」
「どえええ」


何その反応。薄いよ。もっとこう、どっひー!とか叫んで椅子から転げ落ちてくれよ。できるか!…って諦めたらそこで試合延期なんだぜ!安西君!うん。何か色々間違ってる気がするね。


「つか、ノートだったら真田とか柳生に借りれんだろい。同じクラスなんだし、そっちの方がいいんじゃねえの?」
「お、おま…っ…あの時ノートくれるって約束はっ…嘘だったのかあっ!
まずその約束が嘘だな
丸井はもうちょっとネタにノッてくれても良いと思うんだよね
「しらねえよ。じゃ、そーゆーことで真田とかにあたるんだな」
「それは困る」


何故かと問われればそりゃああれだよ。ほら、お年頃だから。としか言いようがないでしょうよ。あ、嘘です。 本当のことを言うと真田と柳生はすぐ怒るので、それです。この間も廊下と教室の微妙な所に座らされて、皆の注目を浴びながら真田の「何故なのだ!」攻撃を喰らってもうたまったもんじゃないわけで。逃げたよ。捕まったけども。柳生に。それからあの二人には声がかけづらいわけなのである。


「つーことで貸して」
「…しょうがねえな」


机の中から国語のノートを引っ張り出した丸井は、それを手で払って私に差し出す。お菓子のゴミがぱらぱらと床に落ちた。予想はしていたが汚い。中から『ごきげんようお久しぶり』が出てきたらどうし、…何だそれもうマジックだ。
とりあえずノートを振りながら丸井にお礼を言って教室から出ていこうとすると、丁度ソノちゃんが入ってきた。
丸井があからさまに嫌な顔をする。


「仁王、丸井君おはよー」
「おはようさん」


はいはい仁王はソノちゃんには返事するんだから。いや、しかしながら丸井はいつもソノちゃんをシカトしている。私からすれば、仁王が私を無視するということよりも、そっちの方が問題に思われるよ。
ソノちゃんは数学の教科書を持っていて、どうやら仁王に聞きにきたらしい。と同じく仁王も数学が得意だからだろう。いやはや彼女は勉強熱心でよろしおす。「数学は最近仁王のおかげでできるようになったんだけど、国語がさ」ふいに語りだしたソノちゃんの目当てが分かって、私は思わずやれやれと目を伏せた。次の言葉の予想はついている。この場で国語が得意な奴なん一人しかいない。
すると仁王は狙ったように丸井を指差してそこの赤いのが得意じゃき、なんて口元を歪めた。「はあ?」丸井が仁王を睨んだ。やめろよ、と。


「えー丸井君得意なの?教えてよ」
「…いや、別に。得意じゃねえし」
「丸井は自分の中で得意ってだけで、皆と比べてできる方なわけじゃないものね」
「ノート返せ
すいませんでした


まったく、冗談が通じない奴め。だいたい国語くらい教えてやれば良いものを。ケチな奴だな。本当にノートを取り上げられては困るので、実際にそうは口にしなかったものの視線だけで訴えていると、仁王が私を一瞥した。「まだお前おったんか。用が済んだならさっさと戻りんしゃい」酷いいわれようである。「な、何だよ。そうやっていつも仲間外れなんだもんな」しかしまあもう用がないことは確かであるので私は渋々出て行こうとしたわけだが、それを引き留めたのは以外にも丸井だった。「そんな言い方ねえだろ」と。それにソノちゃんも同調する。 まあそう言ってくれるのはありがたかったのだけれど、話は思わぬ方向へ進んでいった。


「大体、この場でいるべきじゃないのはどう考えてもこいつだろ」

口調を荒げた丸井の指の指した先にはソノちゃんがいて、彼女は勿論驚いている。「え、どうして…?」心なしか彼女の声が震えたような気がした。


「こいつの仲良しごっこ見てると気分が悪いんだよ。もう仁王はどうでも良いけど、俺には関わんないでくれる?」
「お、おいおい丸井さんよ、ちょっと言い過ぎじゃないですか。落ち着こう」
「…お前もさあ、何で黙ってんだよ」
「喋ってるよ!私の声聞こえてないの!?」
ちっげーよ馬鹿!仁王の態度に腹が立たないかっつってんの!」
「…いや、だってそういうのめんどくさいし…」
「はあ?めんどくさい?」
「え、ていうかほんと丸井落ち着こう…」
「落ち着けるかよ。もう我慢できねえわ。全部原西のせいだろうが。ひっかきまわしてる自覚、あんだろ?」
「丸井ストップ」


彼の話を聞いているうちに、私もだんだんと苛立ってきてしまった。ぎゃんぎゃんと騒ぐ丸井に制止の声をかけるが、彼には届かない。 対するソノちゃんは眉尻を下げて今にも泣きそうだった。俯いた彼女の肩は震えていて、涙を堪えているように見える。


「お前の腹の中は読めてんだよ。俺はお前みたいなやつ大嫌いだ」
「ストップっつってんでしょ」
「いっ」


力の限りこの馬鹿野郎の頭を殴りつけると、彼は何故自分が怒られたかが分からないようで、今度は怒りの矛先を私に向けようとしている。この際そんなことはどうでも良いのであるが、丸井の言葉に教室を飛び出していった彼女の背中をしばらく見つめてから、私は丸井の胸ぐらをつかんで引き寄せた。


「私は『お前みたいな人の傷つけ方』をする奴は嫌いだ」
「は…?」
「皆が丸井みたいに自由に生きられるわけじゃないよ」
「…」
「きっと弱い人の気持ちなんて考えたこともないんだろうね」
「何言って、…おい待て!」


ソノちゃんの後を追おうとして走り出した私の腕は掴まれた。振り返ると丸井は「お前このままじゃ傷つくぞ」と、どこかで言われたことのあるような台詞を言われて、私は舌打ちをする。


「私は傷つかないよ、どんな事言われたって」



そうして丸井の腕を振り払う私は彼の制止も聞かずに走り出した。




どうしてお前はそう
(俺らの知らない本音ばっか、)

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次にアイツがやらかすぞ!
春の記録、もうすぐ終わる。
ちなみに見出し上の台詞は幸村君のです。(どうでもいい)
110312>>KAHO.A