冬の記録:06


私の引越しは瞬く間に皆に知れ渡っていった。白鳥が口を滑らせた日や、その翌日こそ皆が喧しくその話題を騒ぎ立てていたが、2日も経てば皆はすっかり冬休みモードに切り替わって、私の周りは幾分か静かになった。
私はふう、と息を吐いてから、壁の時計へ目をやる。まだ2時間目が終わったばかりだというのに小腹が空いたので、隣りで早速弁当をかき込んでいるモブ坂に便乗して、焼きそばパンの袋を開けた。


!顔貸しな!」
「うええ激しくデジャヴ」


春にも似たような言葉をかけられた事があったと、声の方へ視線をずらすと、案の定そこにはソノちゃんである。ただ、以前と違うのはそこにもいたということ。
モブ坂がちらりと私を伺ったが、奴がいちいち私の反応を観察するのは最早日常茶なので無視をして立ち上がった。


「どしたのー」
「どうしたのじゃ、ないっ」
「あだ!」


私はどうして殴られたのだろう。ソノちゃんはじとりと私を睨んでから、の肘をつついた。彼女は苦笑を零す。


「あのね、。写真撮ろうよ」
「なるほど。私のブロマイドを作るんだね。設け金の7割は私のものだよ」
どうしたらそういう考えになるのかな
「思い出作りだっつうの」


ソノちゃんが持っていたカメラのシャッターをいきなり押した。そこには間抜けな私の顔が納められる。ちょっとちょっと。
しかしソノちゃんは私の不服そうな顔を素知らぬ顔である。そしてがっちり私の腕を掴んだかと思えばグングンと前に進み始める。わけも分からず、隣りを歩くに目で助けを請うたが、彼女からは笑顔が返ってくるだけだった。


「…、アンタ他人事なんだもん。自分の事なのに、何もしないじゃん」
「…」
「…何か放っておけないんだよ馬鹿。アンタ自分じゃきっと思い出作ろうとしないから、…」
「私とソノちゃんが何とかしてあげないとね」


言葉を切ったソノちゃんの後を継ぐように、が笑った。きっと思い出を作らなかった事後悔するよ、なんてが言うから、私はしばらく目線を適当な場所に彷徨わせていたが、やがて、小さく頷いてみせた。


「つうわけで、片っ端から写真撮ってくわよ!」
「あ、丸井君とジャッカル君発見!」


間髪を入れずにの声。前方に見える丸井とジャッカルに、ソノちゃんがびくりと肩を震わせたのを私は見逃さなかった。
の声に丸井達も私達に気付き、何をしてるのかとこちらへ近付いてくる。


の思い出作り。はい、、丸井君とジャッカル君と並んで並んで」


写真を撮って回っているのだと丸井とジャッカルに簡単に説明するに、丸井は楽しそうだと言わんばかりに私の肩を掴む。もうピースを構えているところからして撮られる気は満々なのだろう。


「うええ何かちょっと恥ずかしくない?」
「今更何言ってんだよ。あ、皆ポーズはピースだぜい」
「はいはい」


観念した私を見て、ソノちゃんは何度かシャッターを切った。取り敢えずこんな事に付き合わせてしまった彼らには適当に礼を告げておく。
それから丸井はというと、ソノちゃんからカメラを取ると、データを漁り出した。しかしまだ丸井達としか撮っていない事に、彼は少なからず落胆する。


「何だよまだこれだけ?…って、この顔やば。のふぬけ面かっこわらい」
「てんめえええ」


一番初めに撮った私の顔に笑い転げる丸井に蹴りをかます。コノヤロー私のビューティーフェイスに。…って、いやいやそんな事よりもだな、ちょいとカメラを貸したまえよ。
不思議そうな顔をする丸井の横で、私はカメラを構えると、レンズの先の、ジャッカルと仲睦まじく話すソノちゃんにシャッターを切った。
新しく入ったデータに私と丸井は顔を見合わせて笑う。


良い事すんじゃん」
「うはは後で現像して貰う時が怖いけどね。このカメラソノちゃんのらしいから」
「俺がフォローしてやるよ安心しとけ」


丸井がポンと私の頭を叩くのと同時に、ジャッカルとの話は気がすんだのか、ソノちゃんが次に行くぞとばかりに、私からカメラを取り上げた。まだ丸井と話していたかったのだけれど、私は彼女達にズルズルと引きずられて行く。そんな私を彼らは呑気に見送っていた。奴等は付いて来ないらしい。


「いってらー」
「思い出ちゃんとつくれよ


後ろでひらひら手を振って私を送り出す二人に、溢れ出しそうな寂しさを胸の中にぐっと押し込んだ。それから私は小さく笑い返したのだった。




さびしいぬくもり
(近づく別れ)

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もうそろそろ完結。
130321>>KAHO.A