冬の記録:09

おなかすいた。の言葉に、前を歩いていた私とソノちゃんははた、と顔を見合わせた。そう言えば、私達は昼も食べずに写真を撮って回ってるんだったけ。このまま写真を撮り続けていたら間違いなく昼休みは終わってしまう。
どうする、ソノちゃん。私の問いに彼女はううむと唸った。まだ撮っていない人物と言えば赤也だけだ。まあ彼なら、放課後は部活があってすぐに家に帰る事はないだろうし、後回しにしても問題はない。そんな事を考慮した結果、私達は一旦教室に戻る事になった。


「あ、先輩」


とソノちゃんのクラスに寄り、二人のお弁当を取ってから、A組へ移動する途中、ふいにそんな聞き慣れた声が私を引き止めた。声はB組の中からで、私は教室を覗き込めば、案の定そこには丸井や仁王と机を囲んで昼飯を食べている赤也の姿があった。横にいる丸井達は、カメラを携えている私達を見て、まだやってるのかとばかりに笑う。


「ラッキー。ちょうど切原いんじゃん。、アンタさっさとお弁当持って来な。B組で食べるから」
「え、お邪魔して平気かな。ねえ、
「コイツがいれば断らないでしょ」


ほら早くとソノちゃんは私をA組の方へ押し出すので、私は小走りにお弁当を取りに行った。それから彼らと昼飯を共にする事になり、私達は赤也に写真を撮って回っている話をした。ふうんと頷く赤也は、パンにかじりつきながら、カメラのデータを眺め始める。彼の表情はどこか寂しげだった。


「んで、ラストは俺ってワケですか」
「そうなんですね。…あ、嫌なら良いんだけど」


私はひらひらと手を振りながら、赤也を横目で伺う。すると、彼からは「アンタ馬鹿ですか」なんて不名誉な台詞を、呆れ顔と一緒に頂いてしまった。


「撮るに決まってんでしょ。俺がアンタの事嫌いだと思ってんですか?」
「あー…いや、」


赤也ってたまに直球だから困る。まあそんなまっすぐな所が可愛いのだけれど。なんだかこそばゆく感じて、それを誤魔化すように、お弁当をかきこむ。
「んじゃ撮るわよ」一人こっそりと照れている私を他所にして、カメラを構えたソノちゃんの声に、赤也が私の腕を引いて立ち上がった。
「最後なんですよね」急に赤也が呟いた。


「はい?」
「最後なら何しても許されますよね、せーんぱい」


ニコリと眩しい笑顔を向けた赤也は、すかさずソノちゃんに「シャッターチャンス逃さないで下さないね」と言う。「おー任せな」何が?ちょっと待て、何が?えーとだな、何をしても許されるとかそれは無理な話じゃないかな、私がそう言いかけたものの、その言葉が出切ってしまう前に、思い切り赤也が飛びついて来た。


「うぐっ、ぐええぐるじ、」
「先輩、最後だから、許して下さいね」


ぎゅううと前からのしかかるように抱きしめられて私はのけぞる。真剣に背骨が折れたと思った。あまりに強い力で抱きしめられているので、呼吸が苦しくなる。ってそんな事よりも周りからキャアキャアと声が上がったもんだから余計に羞恥心が掻き立てられたわけで。ちょ、そろそろ離れないとマズイんでないの?!


「原西先輩バッチリッスか」
「おう、もう20枚くらい撮った」
「いやいやいや何してんの」


撮りすぎ撮りすぎ。ようやく離れた赤也と、親指を立てて清々しく笑うソノちゃんに素早くツッコミを入れた私は、もうHPゼロな気分である。脱力したまま落ちるように席に腰を下ろすと、丸井と仁王の顔にはやれやれと書いてあった。


「ちょっと紅白先輩」
「なにそのちょっと愉快な名前」
「つまんねー丸井ってばつまんねー。何それ『ちょっと紅白先輩』なだけに?ちょっと掛けちゃってます?」
うーわーちょっとどころじゃない殺意


ちょっぷ、そんなゆるい声で言うが早いか、言葉には似合わない鋭い手拳が頭に振り下ろされた。ごふっ
それ以上「ちょっと」とか抜かすと前歯折るぞと恐ろしい事を言われたので、私は会話の起動修正を図ろうとする。違うんだよ、私は別にコントがしたいわけじゃなくてね。


「いきなり公衆の面前でハグですよ」
「赤也もやるなー」
「いや、そういう話じゃなくてだな。あのワカメに何とか言ってやってくださいよ」
「まったく、ハグ写真撮りたいなら言いんしゃい」
は?あれ?私の日本語通じてない?英語の方がいい?
「今から俺らと撮るか?ハグ」
NO THANK YOU!


こいつらバカにしやがってコノヤロー。ていうか皆こっち見んな。あっちいけバカヤローコノヤロー!あくまで平然を装って、私はしらーっと周りを睨みつける。ついでに照れ隠しに前髪を弄って極力顔の表情が見えないように隠す。赤也はそんな私をつまらなさそうに見つめて、席についた。


先輩ってホントこういうの効かないですよね」
、女としての何かどっかに落としてきたんじゃないの?」


ぶつくさ文句を垂れる二人を無視して、クールを決め込む私。しかし、彼らの文句大会に割って入ったのがである。「あー違うよ2人共」苦笑するに、赤也やソノちゃん、丸井達までもが首をかしげる。


「実はこれ照れてんのよ。ね、
「な、ちがっ」
「あーそうなのー」
「へえええ」
「いやその違うんだってば。照れてないし。照れるわけないし」


ね、丸井。と話題を振ってみるが、彼は助け舟を出すどころが、ニヤつきながらメロンパンをもぐもぐ咀嚼するだけである。役立たずめ!


「あ、じゃあが照れてるショット撮りますか」
「ソノちゃんナイスアイディア」
「切実にやめていただきたい!」


逃げ出そうとする私の前にすかさず足を出す仁王。あーすまん足が長くて、なんてコイツ殴っても良いだろうか。床に額をぶつけた私は、顔を上げると、その瞬間もバッチリ写真に収められる。きっと私の恨めしげな顔が写っているに違いない。


「いいじゃんすか先輩、最後最後」
私は恥ずかしくて、今にも人生の最後を迎えそうですよ


多分私は皆の事を忘れないだろう。

いろんな意味で。




ピンチのときこそ穴を掘れ
(どこに!どうやって!)

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ストックなくなる。あと一話。
130323>>KAHO.A