![]() ついに冬休みに入った。 そうは言っても、もちろん部活がなくなる訳がないので、終業式を迎えた後も、俺は毎日学校へ行って部活に勤しんでいた。そんな中、まだ休業が始まったばかりだというのに、暇を持て余した丸井先輩と仁王先輩が部活に現れたのである。 「おーやってるやってる」 「うわ、何してんスか、アンタら」 「先輩に向かってその反応はなんじゃ」 「いや、だって、」 「やる事なくて来ちゃったワケよー」 一年に指示出しをしている時に突然現れた派手な色に、俺は顔をひくつかせる。二人は近くのベンチに腰をおろして、走り回る部員達をぼんやり眺めていた。確かにテニス部の休みはほぼ皆無で、長期の休みに入れば朝から晩までの練習。それがいきなりなくなったのだから、先輩達が手持ち無沙汰になるのはわからなくもないが。 「別に来るのは構わねッスけど、どうせなら先輩も連れて来て下さいよ」 「それがさ、メールしたんだけど返信ねえの」 怪訝そうに、丸井先輩は携帯を開いたり閉じたりを繰り返す。先輩はTwitterだのなんだのいじってるだけあって、メールの返信がいつも早いからその話に俺も不思議に思いながら軽く相槌を打つ。 「忙しいんじゃないですか」 「忙しいってなんだよ。アイツが出かけたり宿題に集中してると思うか?」 「あー…無いッスね」 あの人も俺や丸井先輩と同じで宿題は最後までとっておく人だから。丸井先輩と、家でダラダラしている先輩を想像しながら笑っていると、ずっと黙り込んでいた仁王先輩がぼそりと言葉を発した。 「…今のは俺らと同じものだけに追われとるわけじゃないぜよ」 「え?仁王先輩それって」 「引っ越しの準備とか」 ハッと俺も丸井先輩も顔を見合わせた。すっかり忘れていた。寂しさを感じる毎日より、俺達は彼女の引っ越しを知ってからも、今までと変わらぬ毎日を過ごしていた。だから、まるでそれがいつまでも続くものと錯覚していたのだ。 「ちょっと、俺電話してみる」 そうだ。俺達は、先輩がいなくなる事を理解していなかった。思えば、年末あたりに引っ越すと言われていただけで、詳しい日程は聞いていなかった。 …いや、聞いてもはぐらかされていた。彼女に。 「…詳しい日取りを知らなかったからのう。日付が迫っている感覚がなくて変な風に安心しとったんかもな」 彼女も、俺達も気まずくなりたくなかったから極力引っ越しの話をしないようにしていたのもその一つの原因だ。仁王先輩でさえ、少し苦い顔をして後悔をしているようだった。 「丸井先輩、先輩出ました?」 「いや、切れた」 「は?」 「…切られたって言ってんだよ」 予感が、確信に変わった。 いきなり現実に突きつけられたような気がして、頭の中が真っ白になる。何だか妙な胸騒ぎがした。まさか、先輩が引っ越す日が、今日なんて事…ないよな。 「切原、丸井、仁王!」 その時、誰かが俺達の名前を呼んでテニスコートへ駆け込んで来た。そこにいたのは原西ソノミだった。彼女は俺達を見つけると少し安堵したように、「の居場所を知らないか」と問うた。 しかし、それは俺達が聞きたい。先ほど彼女に電話を切られた話をすると、なんと原西もそうだと言うのだ。それで不安になった彼女は学校に来たらしい。 「白鳥に聞けば引っ越しの日程を教えてもらえると思ったの」 「その手があったな」 丸井先輩と仁王先輩、そして原西が校舎に向かって行った。先輩達にはここで待っていろと言われたが、部活は副部長になった奴に押し付けて俺も走り出す。その時にソイツが何かを言いかけていたが、俺はそれどころでなかったので気にしない事にした。 「おい、待ってろって言っただろい」 「無理ッス」 「お前さんなあ…」 先輩達は、着いて来た俺にしかめっ面をよこす。なんとでも言えばいい。今は部活どころではないのだ。この間の写真を撮った時の事を思い出し、あんな風に笑いあってた事がとても遠い事のようにおもえて切なさがこみ上げてきた。 それから俺達は職員室に飛び込むと、それを注意をしてくる奴らを押しのけて白鳥の元へ行く。彼は俺達を見るなり、ギョッとした顔で席から立ちあがった。 「お前ら…っ、の見送りに行かなかったのか!?」 俺達は息を飲む。そんな中、原西がすかさず、先輩が何時の飛行機に乗るのか、彼を問いただした。俺達の様子に、先輩が俺達に何も言わなかったのだと、白鳥も悟ったようだ。 「…今日の14時の便に乗るらしい」 「14時…」 「まだ間に合う」 「おい、間に合うったってな、」 「何?行きたくないの?じゃあ丸井達はここに残ってれば!?」 「んな事言ってねえだろうが!」 「ちょ、丸井先輩、原西先輩!」 丸井先輩が原西を掴みかかりそうだったので、俺はすかさず間に割ってはいるが、その隙に彼女は俺を突き飛ばして職員室を出て行こうとする。 「待て、原西!」 踵を返してその場から立ち去ろうとする原西を引き止めたのは白鳥だった。彼女はイラついた様に振り返った。 「何ですか!」 「そんなにカリカリすんな!先生が送ってやるから!」 「カリカリなんてしてな、…は…?」 「だから、先生の車で送ってってやる!」 