冬の記録:07



丸井とジャッカルと別れた後、私達はあてもなく廊下を彷徨い歩いていた。カメラを持つソノちゃんは、丸井達を撮ってからは一度もそれを構えようとしない。皆で賑わう休み時間の廊下でも撮ってくれるのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。恐らくテニス部との写真を撮るつもりなのだろう。ソノちゃんの事だから、私が一人でも撮れる様な風景的なものは手伝わないつもりらしい。


「そういえば、教室には真田君とか柳生君とかいないの?適当に歩くよりそっちあたる方が良くない?」
「真田は知らないけど柳生は風紀委員会の後輩に呼ばれて出てった」
「こんな時期まで委員会とかご苦労だわねえ」


ソノちゃんは苦笑いを零した。しかしすぐに風紀委員といえば、なんて表情を曇らせる。言いたい事は大体分かった。風紀委員に何かしら注意されたに違いない。ソノちゃんは意外に不真面目だから。


「最近真田や柳生に会う度にスカートが短いって言われんの」
「委員会も代変わりしたのによくやるよねえ」


ちなみに私もよく注意される一人なので彼女の気持ちは分かる。は私達のやり取りに自業自得でしょと肩をすくめていた。そうやってしばらく歩いていると、ふと目の前に見覚えのある、銀髪と眼鏡の二人の姿を捉えた。彼らは私達が声を掛ける前にこちらに気付き、それからさらに片方が眼鏡をキラリと光らせた。
私は知っている。柳生がこの表情をする時は次にどんな台詞が飛んで来るのか。


さん、何度も言いますがスカートが短いですよ」
「…そらきた」
「なんですか?…服装の乱れは心の乱れ。社会に出た時にその様では困るのは貴方です。分かりますか?ですから、」
「うええ」


オイオイ勘弁してくれよ。
隣りにいるソノちゃんやまでもが、自分が注意されているわけではないが、心なしかゲッソリしているではないか。仁王はそこら辺にしてやれと言うように、柳生の肩を叩いた。そんな彼らの様子を私は観察しながら、口を尖らせる。


「ていうか、仁王ってばいつから風紀委員になったのさ」
「…何の事じゃ」
「いや君じゃなくて、こちらの偽柳生に言ってんの」


相変わらず眼鏡を光らせている柳生をびしりと指差すとが、え、入れ替わってたの!?なんて二人を見比べる。柳生と仁王はお互い顔を見合わせてから、ウィッグを外して見せた。


「どうして分かったんじゃ
「なぜならさっき『偽柳生』が言ったのと一字一句同じ台詞を1限目の時に『本物』にも言われたからである。――まあスカートは直さなかったけど、二度も全く同じ注意なんてしないでしょ普通。柳生を完全にコピーしてる仁王ならではの失態だね、ふふん」
いやいやふふんじゃなくて、つーかその前にスカート直せよ


の鋭いツッコミは笑って流すことにした。それよりもこんな意味のない所で入れ替わって楽しいのだろうか。いや、楽しいのは仁王だけか。


「ところでお前さんらは何しとったん?」
「あー思い出作りに付き合わされてんの」
「は?」
「いや私達がお前に付き合ってやってんだろ」


仁王達にもが訳を説明し、先程の様に写真を撮る事になった。柳生はともかく、仁王は頭に指を立てて「ぷぷ角ー」とかやりそうで怖い。信用できないと仁王を警戒していると、彼は私の心を読んだのか表情に呆れの色が伺えた。


「そんな下らん事やるか」
「言ったな、お前言ったな」
「うるさいのう。そんなに信用できんか」
立海の中で一番信用できないって言ったら、テニス部全員が真っ先に君を名指しするだろうよ。なんたって異名が詐欺師だからな
「コート場だけじゃ」
今さっき貴方入れ替り大作戦してましたけど。何あれノーカン?
「ノーカンノーカン、なあ柳生」
「二人とも、原西さんが殺気立ってますよ」


柳生の声に前を向くと、早く並べと言うようにソノちゃんがこちらを睨んでいた。これだから最近の若者は。カルシウムが足りないのではないかと思う。それから私がカメラの方へ体を向けるなり、掛け声もかけずにソノちゃんは速攻でシャッターを切った。ちょっとぉおお!早いんですけど!早いんですけど!!ピース上げ損なったっていうか、上げる途中だったんですけど!


「はい終了。じゃあもう休み時間終わるから続きは昼休みで。…ていうか今の写真、の顔…ぶふっ」
ムカつく奴だなアンタ


ソノちゃんからカメラをぶんどると、データを開く。私は手がブレてるだけでなく半目だった。その割に仁王と柳生は相変わらず美男子に映っていやがる。
私と一緒にカメラを覗きこんでいた仁王は、私の変顔を見るなりあのポーカーフェースを崩して笑いだした。柳生も、笑いを堪えていたのか、あ、私急用が!なんて早口に言って素早く教室に戻って行った。失礼な奴等である。


「ありゃウケとるな柳生」
「誰だアイツにジェントルとか言い始めたの」


口を尖らせる私の隣りで、仁王はただ笑うだけだった。


「まあええじゃろ。楽しい思い出ができて」
「そうよ。――じゃ、私とは戻るけど、カメラは預けたから」
「あとでね


私の手の中にあるカメラを見て、ソノちゃんは壊すなよと付け足す。分かってます。
それから二人はスタスタとC組へ戻って行った。
カメラに視線を落とす私は、それを掴む手につい力が籠る。するとその様子に仁王は、そんなにさっきの写真が嫌なんかと怪訝そうに私を見た。いや、変顔が嫌だとかそういう話ではなくて、思い出を作るという事に少々引っ掛かりを覚えているだけなのだ。
ぼそりとその事を呟くと、仁王はフッと笑みを零して、それから私の頭を撫でた。


「…なんすか」
「安心しんしゃい。どんなに皆で思い出を作ったとしてもな、俺らはまで思い出に変えるつもりはないなり」
「…難しい話だね」
「『あん時は楽しかった』なんて、がいた事を過去には変えんって事」


ぐしゃりと髪が乱されて、照れ隠しで私はそれに文句を言ってみる。その時予鈴が鳴ったため、仁王は帰ろうと私の腕を引いた。私は前を歩く仁王の背中を追う。
B組より先に私のクラスであるA組についた所で、仁王は私の手を解放して、それから彼はこちらを振り返らずにこう言った。


「少なくとも俺は、お前さんが引越した後も、またどこかで必ず会えると思っとるからのう」


寂しく思う事はないのだと、顔は見えなかったけれど、きっと彼はそう笑った。

だから、そんな仁王の背中に、私も笑い返したのだった。




祈りを込めて
(また皆と会えるように)

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一個前が思いのほか短かったのでストックもうないけど更新。
130321>>KAHO.A