冬の記録:12

拝啓
テニス部の皆、、ソノちゃんへ

まず一言、お礼を言わせてください。
皆のおかげで私は変われました。いつもふざけてばかりで、皆の真面目な話さえ茶化してしまう私だけれど、本当はずっと、ずっと「ありがとう」と伝えたいと思っていました。
振り返ると、テニス部の皆は、よく私を振り回してくれたと思います。きっとそう言ったらお前が言うなって、丸井あたりに言われちゃうかな。でも、今考えると、皆と一緒に部活をして、ふざけて、ってそういう毎日がとても楽しかったです。だから、さよならをするのは、実はすごく悲しい。
皆と過ごす毎日は楽しくて、いつまでも続くんじゃないかって、続けばいいなって、思ってた。でもこうしてお別れの時が来てしまいました。手紙だけ残して、黙って行く事を許してください。そして、私がこの手紙を託した子を、責めないであげて。私が向こうに行ってから、この手紙を皆に渡すように頼んだのは、私だから。

そして、私から一人一人に。

幸村へ
幸村はいつまでも私の、私達の部長だよ。ちょっと怖いところもあったけど、全て含めて、尊敬してます。

真田へ
また何処かで会ったら、いつもみたいに、私を叱ってやって。真田の喝が一番気合が入るんだ。

柳へ
次会う日までに私にお勧めの本を沢山仕入れてください。それからまた一緒に図書館へ行こうね。

丸井へ
丸井はいつまでも私の親友で、ツッコミの相棒だよ。いつまでも優しくて兄貴な丸井で。

仁王へ
再会したらもう私は君のペテンには引っかからないつもりだから、楽しみにしておくと良いよ。それから丸井へ仕返しもほどほどに。

ジャッカルへ
いつまでもその優しさを保ち続けてね。実は私の隠れ癒しスポットでした。

柳生へ
次会った時はもう服装で怒られないように気をつけるよ。極力。沢山怒らせてごめん、でも実はそうやって注意してくれる柳生に甘えていたんだ。

赤也へ
また今度どこかに遊びに行こう。そしたらそこでハーゲンダッツを奢ってあげる。それから部長は大変だと思うけど、赤也ならきっと大丈夫だよ。


一番長い付き合いだったけど、今までずっと、私を支えて、励ましてくれてありがとう。

ソノちゃんへ
なんだかんだで結局優しかった。ソノちゃんがなんと言おうと、私は貴方が大好きです。次に会ったらもっとデレてね。

さて、こんな事を言うのはきっと私らしくないけど、最後だから言います。


立海マネジは永久不滅だからね。


皆の事、大好きです。
さようなら。





私が彼女からの手紙を一通り読み終えると、私の隣に座るがぐすりと鼻をすすって、俯いた。それ以外、白鳥の車の中は静まり返り、誰一人言葉を発しようとしなかった。皆窓の外を眺めていたり、俯いていたりで表情は伺えない。まったく、湿っぽいのは無しだと言ったのに。
こんな救いようのないアホには、ーーには、言ってやらないと分からないんだ。私達が泣いて感傷に浸っている場合ではない。
私はアイツがいなくなっても泣いてやるものか。いつまでも罵ってやる。再会したって、笑いかけてやるものか。別れだって、テニス部やのように優しい言葉なんぞかけてやるか。そんな事してるからはいつまでも甘ったれるんだ。

だから待ってろよ。私だけは、アンタにこう言ってやる。


「どれだけアンタが皆に大事に思われてるか、何故自分で分からない。この大馬鹿野郎」


そうして私は手に持つ一冊のそれを固く握りしめた。





、そろそろ用意しなさい。もう行くわよ」


お母さんの声に、私は頷いて立ち上がる。しかし今になって名残惜しさを覚えて、前を歩き出す両親を見つめたまま、私は一歩を踏み出せないでいた。


「…やっぱり、寂しい、よ」


振り返るまいと思っていた私は、最後にもう一度振り返ってしまった。その瞬間だ。視界の中に、あるはずのない見慣れた姿を捉えた。…はずだったのに。


の馬鹿野郎おおおいっぺん死ねええええ!」
「ぶべらっ!」


背中にこれまでの人生の中で体験した事の無いほどの痛みと衝撃を受けて、私は宙を舞い上がった。ズザアアア!それから磨き上げられた空港の床に滑り込み、いつの間にやら目の前には床に反射した自分の情けない顔がある。


「いたい」
「知らねえわ」


なんかソノちゃんみたいな声が聞こえるけど、その前に…これ鼻折れたんじゃね、どうよお母さん。前で目を丸くする両親に尋ねて見るも、彼らは負傷した娘なんぞ微塵も気にかけずに、私の後ろを見つめている。おい、あんたらマジで私の親か、おいコノヤロー。


