![]() 丸井とジャッカルと別れた後、私達はあてもなく廊下を彷徨い歩いていた。カメラを持つソノちゃんは、丸井達を撮ってからは一度もそれを構えようとしない。皆で賑わう休み時間の廊下でも撮ってくれるのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。恐らくテニス部との写真を撮るつもりなのだろう。ソノちゃんの事だから、私が一人でも撮れる様な風景的なものは手伝わないつもりらしい。 「そういえば、教室には真田君とか柳生君とかいないの?適当に歩くよりそっちあたる方が良くない?」 「真田は知らないけど柳生は風紀委員会の後輩に呼ばれて出てった」 「こんな時期まで委員会とかご苦労だわねえ」 ソノちゃんは苦笑いを零した。しかしすぐに風紀委員といえば、なんて表情を曇らせる。言いたい事は大体分かった。風紀委員に何かしら注意されたに違いない。ソノちゃんは意外に不真面目だから。 「最近真田や柳生に会う度にスカートが短いって言われんの」 「委員会も代変わりしたのによくやるよねえ」 ちなみに私もよく注意される一人なので彼女の気持ちは分かる。は私達のやり取りに自業自得でしょと肩をすくめていた。そうやってしばらく歩いていると、ふと目の前に見覚えのある、銀髪と眼鏡の二人の姿を捉えた。彼らは私達が声を掛ける前にこちらに気付き、それからさらに片方が眼鏡をキラリと光らせた。 私は知っている。柳生がこの表情をする時は次にどんな台詞が飛んで来るのか。 「さん、何度も言いますがスカートが短いですよ」 「…そらきた」 「なんですか?…服装の乱れは心の乱れ。社会に出た時にその様では困るのは貴方です。分かりますか?ですから、」 「うええ」 オイオイ勘弁してくれよ。 隣りにいるソノちゃんやまでもが、自分が注意されているわけではないが、心なしかゲッソリしているではないか。仁王はそこら辺にしてやれと言うように、柳生の肩を叩いた。そんな彼らの様子を私は観察しながら、口を尖らせる。 「ていうか、仁王ってばいつから風紀委員になったのさ」 「…何の事じゃ」 「いや君じゃなくて、こちらの偽柳生に言ってんの」 相変わらず眼鏡を光らせている柳生をびしりと指差すとが、え、入れ替わってたの!?なんて二人を見比べる。柳生と仁王はお互い顔を見合わせてから、ウィッグを外して見せた。 「どうして分かったんじゃ」 「なぜならさっき『偽柳生』が言ったのと一字一句同じ台詞を1限目の時に『本物』にも言われたからである。――まあスカートは直さなかったけど、二度も全く同じ注意なんてしないでしょ普通。柳生を完全にコピーしてる仁王ならではの失態だね、ふふん」 「いやいやふふんじゃなくて、つーかその前にスカート直せよ」 の鋭いツッコミは笑って流すことにした。それよりもこんな意味のない所で入れ替わって楽しいのだろうか。いや、楽しいのは仁王だけか。 「ところでお前さんらは何しとったん?」 「あー思い出作りに付き合わされてんの」 「は?」 「いや私達がお前に付き合ってやってんだろ」 仁王達にもが訳を説明し、先程の様に写真を撮る事になった。柳生はともかく、仁王は頭に指を立てて「ぷぷ角ー」とかやりそうで怖い。信用できないと仁王を警戒していると、彼は私の心を読んだのか表情に呆れの色が伺えた。 「そんな下らん事やるか」 「言ったな、お前言ったな」 「うるさいのう。そんなに信用できんか」 「立海の中で一番信用できないって言ったら、テニス部全員が真っ先に君を名指しするだろうよ。なんたって異名が詐欺師だからな」 「コート場だけじゃ」 「今さっき貴方入れ替り大作戦してましたけど。何あれノーカン?」 「ノーカンノーカン、なあ柳生」 「二人とも、原西さんが殺気立ってますよ」 柳生の声に前を向くと、早く並べと言うようにソノちゃんがこちらを睨んでいた。これだから最近の若者は。カルシウムが足りないのではないかと思う。それから私がカメラの方へ体を向けるなり、掛け声もかけずにソノちゃんは速攻でシャッターを切った。ちょっとぉおお!早いんですけど!早いんですけど!!ピース上げ損なったっていうか、上げる途中だったんですけど! 「はい終了。じゃあもう休み時間終わるから続きは昼休みで。…ていうか今の写真、の顔…ぶふっ」 「ムカつく奴だなアンタ」 ソノちゃんからカメラをぶんどると、データを開く。私は手がブレてるだけでなく半目だった。その割に仁王と柳生は相変わらず美男子に映っていやがる。 私と一緒にカメラを覗きこんでいた仁王は、私の変顔を見るなりあのポーカーフェースを崩して笑いだした。柳生も、笑いを堪えていたのか、あ、私急用が!なんて早口に言って素早く教室に戻って行った。失礼な奴等である。 「ありゃウケとるな柳生」 「誰だアイツにジェントルとか言い始めたの」 口を尖らせる私の隣りで、仁王はただ笑うだけだった。 「まあええじゃろ。楽しい思い出ができて」 「そうよ。――じゃ、私とは戻るけど、カメラは預けたから」 「あとでね」 私の手の中にあるカメラを見て、ソノちゃんは壊すなよと付け足す。分かってます。 それから二人はスタスタとC組へ戻って行った。 カメラに視線を落とす私は、それを掴む手につい力が籠る。するとその様子に仁王は、そんなにさっきの写真が嫌なんかと怪訝そうに私を見た。いや、変顔が嫌だとかそういう話ではなくて、思い出を作るという事に少々引っ掛かりを覚えているだけなのだ。 ぼそりとその事を呟くと、仁王はフッと笑みを零して、それから私の頭を撫でた。 「…なんすか」 「安心しんしゃい。どんなに皆で思い出を作ったとしてもな、俺らはまで思い出に変えるつもりはないなり」 「…難しい話だね」 「『あん時は楽しかった』なんて、がいた事を過去には変えんって事」 ぐしゃりと髪が乱されて、照れ隠しで私はそれに文句を言ってみる。その時予鈴が鳴ったため、仁王は帰ろうと私の腕を引いた。私は前を歩く仁王の背中を追う。 B組より先に私のクラスであるA組についた所で、仁王は私の手を解放して、それから彼はこちらを振り返らずにこう言った。 「少なくとも俺は、お前さんが引越した後も、またどこかで必ず会えると思っとるからのう」 寂しく思う事はないのだと、顔は見えなかったけれど、きっと彼はそう笑った。 だから、そんな仁王の背中に、私も笑い返したのだった。 祈りを込めて (また皆と会えるように) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 一個前が思いのほか短かったのでストックもうないけど更新。 130321>>KAHO.A |