俺達はポカンと口を開けて、しばらく動けなかったけれど、彼の「何だ、嬉しくないのか」という台詞に、すぐに顔を綻ばせた。うっそ!先生マジ男前! 「先生マジで!?」 「ああ、男に二言はない。ただし、後で先生と一緒に、校長先生に怒られろよ」 「おう、任せろい!」 他の先生は、やれやれと俺達のやり取りを聞いていたが、誰も止めようとはしなかった。それは多分、俺達テニス部の結束っぷりをよく知っているからだろう。事故には気をつけて下さいね、近くの先生が苦笑したのを見て、白鳥が頷いた。 「じゃあ裏の駐車場に集合な」 「あ、先生待った。幸村達も呼ばんと」 「私がもう呼んでる」 白鳥を引き止める仁王先輩に、原西が携帯を見せつける。見せられたメールは二十分程前に、彼女から先輩に送られたもので、胸騒ぎを感じたらしい原西が今すぐ学校に集合するように彼女に連絡したらしい。そして俺達にそれを拡散するようにも。 「私はあんた達のアドレス知らないからに拡散を頼んだの」 「本当だ。いつの間にか俺にもメール来てる」 「…末恐ろしい女じゃな」 もうそろそろ来るんじゃないの?その台詞と同時に職員室の扉が開いた。タイミングが良い事に、そこには案の定幸村部長達が珍しく息を切らして立っていた。それからなぜか、部活を任せたはずの現副部長も。どうやら幸村部長達は、一旦テニスコートに寄って、ソイツに俺達の居場所を聞いたらしい。俺はソイツの手に手紙が握られていた事に疑問を持ちながら、彼の方へ歩み出る。 「お前、部活見てろって言っただろ」 「ごめん切原。でも、お前と先輩達に、渡さなくちゃ…いけないものが」 申し訳なさそうに顔を伏せながら、彼はその手紙を幸村部長に渡す。「からの手紙らしい」頷いてそれを受け取った幸村部長が言った。まだ誰も中身は読んでいないらしいけれど、幸村部長の様子から、それがどんな内容のものかは分かる。 「…手紙って、お前、先輩に会ったのか?」 「いや、手紙を渡されたのは、実は…3日前なんだ」 3日前、つまり終業式の日だ。こっそりとソイツに手紙を託した先輩は「4日後に赤也に渡して欲しいの。それまでは誰にも見せないで」そう言ったらしい。先輩の様子から彼はすぐになんの手紙か分かったそうだ。しかし、先輩の気持ちを無視したくなくて、今まで黙っていたらしい。 「ごめん…なかなか言い出せなくで、でも、やっぱりこんな形で別れるのはダメだと思ったんだ!だから、先輩には悪いと思ったけど、」 1日早く手紙を渡す事にした。 彼の言葉に俺は、もっと早く言えと掴みかかってやりたかったが、ソイツの気持ちが分からないわけではなかったし、何より、幸村部長の悔しそうな表情と感情を抑え込まんと硬く握り締められた拳を目にして、俺は何も言えなくなった。この中で誰よりも悔しく、そして、今更手紙を出したソイツを責め立てたい気持ちと、それは間違っていると堪える気持ちが拮抗しているのは、幸村部長なのかもしれない。 しかし、もっと早く手紙の存在を知っていれば、という事実に俺達は、職員室の前で気まずく黙りこまざるを得なくなった。そんな中、あらかた状況を把握した白鳥が、手紙は車の中で読む事にして、早く行くぞと空気を切り替えるように俺達を外へ促したのだった。 ああ、そうだ。こんな事をしている場合ではない。今は一刻も早く空港に行かなくては。 走り出した先輩達に、俺も続く。 「切原、部活は俺に任せろよな」 彼が笑って俺達を送り出した。俺は力強く頷いて前に向き直る。 間に合え。どうか、間に合ってくれ。 最後にもう一度、先輩に会いたいんだ。 ▼ 目を閉じると皆と過ごした日々が鮮明に思い出されて、目頭が熱くなる。立ち止まって、ぼんやりと両親のやりとりを聞いていると、お母さんが私を省みた。 「、まだ飛行機に乗るまでしばらく時間があるからここで待ってなさい」 「…うん」 誰も来ない事はわかっている。私がそれを選んで、そうなるようにしたのだ。皆と会ったら後悔すると思った。泣いてしまうと思った。最後は笑顔で別れたい。泣くなんて、まるでもう会えないみたいだから。だから、皆の中の「最後の私」が笑っているように、学校で笑いあった私が、皆の最後の私でありますように。 「お友達に言わなくて…本当に、良かったのか」 先程からずっと黙りこんでいる私が気にかかったのか、お父さんが私の表情を伺うようにそう尋ねる。せっかく願っていた仕事のために外国へ行けるのだ。心配させてはいけない。だから、私は笑顔を作って顔を上げた。 「平気だよ」 私は後ろを振り返りかけたけれど、小さく首を振って前に向き直った。 いつまでも振り返っていては駄目。 悲しんでいては駄目。 前を向かなくてはいけない。 後悔なんて、していない。 これで良いんだ。 これで。 この胸の空白を埋めるべく存在していた術はもう無い。もういない。 (さようなら) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- どうしよう。最後まで更新してしまおうか。 いや、やっぱり、次回完結!ってことで。 130326>>KAHO.A |