「良かったじゃないお友達が来てくれたわよ!」
「は、何を。生憎、私を蹴飛ばす非道な友達なんて持ち合わせてないよ」
「後ろを見なさい
「いやいや、私先程もう後ろは向かないと決めたもので。その掟を破った途端コレだよ。鼻折れたよ。私もう後ろなんて向かないもんね!」
「良いから向けえええ!」
「ぐっほ!」


ちょっと!後ろ向いてないのにこの仕打ち何!殴られた頭をさすりながら仕方なく後ろを向くと、やっぱりそこには見慣れた姿が並んでいる。
いやいやいや。


「あり得ない。そんなはずはない。だって教えてないもん。あり得ないあり得ない。幻覚だこれは」
「見送りに来たよ、
「…あはは困ったな、幸村の幻聴まで聞こえ出した。…ああ、こんなの、あり得るはずないじゃないか。皆に会いたいの、私…こんなに我慢してたのに、…我慢して、泣かないように、してたのに…こ、こんな仕打ち、あんまりだあ…っ」


幻覚なんかじゃなかった。そこにいたのは本物だった。
わあああと泣き喚いて私はその場にぺたんと座り込むとが私にがばりと抱きついて来た。「馬鹿!」文句を言ったはずの彼女も、泣いていた。ソノちゃんは相変わらず無愛想に私達を見ていて、テニス部の男共はホッとしたようにこちらへ歩き出す。


「何で今日だって、言わなかったんだよ」
「そッスよ!」
「だって、」
「言う程の事じゃないと言うのは無しですよ」


適当に取り繕おうとして、口にしかけた言い訳を、先に柳生に言われてしまった。今更嘘なんて通じないわよ!までもが、じとりと私を見ている。


「皆に会ったら、…離れたくなくなっちゃうから、会いたくなかったんだよばかかお前ら…!」
「…そっか」


幸村がふわりと笑った。私の思いも、決意も知らずにコイツらがノコノコやって来た事に腹が立つ。私は立ち上がると、男共の方へつかつか歩みよって、1番手前にいる幸村の胸倉をつかんだ。


「何が『そっか』だよ!ふざけんのも大概にしろ…!私が、どんな思いで…!…っあああつーかなんでここにいんのさ!」
「…手紙、読んだんだ」
「はああ…っ?!何で今日読んでるわけお前ら馬鹿か!アホか!…あああもう、読んだならわかるだろ!私はアンタ達が、大好きだよ!だから、っ、空気読めよコノヤロー、来るなよ…っ」


グイグイと彼を押し返すも、やはりびくともしない。仕方ないので1番言う事を聞きそうなジャッカルを押して見た。しかし、ジャッカルはどうしようと、丸井へ情けない顔を向けただけである。なんでテメエら動かねんだよ!動けよ!サッサと帰れよ!


「あー…ごめんな。えーと」
「ジャッカル、頭撫でとけ。そうすりゃ黙る」


丸井が適当な返事を寄越した。ジャッカルはその通り私の頭をわしゃわしゃと撫でる。しばらくはそれに抵抗していたものの、いつの間にかこみ上げるものが抑えきれなくなって、堪らずそのままジャッカルに抱きついた。


「うえ、っうええ…やっぱり、帰んないでくださいいい」
「お前はまったく、帰れと言ったり帰るなと言ったり」
「うわああ真田ああああ…もっと言ってくれええ」
「…む、」
「…め、珍しく真田副部長が戸惑ってる…!」
「いやあれは誰だってああなるじゃろ。発言がミステイクじゃ」
「みす、ていく?」
「何でもないぜよ」


そんなやり取りを聞き流しながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていると、柳がやれやれと硬い紙のようなもので私の顔を拭う。正直痛かったので、それから顔を背けた。何それティッシュじゃない。


「これは懐紙だ」
「ほらキタよ、柳の七つ道具。せめてシルクのハンカチーフが良かったなーん…」
「そういうモノは跡部に頼め」
「…しゅいましぇん…」


まさかやられると思っていなかったが、柳に両手で思い切り顔を挟まれた。アヒル口になってうまく喋れん…。自分では見えなかったがきっと情けない顔をしていたに違いない。幸村が丸井や赤也と爆笑していたので死にたくなった。


「…、そろそろ時間よ」


皆が笑って、私も笑って、和やかな雰囲気を醸し出したその時、それはお母さんの声でかき消された。


「皆、今までと仲良くしてくれてありがとう。この子、あなた達と出会って、変わったの。本当に、ありがとね」


お母さんの言葉に、皆がタジタジする。そんなかしこまった彼らなんて似合わない。私が笑っていると、お母さんに腕を引かれた。行くわよと。だから私はそれを振り払う。「やだ」皆がギョッと私を見た。
悪いが決心が揺らいだ。お前らが来なければこんな事にならなかったんだ。だから来るなと言ったんだ。


「…
「やだ!」
「…子供じゃないんだから」
「やーだー」
!」
「いや、ですー!」


しばらくお母さんとそんなくだらない応酬が続き、ついにはお父さんが私の前に立った。ずどーんと私を見下ろすお父さんはドラクエ8のラスボスの様に怖い。怒られるだろうか。どうしよう。怖いよ。
足をガクガクさせながら彼と対峙する。周りの皆はさすがに口を挟めなくなって、どうなるかを見守るだけだ。


「よし、の気持ちは分かった」
「…!ほんとっ!?残っても良い、」
「だがしかし断る」
「ええええ」
「それなら力づくで連れてくぞー」
「ええええちょっと待って、ぎゃあああ」


どっこいしょーとお父さんは私を小脇に抱えた。ちなみにどんなに暴れても無駄だった。暴れ疲れて、私はそのままぶらんと宙に浮く。皆は唖然としていたが、次第に哀れみの視線を向けてくる始末である。もういい。何でも良いので早くおろしてください。私は白旗を挙げつもりだったが、彼はそんな事はどうでも良いと言うように、私を適当にあしらい、それからテニス部と達の方へ歩み出た。


は、…初めは他人の事を思いやれない子でした」
「…ん?お父さん?突然何言ってんの」
「お前に話してんじゃなーいの。お黙りなさい」
「ああ、はあ、すんません」


何で私怒られたし。
ぶらぶらと手持ち無沙汰な手を振りながら、頭上から降ってくる父の声に耳を傾ける。


「他人の事を思いやれないだけでなく、関わりを持つ事さえ拒んで来ました」
「…」
「私達は、この子に少しでも人と関わる事、思いやりを持つ事の大切さを覚えさせようと、色んな事をやらせて来たんです。でもそれは、彼女から自分でやりたい事を見つける力さえ奪ってしまった」
「…」
「けれどこの三年で、この子は変わった。君達のお陰だ。人生の中で得た本当の友は、何にも代え難い宝だと、私は思っている。には、今こんなに、たくさんその宝がある」


聞いているうちに、だんだん恥ずかしくなってきた私は、再びジタバタと暴れ出す。しかしお父さんは私を抱える腕の力をさらに強くした。苦しい。どうやら話に熱が篭ってきたようだ。


「ありがとう。この子を変えてくれて、ありがとう!」
「やめてえええおとうさんんん」
「はっはっはっ嬉しいか!」
「どうやったらそういう見解に至るだよオイ!アンタの思考回路かっこわらい!」


そうして暴れるうちに、ようやく地面に足をつけさせてもらい、私はホッと息をつく。やっとこのアイタタ空間から抜け出せる。しかしそう思ったのもつかの間、不意に後ろから、何かを突きつけられて、そちらを振り返る。そこには、部誌を持ったソノちゃんがいた。持って行きなさいと、彼女は言う。


「いや、それ部活にないと困るよね?ていうか何故君が」
「部室からパクッてきた」
「ちょっとおおお!」
「大丈夫よ。新旧部長からは了承得てる」


それって、今まで書いてきた事が無駄って事?いらないわけこれ。私は別の意味で泣きそうになっていると、彼女は違うわよと、肩をすくめた。どうやら、このコピーはとってあるらしい。いや、なら、そのコピーをくれれば良かったのでは。


「返さないとまずいと思うなら、返しに来なさい」
「え」
「また、立海のマネージャーやるんでしょ?」


とん、と、それを渡されて受け取る。
立海マネジは永久不滅なんだからら。もそう言って笑った。私はしばらくぽかんと部誌と、彼女達を交互に見ていたが、確かにそれもそうかと、…返しに来れば良いだけの話だと、私もそれに笑い返した。
お父さんが、私の頭を撫でる。


「そうだな、。お前を一人で日本に残しても平気なくらい、しっかりと勉強をして、経験を積んだら、ここに帰ってくるといい」
「…」
「さて、皆が立海にいるうちに帰れるかな」


お父さんが挑戦的に私を一瞥する。ぎゅっと部誌を抱きしめて、皆を見やれば、彼らは力強く頷いて、そして笑った。エールはそれだけで十分だった。



「すぐに帰って来てやりますよ。私を誰だと思っていらっしゃる」


決意を表すと、両親は、それなら、さあ行こうと、歩き出した。私も皆に手を振りながらそれに続く。


ー!俺たちもお前の事大好きだかんなー!」
「私もだからねーー!…あ、ほら、ソノちゃん」
「は、私…っ…ああもう、…あんたの事、好きじゃないけど、き、嫌いとも言ってないから!」


私は背中でそんな騒がしくも温かい言葉を受け止めながら、小さく笑った。止まったと思っていた涙が、再び頬を滑り落ちる。


「っはは…そんなの、知ってらあ」




私だって、アンタ達に負けないくらい、皆が




大好きだ。






無言で抱きしめた。涙は止まらなかった。
(思い出が詰まった、この記録)

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さて、次で最後です。
130327>>KAHO.A